事実を変えられない後悔
薄栗色の耳より少し長い髪が波を打って絵本の中の王子様を連想させる。
とても騎士だと思えないぐらいの背の低さと身体だ。
「な、なによ?こんな子が私の護衛?こんな細くてひょろっ子なのに?」
アンジェラ嬢も信じられないようにまじまじとアレス様と見つめる。
「あははっ、聖女様はご存じないかもしれないけど、一応僕はこの春、騎士として昇格しています。まあ、マリアン様やマリオットみたいには強くありませんが、これでも他の騎士よりは実力はあるのですよ?」
「だからって、いくら顔が良くてもあなたみたいなモブ…いえ、なりたての騎士なんて信じられないわっ!ルーベルト様お願いです。ご迷惑を掛けませんからルーベルト様のお傍にいてもいいですか?私はルーベルト様が良いんです!」
縋りつくようにルーベルト様の元に行こうとするがマリオット様がそれを遮る。
「ルーベルト殿下の御前だ。下がれ!」
「マリオット様!ねぇお願いマリオット様、私を守って?」
「いつも思っていましたが、アンジェラ嬢って面白い方ですよね?ルーベルト殿下やマリオットに言っても無駄ですよ。ねぇルーベルト殿下?」
3人のやり取りを見ながら苦笑するルーベルト様は頷き席を立った。
「これは王族会議で決めたことだから誰であろうと覆すことができないよ。そう、例え生徒会でもね?」
その言葉にアンジェラは固まった。
王家が決めた事には誰でも口を挟むことはできない。
ルーベルト様は絶対的権力を持つ陛下と王太子に攻略対象者ではない人を推薦する為に何度かの王族会議に出ていた。
…ルーベルト様がこんなに徹底的なら案外大丈夫かもしれない。
ただ今のままが続けばの話だが。
「僕はこの後少し用事がある。済まないが後の事をよろしく頼むよ?」
ルーベルト様はそのまま出て行こうとすると、マリオット様も着いて行こうとする。
でもルーベルト様は一人で良いからと断りアレス様にその後の詳細を打合せする様にと伝えて部屋を後にした。
別の場所で待っているお嬢様の元にいくつもりだ。
だったら俺も行かないと…。
「さあ、もうすぐ夕餉の時刻になります。各自寮に戻る様に。アレスさんアンジェラ嬢を女子寮の入り口までお願いしますね?」
「はい。クラベル先生」
「待って!」
お開きにしようと促すとアンジェラ嬢は引き留めるように叫んだ。
「どうかしましたか?」
「納得できません!どうしてこの人なの?だったらマリオット様でもいいじゃないっ。だってマリオット様は騎士を辞めたがっているのでしょう?だったらルーベルト様じゃなくて私を護衛してよ!?」
またもや応接室の空気が凍える。
「えーマリオット。数か月前にはやらかしたなっと思ったけど、騎士辞めたがっているの?知らなかったなぁ。」
「馬鹿言うな!辞めたいなら既に辞めている!」
「いいや、無理しなくてもいいんだよ?マリオットが辞めたらライバルがいなくなって清々するし大丈夫、僕がマリアン様をお守りするから君は心置きなく辞めなよ?」
「ふざけるなっ。俺があいつを超えるまでは絶対に辞めん!」
「またまた、そんなこと言ってー?その前に僕が君を倒すから、勿論マリアン様に…」
「ちょっと私の話を無視しないでよ!」
マリオット様とアレス様の言い合いで置いてきぼりされたアンジェラ嬢は再度叫び、二人を止めた。
「ん?なんだ。腹が痛いのか?トイレは外を出て右に曲がったところにあるぞ?」
「マリオット…相手はレディだよ。もう少し言い方があるでしょ?そこまで待たせてごめんね。お手洗いの近くまで一緒に行こうか?」
「全・然っ、違うわ!」
なんだろう、このやり取り…?
コントか?
今日初めてアレス様には会ったが結構二人は似ている…特にボケるところとか。
話に置いて行かれたアンジェラ嬢もここでは突っ込みを入れている。
そんなアンジェラ嬢の様子にマリオットはため息を吐いた。
「なぜ俺が騎士を辞めたいと思っているのかは知らんが、俺は辞める気など更々ないぞ?シリウスの話を聞いているが、一々お前の勝手な妄想で俺たちを決めるな。迷惑だ。」
あ、覚えていましたね?
「ど、どうして!?マリオット様は憎きマリアン・アンバーを倒すために騎士を続けているだけでしょう?そんなことしたってマリオット様の心は救われない、だからもう無理しなくても良いんだよ?」
悲しそうに憐れむような目でアンジェラ嬢はマリオット様を見つめる。
でもマリオット様は呆れるばかりだ。
「…はぁ、お前ももうやめないか?聞いていて空しくなる。」
「え?」
「俺は別にリアンを憎んでいない。お前もどこで俺の事情を知ったか知らないが、俺は無理していない。確かに俺は強くなろうとしているが、マリアンを無理させないために強くなろうと思っている。俺たちの親友の為ために、だから俺は騎士を辞めないんだ。」
迷いなくハッキリ答えるマリオット様に感動した。
マリオット様…。
まさかそんな言葉が聞けるなんて思わなかった。
これならマリオット様も大丈夫だろう。
マリオット様の隣でアレス様もやれやれと肩をすくめる。
アンジェラ嬢はマリオット様の言葉に驚き次第に何かを思いながら俯く。
少し沈黙した後アンジェラ嬢はボソッと呟いた。
「…じゃあ、復讐はどうするの?親友を殺した相手は?」
「殺した相手?」
どういう事だ?…もしかしてアンジェラ嬢が言っているのはニースの事だろうか?
現実ではニースの死は事故死。
これもゲームの話?
…これは俺も知らない。
「アンジェラ嬢、それはどういう事ですか?」
「…マリオット様、思い出して?彼は何で死んだの?」
アンジェラ嬢は俺の言葉を無視してマリオット様に思い出させるように近づく。
「…馬車で轢かれたからだ。何が言いたい?」
「その馬車は何処の馬車だったか知っている?」
「…。」
「犯人知りたくない?私、知っているよ?」
犯人…?誰の事だ?
第一アンジェラ嬢の話は合っているのか分からない。
お嬢様とマリアン様を貶める為の罠か?
「親友の為に一緒に彼を裁こう?私なら彼に罪を認めさせられる…だから私の護衛になって?」
アンジェラ嬢は手を差しだす。
マリオット様はその手をじっと見て動かない。
この雰囲気に俺は何もできない。
無き親友の為にどうするのかを決めるのはマリオット様だけだ。
犯人を知るだけで公の場で裁けるだろうか?
いや、証拠がないと難しい。
すでに3年もたっている。だから証拠を見つける事すらも厳しいかもしれない。
だけどマリオット様がニースの為に復讐したいと思ったら?
そうなるとアンジェラ嬢の要望に応えるだろう。
どうするのかと思いながらマリオット様をみる。
するとマリオット様は静かに目を閉じ首を横に振る。
「…お前に聞かなくても、知っている。」
「えっ!?」
マリオット様は知っている?
「…でも、もうそいつは裁けない。そいつはもう死んでいる。…お前の手を借りても意味が無いんだ。」
「嘘、何で?そんなのシナリオにないっ!ちゃんと今でも生きているでしょう!?」
「3年前にそいつは亡くなっている。俺はそいつの葬儀に立ち会っている。」
「嘘、嘘よ?どうして…どうして違うの?シリウス様も、マリオット様も…。」
アンジェラ嬢はマリオット様の顔を見て信じられないと表情を歪める。
話が違うと何度も呟いていた。
そんな様子にマリオット様は帰す様にアレス様に促す。
「アンジェラ嬢、そろそろ行きましょう?御飯が食べれなくなりますよ?さぁ。」
そう言いアンジェラ嬢を連れ応接室を後にした。
部屋には俺とマリオット様だけが残り、一気に静まり返った。
「マリオット様。」
「…なんだ?」
「貴方とマリアン様の親友を殺した相手とは誰なのですか?」
俺の言葉にマリオット様は顔を苦しそうに歪める。
その表情をみて悟った。
相手はマリオット様にとっても只ならぬ関係かもしれない。
この話は俺は知らない。だが、ヒロインは知っている。
でもあの様子をみるとこのシナリオは変わっている様だ。
「…知ってどうする?」
「…どうしようもしません。ですが貴方を狂わした理由が他にもあった…それが親友を殺した相手ではないでしょうか?貴方がどうして簡単に騙されたのか不思議でした。ただ言われたから信じる貴方ではないでしょう?…他にも訳があったのではないですか?」
マリオット様は何故ローレライ伯爵の言葉を鵜呑みしていたのか?
ローレライ伯爵は尊敬すると言っても騎士団長である父親みたいな存在ではない。
ただ古くから王家に仕えている騎士の家。
親戚とはいえそこまで尊敬する相手だったのか?
「…話をすると長くなる。だが…そうだな、あんたなら話してもいいかもしれない。…これは俺の懺悔だ…聞いてくれるか?マリアンには言えない話だ。」
「はい。」
マリオット様はルーベルト様が座っていたソファに腰掛け大きく息を吐いた。
「先ほどあの女が言ったニースの死についてだ。」
「馬車で轢かれて亡くなられたと言う話でした。…でも理由があるのですね?」
「ああ。俺も当時は轢いた相手を探していたが分からなかったんだ。…だけど俺がニースの真相を知ったのはニースの父親が亡くなった2か月後。その時、コルト家の跡継ぎになった従兄弟に気になることがあるからと言われて呼び出された。」
マリオット様はその当時を思いだしながら語る。
遡るとニースの父親はニースが亡くなった三か月後に亡くなったそうだ。
死因は自害、当時は息子を失って哀しみに耐えられず自害を選んだという事だった。
呼び出され時に従兄弟からニースの父親の遺品の手帳を渡され、マリオット様がその手帳を読んだらそこには驚くことが書いてあった。
「…手帳の一文に『なぜ自分の子供ではない子が生きているのだ』と…。」
「…。」
その文に固まる。
どういう意味だ?
「従兄弟の親に連絡を取ってその意味が分かったよ。ニースはコルト氏の妻の連れ子だった。そしてニースが亡くなった日の事が手帳に書いてあった。…あいつは…ニースは事故で死んだんじゃない、父親に殺されたんだ。」
マリオット様の目が怒りを帯び眉の端が釣り上がる。
手帳に書いてあったのは荷車を手配した業者の名前と誰かと打ち合わせをする日、子供服の手配、それだけ見ると何のことか分からないが、マリオット様にはニースの事故と重なった。
そしてその手帳を元にマリオット様は調べた。
「卒業試験の前にあいつは父親に呼び出されて街に行ったんだ。そして依頼していた馬車に乗り子供を使ってわざとあいつの弟にそっくり似せてニースの前に出した…ニースは子供を庇い死んだ。」
子供は身寄りも何もない物乞いの孤児で金で買収されていた。
馬車も追跡されない様にどこにでもある荷馬車にして自分も姿を分からないように変装。
夕方なら暗くなれば人通りも少ない。
それで犯行を上手く隠した。
「…酷い話だろう?あんなにニースは父親を慕っていたのに父親に憎まれていたなんて…。あいつの弟が賊に殺されたのだってニースの所為じゃない。弟の為に騎士になると頑張っていたニースがあまりにも哀れだった。」
人の良いニースの環境は悪意に満ちていた。
決して良い環境ではないのに彼は前向きに生きていたのに。
「俺はどうしてあの日一人で鍛錬してしまったのだろうと何度も悔やんだ…ニースが死んで勝負が出来なかった事。そして親友の死の真実。目の前が真っ暗になった…俺は何のために腕を磨いて騎士になろうと思ったのか分からなくなった。」
裁きたくても既に遅い。
ニースの父親は既に亡くなっている。
真実を知るのは遅すぎた。
重なる後悔にマリオット様もどうしようもない気持ちだった。
自分はただ純粋に競い合う同じ目標の仲間として一緒にいた。
だけどニースは屈強に負けない強い意志で騎士になろうとしていたのだろう。
騎士になる目的はきっとニースに敵わない。
もう本人はいない。
だからずっと彼に勝てない。
なにせ勝負させて貰えないのだから…
「俺がその事実を知ってから剣を取らなくなった。親父はそんな俺を殴って一括したよ。俺には騎士の覚悟は無いと言われた。その通りだ、俺には友の命を背負ってまで国を守りたいと思えなかった。ただこれ以上大事なものを失いたくない。それだけだった。」
同志の死など騎士には当たり前。命を背負って大切な家族と国に仕え守る。それが騎士。
…でも自分にそんな強い覚悟はできるのだろうか?
こんなに失うことが怖いのに…。
「貴方は違う意味で捉えたのですね?」
自分が強くなって守るではなく、相手に諦めさせる。
マリオット様はそう思ってしまった。
「その当時、俺を支えてくれたのがローレライ伯爵だった。従騎士だった俺に『君は優しずぎる。騎士には向いていない』と言われた時、すごく心が痛かった。」
臆病な自分を見抜かれた。
「俺はリアンとニースみたいに強くない。その上、ニースを助けれなかった。…悔しかったし、その通りだと納得した。そんな俺をローレライ伯爵は『君なら強くなれる。強くなって君の大切なものを死なない様に変えられるのではないか?』と言ったんだ。」
ローレライ伯爵は決して責めない。
それが傷づいた自分とって何よりの支えになった。
「そう言われた時、俺は大事なものを失わない為に徹底的に潰そうと思った。これ以上、命を無駄にしてほしくなかった。」
それからマリオット様はローレライ伯爵を敬うようになった。
彼は騎士としては父の様な最強と言う名は無かったが人望はあった。
でも、彼が自分の欲の為にマリオット様を利用しようと気づかなかったのは盲目的に信用しすぎたマリオット様の落ち度だろう。
「話は以上だ。」
もう一度静けさが漂う。
やるせないマリオット様を見てどうしても気になる事を聞いてみた。
「…どうしてニースさんの事をマリアン様には知られたくないのですか?」
ニースの死が彼の父親が関わっている。
その事実をマリアン様は知らない。
「ニースの為に黙っていた方がいいと思ったんだ。それに事実を知ったらあいつは俺と同じく傷つく。それが嫌なんだ…。」
愛する人を親友の死の真実で傷つけたくない。
これはマリオット様の優しさ…でもその優しさは、よりマリアン様を傷つける。
お読みいただき有難うございます。
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