愛した人は浮気者
「ノエル・スカイブルー! 今、この時を以って、貴様との婚約を破棄する!」
王立学園の卒業式の最中、壇上に上がった王太子オズワルドが己の婚約者に向けてそう言い放った。
「行き成り何を仰るのですか?」
公の場で恥をかかされたノエルは、オズワルドとその隣に立つ泥棒猫を睨んだ。
睨まれたペネロピは怖がり、オズワルドの腕にしがみ付く。
「白々しい! 昨日、ペネロピを殺そうとしたそうだな!? そのような女とは結婚出来ん!」
他の生徒達は騒めきながら、ノエルの様子を窺った。
「婚約を結ぶ前、結婚したいのは私だけと仰ったのは、嘘だったのですね……」
ノエルは涙を堪え、足早に立ち去ろうとする。
「逃げる気か! 卑怯者め!」
「婚約者がありながら他の女と付き合う事が、卑怯ではないと思っていらっしゃるのですか?」
ノエルは足を止め、オズワルドが視界に入る程度に顔を動かし、そう吐き捨てた。
「何を?!」
「オズワルド様、落ち着いてください。卒業式の最中でございますぞ」
教師に窘められ少し冷静になったオズワルドは、渋々ノエルを見送った。
もっとノエルの非を責め、人々にノエルがどんなに酷い人間か知らしめたかったのだが。
何はともあれ、ノエルとの婚約は破棄され、無事ペネロピと結婚出来たのだった。
めでたしめでたし。
だったら良かったのだが。
実際は、オズワルドが勝手に婚約破棄をした事で父である国王が激怒し、「スカイブルー侯爵家に誠心誠意謝罪しなければ、廃嫡する」と言われてしまったのだった。
廃嫡されたくなかったオズワルドは、屈辱に思いながらもスカイブルー侯爵家に詫びた。
しかし、「娘の気持ちを弄んだ」と結婚詐欺であるかのように責められた。
オズワルドは、悪いのはノエルだと反論したかったが、廃嫡を恐れて口を噤んだ。
話し合いの結果、多額の慰謝料を支払う事で和解する事になった。
ノエルがペネロピを殺そうとした件は、身分の差もある(と父親にきつく言い含められた)為、本人の希望もあり修道院に行く事で許す事にした。
こうして、勝手に婚約破棄した件については父の許しを得らえれたものの、ペネロピとの婚約は認められなかった。
オズワルドは、諦めずに父を説得し続けた。
そして、五年が経った。
「ペネロピ! 見損なったぞ! ロパータを殺そうとするとは!」
国王主催の夜会の最中、オズワルドは婚約者候補ペネロピに向けてそう言い放った。
「オズワルド様?!」
何年も、彼女に対する気持ちを『真実の愛』・ペネロピ以外との結婚は嫌だと国王に主張していた筈のオズワルドの剣幕に、ペネロピは絶望を感じた。
オズワルドの隣に立つ若きロパータは、ペネロピを怖がり、オズワルドの腕に縋り付いている。
かつて、ノエルとの婚約破棄の舞台となった卒業式に居合わせた者達は、またかと呆れながら騒動を見守る。
「そんな……。だって、その女が、わたしとオズワルド様の間に割り込んで」
「黙れ! 言い訳など聞きたくない!」
「お話し中失礼致します。殿下」
静かな声で割って入ったのは、微かな笑みを浮かべる宰相だった。
彼は、大抵の場合において、その作り笑いを崩さない。
「陛下からの言伝で御座います。『廃嫡するので早々に宮廷を去れ』との事です」
「なっ?! 何故だ!?」
「その程度の事もお解りにならないからでは?」
解らない訳では無いと証明する為に、オズワルドは努めて冷静になると考えてみた。
そして、出した結論は。
「ペネロピと結婚すると言っておきながら、ロパータに心変わりしたからか」
それもあるけれど違うと宰相は思ったが、口には出さなかった。
「しかし、それは、ロパータに嫌がらせをしたペネロピに問題が」
「言い訳は宜しい。『早々に去れ』との陛下の御命令で御座います」
そして、宰相は珍しく嘲笑を浮かべ、オズワルドを見た。
「廃嫡された貴方様の結婚を阻む者はおりません。どうぞ、ロパータでも他の女性でもお好きなだけ結婚・離婚なさいませ」