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従者は前世を思い出す 

落ちそうなメイドを支えて逆に自分が落ちるとは情けない…そう思った直後…。


ガンッ



「っ!?」


頭に何かが直撃した。



兄ちゃん、ごめーん。



困った様な顔をして手を合掌しながら少女は謝る。


またか?


またゲームのコントローラーをそんな風に投げつけて…次にやったら買ってもらえなくなるぞ?



紗月(さつき)!いくら気に入らないからと言って、物を投げつける癖をいい加減に治せ!」


妹の方へ振り向いて怒鳴りつける。


「ひっ…カム様、申し訳ありません!!」


そこに居たのは妹…違う。


彼女は先程助けたメイド。


紗月に言ったつもりが、妹に間違えてメイドに怒鳴ってしまった。


「ア…すみません。そ、その…えーと…。」


勘違いしていたと伝えたいが、記憶が混沌として上手く言えない。


俺の頭の中には二つの世界が存在している。



今の俺は誰だ?


この騒動に、周囲に人が集まりつつある。


これは不味い。


まず自分の動揺を抑え、メイドに謝り仕事に戻るよう促せた。

だが頭の中はまだ混乱している。


茫然とする自分を見かけた一人の老人がそばに来た。


「カム様、お怪我はありませんか?」


「…あ…はい…ハーンさん大丈夫です…。」


この人はこの屋敷を任されている執事長ハーン・ジャンスさん。


この人は知っている俺は…俺は‥‥クラベル伯爵家の次男、カム・クラベルだ。


でも…俺はカムではない名を持っている。


ここではない場所でクラベル家の家族とは違う家族と一緒に暮らしていた…



「それは安心しました。もしカム様が怪我をなされますと、ロザリアお嬢様の逆鱗に触れますのでとても冷や冷やでした。…カム様?」


ハーンさんが話しかけてくるが全く頭に入らない。


『お兄ちゃん!』


その代わりに妹の声が耳に残る。



…妹は?紗月は?


俺は妹と一緒に居たのに…


すると横からため息を吐く音が聞こえる。


「‥‥カム様、侍医をお呼びいたしますので、ご自分のお部屋でお待ちください。」


ハーンさんが心配そうに俺を見ているではないか?


「あっ、いいえ。少し頭を打っただけなので、大丈夫ですよ。」


安心させる様に微笑んだ。


「カム様、念のためです。もしこの後に何か出た場合、ロザリアお嬢様がとても心配なさいます。どうかご自愛ください。」


「俺は大丈夫ですよ。この後は仕事がありませんので、何かあれば直ぐに休息を取ります。それよりお嬢様の所に行かないと…この騒動で少し遅くなっているので、今頃あの子は待ちくたびれて侍女たちに当たり散らしていますよ?」



休憩までには来ると約束していたのに、わたくしの従者が来ない!!


ヒステリーになっている小さなお嬢様が目に浮かぶ。


少しでも目を離すと、すぐ侍女たちに横暴な態度で我儘を言うお嬢様。

根は優しい子だけど、家庭環境によって我儘に育ってしまった。


このままでは将来、悪女として迷惑な存在になりかねない……ん?


悪女…我儘…令嬢…


ロザリア・ブロッサム公爵令嬢?


『 だって、このロザリアっていう悪役令嬢は主人公の邪魔ばっかりするんだもの。ルーベルト様の好感度が上がらないー! 』


また妹の声が聞こえた。


いや、これは妹がゲームをやっている際に言っていた愚痴。


それが脳内で再生されただけ。


待って…?


マジかよ?


俺がいる世界は、妹がやっていたゲーム?


「…嘘だろう?」


俺はどうやら妹のやっていた乙女ゲームに転生していた。




・・・・・




ゲームの中に自分がいると気づいた俺はその場でフリーズしてしまう。


そんな失態を見せてしまった為か、ハーンさんより容赦なく休息を取るように命じられ自室に戻された。


『お嬢様には“カム様は訳があって遅れる”と伝えておきます。何もご心配なさらない様に。』


流石執事長…圧が凄い。


冷静になる為にも少しだけ休むことにした。


椅子に座って頭の整理をする。


前世の記憶を含め、ここが本当に乙女ゲームの世界なのか?


「…もう一度考えてみよう。」



乙女ゲーム、『癒姫』


平民だった少女が貴族の学園で過ごし、攻略対象者達の心の傷を癒して結ばれると言うストーリー。



前世の妹、紗月はこのゲームにハマって、毎日のように家のリビングで一人ゲームをしていた。

俺の家は普通のサラリーマンの家。

父親が仕事で遅く、家にはほとんど母親と幼稚園児の弟、中学生の妹がいた。

俺も高校生なりに学校と塾・アルバイトに通い、家に帰るのは遅い。


だからリビングのテレビは母親と紗月でいつも占領されている。


紗月はとにかく少女漫画やアニメ、ゲームが好きで。誰がいてもお構いなく堂々と趣味を広げていた。

それに慣れた母親はよく妹の話を聴いており、最近は妹と一緒になってゲームをしていたりする。


特にこの『癒姫』という乙女ゲームは紗月のお気に入りだった。


ある日、ゲームソフトの特典である『声優に会いに行こう』イベント抽選に妹が当たる。

母親が「まだ中学生の妹が県外に1人で行くのが不安だから」と言われて、俺もそのイベントに付いていくことになった。


…だけど帰りの夜行バスに乗って帰宅途中…夜行バスが道なりを外れて大きく横転。


あの後の自分がどうなったか分からず、今カム・クラベルとしての自分がいる。


妹が好きだった乙女ゲームの世界で悪役令嬢の従者として…。


「…うーん。」


前世にあった経緯は何となく思い出した。


だが本当にゲームのシナリオと一緒なのか…。


棚に置いてある歴史書と地図を見る。

そこには乙女ゲームの説明書に書いてあった世界観と一緒の事が書いてあった。


「バロン王国…この世界で唯一、聖女が生まれる国…。」


やはり間違いないだろう…。


聖女である主人公のヒロイン


ヒロインを守る四人の攻略対象者


そして…ヒロイン達に対立する四人の悪役令嬢…


その筆頭である総悪役令嬢がロザリアお嬢様だ。



冷や汗が出た。


今思い出した事はきっと幸いだろう。この後どうなる?


まだお嬢様は12歳、確かゲーム開始は16歳

王立学園で過ごしている内に、ヒロインが自分の婚約者である王子と仲良くなるのを見て嫌がらせする。

その嫌がらせが段々エスカレートしていき、18歳の卒業パーティーでお嬢様は攻略対象者達に断罪される。


お嬢様は確かに我儘だが、本当にそんなことをするのか…?


『カム!』


無邪気な笑顔を俺に向けるロザリアお嬢様。


腰の上まで波の様に流れる金色の長い髪。

少し吊り目だけど、ルビーの様な紅い瞳は可愛らしい。

幼くも華麗な容姿なのに、常に強気な姿勢で堂々としているお嬢様。


その堂々さは時々…否、常に周囲に迷惑をかけている。



…今のままだったら悪役になるなぁ?


俺は盛大にため息をついた。


とりあえずお嬢様は学園に入る前までに馬鹿な真似をしないよう徹底的に躾ける。


いくら横暴なお嬢様も、ちゃんと素直なところがあるから大丈夫。


まずは王子の婚約者にならない為に、お嬢様にふさわしい婚約者を探す。

それから学園に入学するまで徹底的に性格を矯正して…


ん、まてよ…?


確か、明日は王家のお茶会ではなかったか?


脳裏で妹の声がまた甦る。



『 王子様はお茶会で、適当にロザリアを婚約者に指名するんだよ? 』


王子の横の席に座って、一方的にしゃべるロザリア。


王子は面倒くさくなって、『婚約者は君でいいよ?』と、言うらしい。



…まずいじゃないか!!


急いで俺は部屋を抜け出し、お嬢様のもとへ駆けていった。



お読み頂き有難うございます。

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