悪役令嬢は妹の話を聞く
談話室に着いたわたくし達はとりあえずカウチに座った。
「リリー、話を戻すけど何か誤解してないかしら?お父様の愛人やお母様に毒なんて一体何の話なの?お父様に愛人は居ないし、毒なんて送ってないわよ?」
確かに最近、例の人物に薬と偽り毒薬を渡されそうになったけど未遂で終わっている。
「リリーお嬢様、それはどう言う事でしょうか?」
カムが驚いている。恐らくレゼット男爵婦人の件が内密で処理された事をリリーが知っていると思ったのね。
でも、リリーが話す内容は少し違うと思うけど…。
グレン様もこの事を聞いないようでリリーに注目する。
当の本人は腹を括ったように顔を上げた。
「…お姉様は本当に知らないのですか?毒の事は知っているのに…。お父様と一緒に企んでいるのでは?」
疑心暗鬼のリリーにわたくしは知らないと否定する。
「わたくしは毒が送られている事は知らないわ。勿論、お父様と共謀などしてない。」
お父様は殆ど城に籠って帰ってこないから、何をしている事さえ分からない。
その事を伝えると、妹は考える様に俯く。
「…。」
いくら考えても、家に籠る妹には真偽など分からないだろう。
「リリー信じて?今日お父様はもう一度お母様と向き合いたくてここに帰ってきたの。信じられないかもしれないけど、お父様は今でもお母様を愛していてやり直したいと思っているの。」
「嘘です!」
リリーはバンッとひじ掛けを叩き立ち上がった。
「じゃあ、なぜ今まで帰ってこなかったのですか?それにあの手紙の内容はなに?なぜお母様が大切ならなぜあんな酷いことを書いてくるの?薬と偽って毒薬を送ってくるの!?」
リリー信じられないと頭を横に大きく振る。
手紙の内容が酷い?
また謎が出来た。
「リリー、落ち着いて?」
「それにあの時、お父様はあの女といたわ。あの時の言葉は何?それなのにお母様とやり直す?信じられる訳ないじゃない!」
妹は更に癇癪を起す。
これで話が見えてこない。
「リリーお嬢様、落ち着いてください。」
カムも落ち着かせようとするけど、グレン様がそれを制してリリーの腕を掴んで引き寄せた。
「リリー、落ち着いて?」
「ハァ…ハァ…。」
グレン様の腕の中で我に返ったリリーは息を整える。
「リリー、ちゃんと…」
「お嬢様、お待ちください。」
説明してほしくて再度声をかけようとしたらカムに止められた。
そしてカムは「俺にお任せ下さい」と言いリリーに向く。
「リリーお嬢様、一つずつ教えて貰えませんか?奥様宛のお手紙になんて書かれていたのですか?」
「…。」
「信じてください。決して奥様を傷つけたりはしません。リリーお嬢様の言う様に、旦那様が奥様を傷つけるようでしたら皆で奥様を守れるでしょう?」
カムまで何言っているの!?
お父様がそんな事をするわけがないでしょう?
父を疑われてギョッとする。
でもカムの言葉が届いたのか、リリーは小さい声で話だした。
「…お父様の定期的に来る手紙に必ずお母様を貶める言葉がありました。私は数枚しか見せて貰えなかったのですが、お母様に公爵夫人失格、跡取りを産めないなど酷い言葉が書かれていたのです。そして最近、お父様の便りの中に、一つの薬が入っていました。」
リリーは思い出すようにその時を話しだす。
※※※
「ふざけないで!!」
また母の怒り声が屋敷中に響く。
その声を聴いたリリーはすぐ様母の部屋に向かった。
「お母様?」
部屋の中に居たのは母とフレッド。
リリーは疑問に思う。
『フレッドが傍にいるのに母は癇癪を起している。どうして?』
いつもならフレッドが居れば母はすぐに落ち着きを取り戻す。
実の娘であるリリーですら落ち着かせるに時間が掛かるがフレッドは違う。
「…ああ、わたくしのリリー。こっちに来なさい。」
「はい。」
怒り狂う中、娘が居る事に気づいた母に言われてすぐに近づく。
すると母は強引にリリーを引き寄せた。
「ねぇリリーこれを見て?何だと思う?」
「粉が入っている袋…何かの薬ですか?」
見たところ封を切った薬袋。
小さな子供の手でも簡単に収まる大きさだ。
「そうよ?これは薬…わたくしを楽にさせてくれる薬だわ。」
楽にさせる薬?母の病気が治る?
「本当ですか!?じゃあこれを飲めば、お母さまは…」
「すぐにあの世へ行くわね?」
言葉を遮る様に母は被せてきた。
リリーは喜びの笑みを浮かべたまま固まる。
一瞬、何を言われたか分からない。
でもじわじわと母の言葉が蝕んでゆく。
「…どく…やく…?」
子供でも意味は分かる。
薬は毒。
母を殺すものだ。
「だ…だれ…か…ら?」
「お父様からよ。手紙と一緒に入っていたの。…ふふっ、そんなにわたくしが邪魔の様ね?王都にいる恋人から急かされているのかしら?」
「奥様。」
楽しそうに笑う母にフレッドは気を遣う。
母の表情に楽しいものなんて何一つない。
『怒り』…それだけだった。
「いっそ王国の衛兵に任せた方が良いかしら?」
「それは絶対に駄目です!そうなれば奥様は…」
フレッドの必死に止めた。
それもそのはず。
衛兵に任せるという事は公爵家の全てに関わる。
父が捕まれば公爵家は成り立たなくなり潰れてしまう。
そうなれば公爵家の力で母の為に作られた屋敷が無くなってしまう。
唯一、病の侵攻を遅らせられるように特殊な構造で作られたこの屋敷が無くなれば、母は…。
「ええ。すぐに死ぬでしょうね?…この環境だからこそ、わたくしの延命が出来たもの。」
「…お母さまぁ…。」
リリーの目に涙が溢れる。
「あら、リリー。泣かないで?大丈夫よ?わたくしには貴方達がいるもの。貴方達だけがわたくしの味方だわ。だから…」
リリーを優しく抱きしめる母はそっと囁く。
「わたくしはあの人の思い通りにならない。…この事はわたくし達だけの秘密よ?時が来るまで誰にも言わないで?…勿論あの子にも…。ロザリアはお父様側のようだから…。」
姉に言うなと言われてリリーは頷く。
姉は父の元へ行ってしまい母を悲しませた。
でも、リリーの心は姉を憎みきれていない。
「それが良いでしょう。…大事にしない方法は幾らでもあります。」
フレッドも母に同意した。
「フレッドも有難う。…さて、これからを考えないと…どうしましょうね?」
母は神妙な表情で窓を見つめる。
「わたくしがどんなに想っても届かない。…あの人はもうわたくしを想ってくれないのかしら…?」
母の切なそうな声にリリーの胸はきつく締め付けられた。
※※※
「‥‥。」
お母様の言葉に絶句する。
こんな事あり得ない。
「その毒は本当に旦那様が送って来たものなのですか?」
カムがその薬の出処を聞くとリリーは頷く。
「その薬について確認するべく私は一度、お母さまに内緒でフレッドと一緒に王都にいきました。フレッドのお兄様が働いているから…お兄様に会うという口実でお父様に会いに行きました。」
フレッドの二番目の兄は文官。
だから身内として用があると言って王城に入れて貰えたそうだ。
「でも、お父様は執務室にいなくて。…あきらめて帰ろうとしたら王城の庭にお父様と女の人がいました。人気の無いところに二人は行かれたので、私は二人の後を追ったのです。
そしたら…。」
リリーは父を見つけ一人で追いかけたそうだ。
その時を思い出したのかリリーの表情が険しくなる。
「お父様の声が聞こえてきて『あと少しでディジーを病死にできるから待っていて?』と言いながら女性と抱き合っていました。それを見たとき私はどれだけお父様を憎んだか!」
真実よりも怒りが先に来て、リリーは父を責めようとした。
だが、動く前にフレッドに止められた。
そして事を起こしてここに来たことをばれてしまわない様にリリー達は領地に戻る。
「その後、フレッドにお父様と一緒にいた女性を調べてもらいました。その女性はレゼット男爵夫人…その人は以前から父の手紙内容で度々出てくる父の『支え人』。父と二人でお母さまを殺そうとしている人よ!!」
何それ…?
「嘘でしょ?レゼット夫人はお父様と関係していたの…?」
薬の交渉している人物だけではなく、父と愛し合っていた?
信じられないと、そう思ったらカムが横でわたくしの肩を叩く。
「な…なに…よ?」
「お嬢様、大丈夫です。」
え?どういう事?
「…話を聞いていると不可解なことが多数ありますがロザリアお嬢様、リリーお嬢様。その人物は旦那様ではありません。」
「ですが私はこの目でちゃんと見ました!あの人はお母様の名前を呼んでいたの。それに私だけじゃなくフレッドも目撃して…。」
「確かに偽旦那様について調べる必要がありますが、リリーお嬢様安心してください。旦那様ではありません。一応確認ですが、その毒薬を送られたのはいつ頃ですか?」
リリーの証言に動じないカムは凄い。
リリーも流石に言い負けたのか、沈黙せずに口を開いた。
「…新緑の月に入った頃。王宮で開催されたお茶会の2か月前です。」
それって、王宮のお茶会の招待状が配布された頃だわ。
「成程…じゃあ、あの事件前ですね?…なら猶更旦那様ではありません。ロザリアお嬢様はご存じでしょう?王宮で初めて旦那様は書類と交換で薬を手に入れようとした。だから先に毒を送るなんてあり得ないです。」
「あっ!確かにそうだわ。」
あの事件後にお父様も取り調べを受けて、今回が初めて薬の引き渡しを行ったらしい。
なら、お父様はお母様に送れない。
それにレゼット夫人はもう居ないのだわ!
「リリー、後でちゃんと詳しく話すけどレゼット夫人は既に処刑されたの。だから今のお父様がレゼット夫人と共謀してお母様を殺害するなんて絶対にありえないわ。」
「…愛人がいない?」
「そうよ。もしかしたら毒薬もレゼット夫人が送ったのかも知れない。」
あの人ならあり得そう。
父を利用する為に前々からブロッサム家まで手を出して母を苦しめていた。
それしかない。
だけど、ある人物が待ったをかける。
「レゼット男爵夫人は城で持ってきた毒しか所持していませんでした。だから彼女は不可能です。あの毒は特殊な製法で作られている為、長い時間の保管は絶対に無理ですから。」
横からグレン様が首を振って否定した。
へーそんなのー?
って、何ですって!?
「何故、貴方がそれを知っているのよ!?」
訳を話させようと問いかけると、彼はシレっと何でもない様に話す。
「私はルーベルト殿下の補佐をしていますから耳に入るのですよ。あと薬関連は父が得意なのでね?」
そう言えばそうだ。
公衛大臣が持つ毒の知識は医療官が持つ知識を上回る。
当然王家は彼を頼るだろう。
ぐぬぬっ、まさかあの事件をこいつに知られるとは…何が凄く弱みを握られた様で嫌だわ。
何も言えないわたくしにカムは憐れむ目で見てくる。
でも妹はそうじゃない。
「…う、嘘だわ…」
信じられない様にリリーは首を振った。
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