悪役令嬢は護衛騎士に教えられる
あれから後半も卒なく挨拶をしていたわたくしは、気分が優れないという理由で先にパーティ会場を出て王城の一室で休憩をとることにした。
一室まではルーベルト様も一緒に来てくれたけど、彼は主役なのですぐに会場に戻っていった。
ここにはわたくしと護衛のマリアン様がだけがいる。
「ロザリア様、ご気分はいかがですか?」
「…だいぶ良くなりましたわ。マリアン様、ご心配を掛けまして申し訳ありません。」
心配してくれるマリアン様に謝った。
「私の事は気にしなくていいですよ?気分が良くなって良かったです。」
優しく微笑むマリアン様。
彼女もわたくしがおかしいこともすぐに分かっているのだろう。
何も言わずただ傍にいてくれる。
その気遣いが少しだけ気持ちを和らげられた。
「…お気遣い有難うございます。」
お礼を言うだけで精いっぱいだ。
だってわたくしの頭の中は、カムの顔ばかりが浮かぶ。
どうしてあんな事を言ってしまったのだろう?
段々と後悔してしまう。
あの時のカムは悲しそうで…傷つけてしまった…。
「カム様はロザリア様が本当に大切のようですね?…護衛がいると知っていても居てもたってもいられなかったのでしょう…。」
王子の婚約者に護衛が付かないなどありえない。
なのに、カムはわたくしの元へ来てくれた。
でも、それはわたくしの従者だから…
「従者でも普通は王族の御前で礼儀を弁えます。それを破っても貴女様を心配して来たのでしょう?」
「…うっ。」
マリアン様の指摘に胸が苦しくなる。
冷静に考えれば、カムの行動も不味い。
これは主の顔に泥を塗る行為だ。
普段はそんなことしないカムなのにわざわざわたくしの元に来るなんて…
「そして貴女様も先ほどからずっと彼を気にしている。御二人はお互いを大切にしているのに、ちょっとした出来事にお気持ちが擦れ違ってしまったと私は感じています。」
お互いを大切って…まるでわたくし達が愛し合っている様に聞こえる…。
「ちっ、違うわ!カムは大切だけど別に恋愛とかそういう意味ではなくて…。」
わたくしはもうルーベルト様と婚約しているのに、カムと恋愛しているなんて思われたら公爵家の立場がなくなる。
「大丈夫ですよ?私は二人を疑っている訳ではありません。でもカム様がロザリア様にとって心赦せる存在なのは分かります。…私にも…いえ、私たちにも以前、大切な友がいました。」
マリアン様の大切な友?
「大切な人がいた?…もう過去形なのですか?」
過去形と聞いてマリアン様は一瞬だけ少し悲しそうな顔をした。
「はい。私とマリオットは先ほどロザリア様がみたような嫌悪な仲では無かったです。…そう、彼がいなくなって私たちの絆は壊れてしまった…リオがあんな風になってしまったのも…。」
友が亡くなって絆が壊れるなんて、まるで物語のシリウス達の関係に似ているじゃない?
「…マリアン様たちの大切な友とは、どんな御方だったのですか?」
マリアン様とマリオット様が不仲になる程の出来事とは…?
マリアン様は静かに目を伏せる。
「少し私の昔話を聞いてください。私とマリオットがまだ騎士学校に通っている時の話です。」
灯りの火が静かに揺れる。
「私達、武家出の子息子女は基本6歳から騎士学校に入って基礎を学びます。武家の貴族以外でも剣技を得意するならば騎士学校に通うことが出来る…彼はその一人でした。」
その学校は貴族の子息子女が16歳から通う王立学園と違い身分も関係なく騎士として才能がある者だけが通えるという。
市井の民でも貴族の推薦があれば可能だ。
「彼の名はニース・コルト。彼は武家でない準男爵の息子で殆ど平民と同じ無作法な人でした。でも剣の才能が誰よりもあって、当初リオは彼の出鱈目な実力に何度衝突したか分かりません。」
マリアン様は当時を思い出して小さく笑う。
元々マリアン様とマリオット様は王国の2強と呼ばれる騎士団長と副騎士団長の父がいる為、その強さは皆に知れ渡っていた。
その中に毛色が違う者が出てきて二人をかき回し何度も衝突を重ねる。
「でも何度も剣を交えながら一緒に過ごしている内に段々と彼と私たちは仲良くなりました。リオは特に彼と四六時中喧嘩ばっかりしていましたよ?」
二人は喧嘩ばっかりしてよく教官に叱られていたとマリアン様は楽しそうに話す。
マリアン様は一例を教えてくれた。
ある日、大喧嘩を広げた二人は教官に命じられて水が入ったバケツを持たされて廊下に半日立たされたという。
深堀すると、本来は1限目だけバケツを持って立たされるだけだったのに、二人はそれすらも勝負にしていたそうだ。
バケツを持ってどれだけ長く立てるか、無意味な争いをしていたらしい。
…二人とも馬鹿じゃないの?
わたくしが呆れるとマリアン様は噴出した。
「そんな日々を過ごしているうちに、私達はお互いを認めてライバル同士になりました。三人でいつも競い励んでいたのです。気づけば私達三人は学校の上位まで昇り詰めていました。」
三人は常に競い合い、いつしか騎士学校の中で上位となった。
でも三人は満足出来ずいつも剣技、銃練、肉体技など互いに得意分野でも争っていたそうだ。
訓練は過酷だけど三人で過す日々はそれすらも楽しい日々だったと話すマリアン様は本当に楽しそうだった。
でも急にマリアン様の笑顔に陰り現れる。
「いつも三人で競うのが当たり前になってきましたが、やはり男と女の環境は違います。…学年が上がる度、私はリオとニースと一緒に訓練が出来なくなりました。」
それはそうだ。
男女の幼少期はそう変わらなくても、歳を重ねれば差は生まれる。
男性の腕力に女性は敵わない。
「それが私にとって苦痛になった…。悔しくて何度も血の滲むように一人で訓練していましたよ。でもある時、それを二人にバレて揶揄われるかと思ったら、思いもよらない事をいわれました。…なんて言われたと思います?」
「え…分からないわ?」
あの男が何を言うかなど見当もつかない。
マリアン様に噛みつくなら想像できるけど…。
「…『お前がいないと物足りない!』って言われたのです。それも凄い剣幕で…」
「…へぇ…?」
あの男は怒るしか能がないのかしら?
呆れるわたくしにマリアン様は微笑んだ。
「当時の私は呆気にとられました。でも彼らは本気でそう思っていたようです。後で知ったのですが、リオとニースは剣技で私に勝てないのに男女を分けるなんておかしいと教官たちに文句を言ったそうです。…それを知った私は呆れましたがとても嬉しかった…。」
教官に『男女公平にしろ!』、『俺たちがまだリアンに勝ってないのに勝ち逃げされている様で嫌だ!』といい、随分困らせたらしい。
困った教官たちはその後、男女混合で試合をさせて実力を測った。
結果はなんと男子生徒ではなく女子生徒であるマリアン様の独り勝ち。
その後、教官は男女差別をせず男女混合で実技授業を行った。
それはそうだ。学校の男子生徒たち誰一人マリアン様に勝てないのだから、男女分けても意味ない。
マリオット様とニースは相当悔しがって、いつかは絶対自分が一番になると言いながら修行に励んだそうだ。
いつかお互いを追い抜かすために再び3人は競い合う。
「本当にいい親友をもったと思いました。私にとって二人はライバルであり大事な親友です。卒業しても従騎士として3人で高め合っていけるとその時は思いました。…だけどそれは叶わない夢になりました…。」
先ほどまで楽しそうだったマリアン様の表情が曇った。
「何かあったのですか?」
「…ええ、私たちが卒業試験の時にあることが起きました。卒業試験の日は男女別れて試験をするのですが、その日はニースだけ来なかったのです。」
卒業試験の日は男女項目ごとに別れて1対1で対戦する。
三人は卒業試験に挑む予定だった。
マリアン様は滞りなく試験を終えたが、他の二人はそうではなかった。
「その日、リオとニースが対戦する予定でした。でもニースは来なくてリオはずっと待っていたのです。あまりにも来なくて私が彼を探しに行きましたが彼はいなかった。」
ニースは騎士学校にいなかった。
そして結局は不戦勝としてマリオット様が勝ち。
この結果にマリオット様は納得しなかった。
マリオット様は翌日まで試験を伸ばしてほしいと教官に頼んだそうだが首を縦に振らなかったそうだ。
その後、二人はニースを探した。
すると同僚の子が前日の夜に騎士学校の近くの街でニースを見たという話を聞く。
二人はその街に向かった。
そして彼の目撃した人に出会い、話を聞いてみると…。
「ニースはその街の病院にいました。馬車に轢かれそうになった子供を庇いニースが代わりに轢かれたのです。」
「…そんな…。」
思わず口を押えてしまう。
それで彼は卒業試験に出られなかった。
「医師から彼の容態を聞くと、頭を強打して意識不明。でも脳が破裂している可能性もあり、このまま起きなければ衰弱して死ぬだろと言われました。リオは怒り、眠るニースに何度も起こそうとしますが…彼が目を覚すことはなかった…」
痛々しそうにマリアン様の表情は歪んでいく。
その後も二人は何度も眠る彼に呼びかけたそうだ。
彼が戻ってくる事を信じて、奇跡が起きることを信じて…。
でも…それは泡沫の夢となる。
「…ニースはそのまま亡くなりました。」
二人の願いは届かなかった。
「…でも彼が息を引き取る前、少しだけ何かを口挟んだそうです。私は少し離れていたので分からなかったのですが、リオは酷く動揺していました。何を聞いたのか分かりません。リオは私に教えてくれなかった…」
それよりもニースが死んだことに二人は深く落ち込んだ。
そしてこの事が二人の心に深い影を落とすことになる…。
何故、ニースはあの日にこの街に来たのだろ?
事故とはいえ悔いと謎だけが残ってしまった。
そしてそのままマリアン様達は騎士学校を卒業して従騎士への道に進む。
「…彼が亡くなった日からリオはおかしくなりました。騎士として熱心に励んでいたはずなのに、どこか心あらずのようでおかしかったです。」
卒業後のある日、マリオット様の兄からマリアン様に連絡があった。
マリオットが従兄弟を負かせた。
その従兄弟はまだ剣の基礎も知らないのに、容赦なく剣を振るい怪我をさせたと。
マリアン様は耳を疑ったが、気になってマリオット様の元に行った。
そして見たものはマリオット様の騎士ならぬ姿。
カイナン家に見習いに来ている者達を手加減せず打ちのめし冷淡な目で見下している。
マリアン様は酷く困惑した。
「リオにどういうことか聞きました。そしたらあの男は『才能がない者が剣を極めようなんておこがましい。愚か者たちに真実を教えてやっているんだ。』と。」
マリアン様はマリオット様を見て絶望したそうだ。
「どんな理由があろうと今行っているのはただの暴力。私は怒り、暴力を振るう愚かな彼に勝負を挑みました。」
勝負を挑む時、女であるマリオン様をマリオット様は馬鹿にしたという。
『いくら今が強くても、この先女のお前に男の俺が勝てるわけがないだろう?』
そう言い放ったマリオット様は以前学校で教官に掴みかかった時の面影が無かった。
その言葉にも絶望が深まった。
二人は剣を交えた。
マリオット様は前よりもだいぶ強くなったが、今の彼は何処か隙があった。
だからこの勝負はマリアン様の勝ち。
これで勝負は終わったと思ったら、彼は勝てないのが分かって卑怯にも暴力を振るおうとしたがマリアン様は躱しねじ伏せる。
地に這いつくばるマリオット様の姿をみてマリアン様は失望した。
かつて同じ道を目指し競い合っていた親友の変わり果てた姿に…。
往生際が悪いマリオット様にマリアン様は怒りに任せて言い放った。
『心が脆くなった貴方は私やニースに比べるほどもない!ニースは弱き者を守ったのに貴方はその弱き者を踏み強いるのか?それが貴方の騎士道か!?』
「そしたら彼は私に泣き言を言ったのです。「俺は騎士なぞ辞めてやる」と…。無様な彼を私は許せなかった。」
更に頭に血が上ったマリアン様はマリオット様に挑発した。
『ならば貴方は一生負け犬だ、そんな貴方にニースの想いは継がせられない。ニースの意思は私が継ぐ、嫌なら我が身を振り返り這い上がって私を倒せ!』
そう言い、マリアン様はその場を離れたそうだ。
「それが私たちの別離でした。」
マリアン様は静かに目を閉じた。
ニースの死が二人の間に確執を生んだ。
3人は騎士として誇りを持っていた。
でも死という別離に余りにも辛く、誇りも消してしまうほど狂わせてしまった。
マリアン様は自分達が未熟の所為と言う。
戦士にとって死はつきもの。
マリオット様の精神が未熟なために死を受け入れることが出来なかった。
でも…マリオット様は騎士を辞めていない。
先ほどまで一緒にいたマリオット様は騎士として護衛を務めていた。
「マリオット様は今、騎士のままというは、少しは反省したのでしょうか?」
「それはどうか分かりません。ですが騎士として続けている事は確かです…私とリオは別々の任務に就いていましたから、今日私も彼に久しぶりに会いました。…でも以前よりも更に酷くなったと感じますね。」
マリアン様は深くため息を吐いた。
確かに何かとマリアン様に噛みついてくる
でもマリアン様は表情を和らげ言葉を続ける。
「…でも私はそんな彼をみて良かったと思っています。単に私を倒したいかもしれませんが、リオは騎士を捨てずにいてくれる。まだ昔の彼がいるのではないかと思っています。」
変わってしまったマリオット様が騎士を務めている。
でもまだ誇りを思い出していない。
なら彼の為に自分が越えなければならない壁になろう。
でも簡単に超えられない様に自分はもっと強くなる。
昔の様に騎士への誇りを持つ彼を思い出すことを信じて…
その想いを背負ってマリアン様は今でも自分を磨き続けている。
「…彼はきっと立ち直れる、ニースの死を克服したリオはきっと誰よりも誇れる騎士になるでしょう。私は彼を信じたい。その為なら私は敵になろうと構わない。」
彼は本来なら強くそして誰よりも優しい人だから
マリアン様は話を終わらせた。
これがマリアン様とマリオット様の過去…。
ニースは二人の心に大きく影響した人物だった。
「長々と話をしてしまいましたね。すみません。」
苦笑するマリアン様に首を横に振る。
「ロザリア様…私はマリオットと修復せずにここまで来てしまった。でもまだロザリア様はカム様と話し合える。どうかカム様と心行くまで話し合ってください。もしかしたら誤解があるかもしれません。どうか私たちみたいにならないでください。」
マリアン様は優しく微笑む。
ああ…マリアン様はわたくしを勇気づけるためにこの話をしてくれたのだ。
わたくし達の絆を壊さない為に…
「有難う…マリアン様。」
目が熱くなり少し涙で視界が歪んだ。
マリアン様の手を取り小さく握った。
「護衛に様はいりませんよ?」
マリアン様は小さく笑った。
読んで頂き有難うございます。
ロザリアの護衛なのにマリアンたちを『様』づけ呼びをいい加減にやめないとと思いつつ最後にマリアンに指摘してもらいました。
余談:ニースとマリオットのバケツ持ち競争の結果はドロー(引き分け)です。
二人とも生理現象には勝てなかった。「無理しずトイレに行きましょう」と教官に怒られマリアンに呆れられたという話の続きを考えていました。
次はカム視点になります。




