悪役令嬢は騎士たちを見守る
「卒業試験の前日、俺とニースはある約束していたんだ。」
「…約束?」
「…ああ。対戦表が発表された時だ。」
マリオットはゆっくり騎士学校時の事を語る。
一組の対戦枠に自分達の名が載っていた為に二人はある事を閃いた。
< 俺たちのどちらか勝ったら、勝った奴だけがマリアンに挑まないか? >
騎士学校最後の試合だから三人で真剣勝負。
でもマリオットとニースには別に意味があった。
「これはお前が俺達よりも強かったから純粋に勝負すると言う意味ではなく、別に意味が含まれていた。お前に勝ったら…その、えーと…。」
顔を紅くするマリオット。
急に馬鹿になったようだ。
その歯切れ悪い言い方は何よ?
『早く続きを言いなさい!』
そう心の中で思いながら睨めつけると、覚悟を決めたようにマリオットは喉を鳴らした。
「…お前に…婚約を申し込もうと…な。」
やっぱり女の勘は正しい、想定内な答えだった。
マリオットの真っ赤な顔をみると随分可愛らしくなったじゃない。
果たしてマリアンの反応はいかに…?
彼女を見ると見事な無表情。
…あれ?
まさか…反応がない?
その反応に気づかず、マリオットは気を取り直して話を続ける。
「その約束をした後、俺はニースと別れ自主的に鍛錬をして翌日を迎えた。…そして試験にニースが来なかった。」
以前マリアンの話したとおり、ニースは街で事故に遭い意識不明の状態で発見される。
「あいつの最後の言葉は別にお前が気にする必要ないものだ。」
「どうしてですか?」
「あいつは一言『マリアンに勝つ』と言っただけだ。」
“ マリアンに勝つ ”
確かに遺言とかけ離れている。
きっと彼は事故に遭う前の意識しかない。
事故に遭った自分が分からなかったのだろう。
特に気にするようなことではない。
でもマリオットにとっては?
「…でもな、俺には意味があった。…ニースは既にリアンと勝負を挑むつもりだった。つまり俺など最初から眼中になかったのだろう。…正直悔しかった。」
深堀すると、マリオットはニースと剣の実力で争えばほぼ互角ではなかった。
ニースの方が上。
マリオットは常に劣等感があった。
騎士団長の父を持ちながら、父の息子である自分が親友である二人の少年少女に剣で勝てない。
他の武術ではほぼ同格。
騎士の心得など学校に出ていれば誰でも身に着く。
自分の兄は領地の跡継ぎとして騎士の道には行かず、比べる相手にはならなかったから余計に他者に、いや同性に負けるのが悔しかった。
でもニースは自分がライバルと認めた相手だ。
絶対に勝たなければいけない相手だった。
だから卒業試験に本気で挑もうと思った。
それなのにライバル(ニース)が死ぬなんて…
「あいつが死んで…目の前が真っ暗になった。」
マリオットの心情はどす黒く渦巻いていた。
なぜ死んだ?
弟の為に騎士になってか弱き者を救いたいと言ったではないか?
3人で騎士になろうと誓ったのではないか?
…俺との約束は?
彼の表情に憎しみの色がにじみ出る。
「許せなかった。俺と決着をつけないで死んだニースに。そしてニースを死ぬ切っ掛けをもたらしたあの事故に!!」
ライバルとして決着を付けたかったマリオット。
その機会を事故によって奪われて自分を見失ってしまう。
その気持ちが段々と憎悪になった。
「いつしかニースをその程度の実力だったと思うようになった。実力はあったのに自分の身すら守れない能無しだと…。」
自分の命さえ守れない者が誰かを守ろうなんておこがましい。
想いだけ抱いても何も守れない。
逆に大切な人を悲しませるだけだ。
そんな者など騎士に相応しくない。
「…それで貴方の従兄弟と他の見習い達にあんなことをしたのですか?」
「そうだ。従兄弟は俺の父に憧れていただけ。剣すらも扱い方を全く知らないのに騎士になると豪語していた。他もそうだ同じ動機で見習いになっただけだ。…玩具を扱う様に剣をぶん回していたから、思い知らす必要があった。」
騎士の道は決して憧れる道ではない。
武器を持つという事は常に死と隣り合わせだ。
憧れで戦う者など、騎士に相応しくない。
そう語ったマリオットに、マリアンの目が鋭くなる。
「…それが貴方の正義なのですか?」
ニースが亡くなった事でマリオットがおかしくなっているのかもしれないが、この言い分はおかしい。暴力を振って何を分からせようと言うのだ?
どんな理由があっても暴力は許されない。
「…死ぬよりはいいだろう?…生きていれば、憎かろうとまた会える。」
マリオットは仲間を失う事を異常に怯えている。
親友の死がここまで彼を変えてしまった。
「…本心は…お前も騎士を辞めてほしかった。だからあの時に言ったんだ。」
< 女が男に勝てるわけがないだろう? >
敢えてマリアンが嫌う言葉を使って煽った。
マリアンは騎士副団長の一人娘だから騎士の道にいる。
でも彼女は騎士として誇りを持っている。
だからこそ、いつか無理して命を落とすかもしれない。
そうなるのは絶対に嫌だ。
「女騎士は、どんなに鍛えて騎士隊長になっても短い間だけだ。その先は女性王族の護衛か上級貴族夫人の護衛に着く。…それでも騎士でいられる期間は短い。お前がどんなに騎士として誇りを持っていても、嫌でもいつか現実を見なければならない。それなら…」
もっと早く辞めて、危険な道から離れて欲しい。
それがマリオットの願いだった。
「…。」
マリアンは沈黙してしまう。
マリオットがマリアンに酷く当たった理由がこれだった。
「お前はあの時に俺を責めたが、俺には正直そんなのどうでも良かった。自分の大切なものを守れるならどう罵られようとも…だかお前の言葉の中で堪えたものがある…。」
マリオットは辛そうに眼を伏せる。
「…お前が俺に『自分を倒せ』と言った事だ。簡単に自分を倒させるように言うお前が信じられなかった。そんなにニースの元に逝きたいのかと俺は思った。」
「そ、それは貴方が騎士をやめると言っていたからでしょう!?」
マリアンが弁解するけど、この事がマリオットに違う誤解をさせていた。
「煩い!俺はお前のお節介だとずっと思っていたんだ!…あの時からもっと俺はどうすればいいか分からなくなった。」
一人は決着させてくれず死んでしまった。
もう一人はお節介までして俺に騎士を続けさせて、一人の親友の元に逝くつもりだ。
許せない。
悔しい。
…だったら俺は…マリアンに敗北という言葉を叩きつける。
そして知らしめよう。
己の命を差し出してまで守るものなどないという事を。
「お前に騎士を辞めさせるために俺は騎士を続けた。…それが叶ったら、俺も騎士を辞めるつもりだった。」
マリオットの話が終わる。
病室の中が静寂に包まれた。
彼の話で分かった事は一つ。
親友の死によって、失う事を酷く恐れている。
そんな状態で騎士を続けるのは正直無理があるだろう。
『これも一つの挫折と言うのかしら?』
でも本来は命を掛けて戦うものはそれを乗り越えなければならない。
それが騎士だ。
それをどうにかしないと…
「…リオ聞かせてください。貴方は今でもそれを私に望んでいますか?」
無表情なマリアンがマリオットに問う。
「…ああ、今でも思っている。」
マリアンを失いたくない。
その想いは本当だろう。
でも、守りたいから強くなるではなく守りたいから戦う気にさせないなんて色々と矛盾している。
「私がそれでも騎士を続けると言ったら?」
「…。」
マリオットが黙った。
彼はどうするつもりだろう?
『マリアンにまた牙を向けるつもりなの?』
今の流れに不安になる。
マリオットは黙ったまま動かない。
その様子にマリアンが顔を俯いて震えていた。
「…リアン?」
マリオットが声をかけると、マリアンは勢いよくマリオットの頬を殴った。
「!?」
急な展開で驚いた。
「ふざけるなっ!」
マリアンの怒鳴り声が病室に響き渡る。
「ま、マリアン?」
マリアンはベッドを飛び出し倒れたマリオットの上にのしかかる。
「勝手に決めつけるな!!」
マリアンがマリオットの襟元を掴みながら叫ぶ。
「貴方は勝手に思い込んで私達から逃げた!大事なものを失いたくないから、私たちは守るために強くなろうとしたのではないですか?それを私達3人で誓ったはずです!それなのに、ただ全て都合のいい様に言い訳しているだけだ!」
「そうだとしても、俺はお前に死んでほしくない!もうあいつの様に失うのは嫌だ!!」
怒り荒ぶるマリアンの言葉にマリオットも負けずに言い放つ。
「そう思うならば貴方は騎士として生きて戦いなさい!失うのが怖いならば全力で強くなればいい!自分の全てをかけて戦って、抗って、皆の為に生きろ!」
叫ぶマリアンの目に一滴の涙が落ち頬を伝う。
「私だって死なない…簡単に死ぬものか!」
涙を見せてもマリアンはマリオットを睨む。
「守りたい人達がいる、大切なものがいる、だから皆を守る為に強くなる。でも死んだりしない。これからもみんなで一緒に歩むために生きるのです!私と貴方はそうやって歩み続ける…。」
「リアン…。」
「…確かに私もリオが騎士の誇りを取り戻せるなら死んでもいいと思っていました。でもそれは間違いですね。…ロザリア様が教えてくれたのです。私がいなくなれば貴方は一人になってしまう…だから私は死にません…絶対に。だからっ」
マリアンは涙を腕で拭き覚悟した様な目つきになった。
「リオ、貴方も逃げずに騎士として戦いなさい!私と一緒に、ニースの想いを継いで。ニースだって死ぬつもりなんてなかったはずです。ニースを見返すつもりなら逃げないで!?」
悲痛に叫ぶマリアンにマリオットは起き上がりマリアンを抱きしめる。
「…分かっている!お前が助かった後、俺は例え一人になったとしても騎士を続けると決意したんだ!」
「!?」
「リアンが倒れた時、俺は本当にお前を失うと思って怖かった。」
親友がまた失うかもしれない。
彼女はそれを望んでいた。
自分は今度こそ本当に…ひとりぼっちになる。
< マリアンは大丈夫。絶対に貴方を一人にさせないわ。マリアンは貴方をまだ信じて待っている。>
その時に聞こえた救いの声。
「ロザリアがそう言った時、俺は騎士学校にいた事を思い出したんだ。非常識でおかしいが、俺達が他愛のないやり取りで多くの教官に叱られたあの時を…。」
マリオットは話を続ける。
「どんなに俺達が馬鹿なことしても、お前は呆れてもいつも近くにいてくれた。小言ばっかり言われるけど、俺達の反省に最後まで付き合っていたお前を思い出して…だから俺はロザリアの言葉を信じることが出来た。そして俺の行いが間違っていた事に気づいた。」
「…」
わたくしの言葉が彼に届いたのね?
『…良かった。』
心の中で安堵する。
しっかりさせようとした事が伝わって良かった。
隣でカムがわたくしを見て嬉しそうに微笑む。
『…ちょっと、恥ずかしいわよ?』
照れ隠しにちょっとだけガムを睨んだ。
「今度こそやり直そうと思って俺はここに来た。お前にこの決意を伝えたかったんだ。リアン、俺はもっと強くなって騎士を続ける。もう誰も失わない為に!」
「…リオ…。」
マリオットの強い決意。
今の彼はとても前向きだ。
これならきっと今度こそ道を間違えないだろう。
「リアン…今まですまなかった…。」
マリオットの謝罪にマリアンが震えだした。
さっきみたいに怒りで震えているのか?それとも…?
「…馬鹿…です。貴方は…本当…に大馬鹿者です…。」
マリオットを責めているけど、責める様な声ではない…、
『…良かったわね?マリアン。』
これはマリアンにとって何よりの喜び。
ようやくマリオットが目を覚ましてくれた。
彼女が良く知る親友が戻って来たのだ。
「お嬢様…。」
「もう大丈夫そうね。行きましょう?」
わたくしたちはそっと邪魔しない様に病室を後にする。
後は二人がこれからの事を話し合えばいい。
「取り敢えず1時間ぐらいしたら看護師を向かわせましょう?」
「そうね?きっとマリアンは叱られるわ。」
わたくしは苦笑する。
まだ安静なのにね?
読んで頂き有難うございます。




