悪役令嬢は攻略対象者のことを考える
ヒロインが彼を選べばリリーは断罪されてしまう。
※※※
「カム…なぜリリーが断罪されるの?」
乙女ゲームという物語を教えてもらい自分が断罪されると激怒したが、妹まで断罪されると思うと疑問に思う。
あの気弱なリリーが罪を犯すなんて考えられない。
ノートを見るカムが顔をあげた。
「リリーお嬢様は、攻略対象者の一人であるグレン・マーカス様のルートで出てくる悪役令嬢です。お嬢様はずっと王都で暮らしていたから知らないかもしれませんが、お二人は幼馴染なのですよ?」
「グレン・マーカス…。この前のお茶会に来ていたわね?黒髪の長身で…そう公衛大臣にそっくりな方!」
そういえば人と挨拶の時に彼から視線を感じた。
気のせいと思っていたけど、妹の事で関係ありそうだ。
「そうです。まずリリーお嬢様が断罪される話の前に、グレン様の話をする必要があります。」
「彼の話?」
カムは頷いた。
「彼はグレイス・マーカス公衛大臣の嫡子。お嬢様はマーカス侯爵の事をどこまでご存知でしょうか?」
「…そうね。確か先の大戦を制した人物かしら?そして戦後に壊された街や村を前よりも住みやすく改善して治安を良くしたと聞くわ。あと王国内で起きた疫病を解明して民達を救ったと有名ね?文武両道で他国から敵なしと言われる程の今の『英雄』だわ。」
昔、弱小国と言われていたバロンに攻め入れようと多くの国が攻めて来た。
だけど王家の一人が多くの敵軍全てを退けたのである。
バロンの全民は彼を敬い『英雄』と称えた。
その人が最初の『英雄』
でも彼が亡くなり再び脅威が迫ってしまう。
多くの民が攻め来る敵に絶望した時、彼に変わる様に一人の男が現れる。
その男がグレイス・マーカス。
彼は敵を排除する事だけではなく、復興に力を入れて王国に多大な貢献した。
民はそんな彼にも『英雄』と称えた。
彼は二番目の『英雄』なのだ。
「マーカス家は四大侯爵家の中でも下と言われていますが、彼のお陰で一、二を争うぐらいの権力を持つ侯爵家に変えました。気難しい陛下の信頼を持つ一人です。そんな彼の子であるグレン様はさぞかし重荷でしょう…。」
英雄の子として周りに期待されてしまうから。
「確かに…。でも高貴族にそんな話は当たり前じゃない?」
そもそも、最初の英雄はブロッサム家の初代当主であるお爺様の事である。
そして英雄の息子である父はその重圧を弾いて国政財務を任されている財務大臣となった。
大臣になる家は全て大貴族。そしてこの王国は全て世襲制である。
よって、どの子息であろうと親から引継ぐ為に多くの事を学ばなければならない。
「そうですね。お嬢様の言う通り貴族なら当たり前の話。でも彼は何かが違うのです。」
「違う?」
カムが難しい表情をする。
どう説明するか悩んでいる様だ。
「お嬢様は先程、彼をマーカス侯爵に似ていると話しましたね?俺も彼を王城で見たことありますが、姿顔が似ているだけではないのです。」
姿顔だけなら親子として普通
だけど彼は普通と違う。
「どういうこと?」
何が普通と違うのが分からない。
「彼の仕草や話し方は侯爵と全く同じ。ゲームの内容はマーカス侯爵の瓜二つの息子を侯爵家の繁栄の為に父の複製として育てられたと記載されていたそうですが、恐らくその設定どおりだと思います。」
父親の複製。
父の仕事を継ぐように教育するのは分かるけど、父そのものになれるわけ無い。
なのに、マーカス一族はそれを彼に施している。
「…何か気持ち悪いわ?…マーカス家はどうかしている。」
マーカス家は異常だ。
手に入れた権力に囚われているのかしら…?
「彼はそれをどう思っているのかは分かりません。ですが、リリーお嬢様と出会い変化が起きた。リリーお嬢様は殆ど領地から出ない為か、彼の父は知らない。純粋に彼を慕っており、グレン様もリリーお嬢様を気に入っています。…でも、それがお互いを執着してしまう事になります。」
お互いに執着。
という事は、二人はお互いを必要にしているという事。
「…待って?執着しているなら何故リリーは断罪されるの?お互いに執着していたら、そんなこと出来ないわよね?」
その言葉にカムは更に難しい顔をした。
何かあるの?
「…彼の乙女ゲームポジションはヤンデレ担当です。」
…。
…やんでれ?
「…なにその言語?」
人が真面目に聞いているのに分からない発言しているわ?
カムも自覚あるのか、頭を抑えてまた言葉探しを始めた。
でもそう時間を掛けず、再びわたくしと向き合う。
「ヤンデレというのは、“心が病んでいる”と“デレる”という言葉を重ねたもの。簡単に言うと『病んでいる様に相手に表現する』という意味です。実際にそんな人がいると、正直怖いですね?」
…わたくしから見れば、こういう話を平然と話しているカムも相当病んでいるわよ…?
「彼の話はここまでにして、次はリリーお嬢様の罪についてお話します。実はお嬢様がルーベルト殿下と婚約した後にグレン様とリリーお嬢様は婚約を結びます。でもある出来事で二人は更にお互いを執着してしまうのです。」
「…ある出来事?」
突然カムの表情が曇った。
そして彼は口を開く…
「‥‥ディジー奥様が亡くなった時です。」
場が静かになる。
それも当然、内容が内容だ。
「…お母様が…。」
わたくしもその言葉に強張ってしまう。
いつか来るお母様の死。
恐らくそんな遠くない話。
「はい。この事でブロッサム一族はバラバラになり、旦那様は家に帰らず、ロザリアお嬢様も王都のタウンハウスで王子妃教育を受けながら悠々と暮らします。その中で領地に残されたリリーお嬢様は一人立ち直れず悲しみと父親への怒りに囚われてしまいます…。」
更に父は母の死を忘れすぐ再婚。この事に妹は輪をかけて家族に憎しみを持ってしまう。
そんな彼女を支えたのがグレン。
「グレン様はリリーお嬢様を心から大切にしていて、ずっと守っていました。でも…それはグレン様が王立学園に入学するまでの話ですが…。」
リリーを守っていたのは学園入学までの期間限定。
「彼が入学したら何か変わったの?」
私の質問にカムは頷いた。
「ここからはゲームのシナリオが始まります。ざっくりですが説明しますね?」
カムは乙女ゲーム『癒姫』の簡略化しながらグレンルートを話す。
最初はヒロインと第二王子が知り合ったのをきっかけに、王子の友人であるグレンは王子よりヒロインを守る為に恋人役を引き受ける。
(これはヒロインが王子以外の攻略対象者を選択した場合に発生するイベントで、残りの攻略対象者も共通である。ちなみに王子を選択した場合は王子自ら恋人役になるそうだ。)
「序盤はロザリアお嬢様や取り巻きの妨害を避けつつ学園生活を過ごしますが、グレン様ルート場合、リリーお嬢様が入学してきたときに本格的に攻略が進みます。そして彼は次の様に動くのですよ…。」
彼はリリーがもっと自分に執着して欲しい為、ヒロインに協力してほしいと頼んだ。でもヒロインはそんな彼を止める。
グレン様もそんなヒロインに戸惑うが、段々とヒロインに心を赦してしまい親しくなっていった。
そして彼はヒロインに恋をする。
「…ですが、リリーお嬢様はそんな2人を赦せませんでした。その後、彼女は嫉妬しヒロインに嫌がらせをします。いじめが段々とエスカレートして終盤の最後にはグレン様と第二王子から断罪されてEND…です。」
ざっくりと聞いて怒りに身体が震える。
なにそれ?
この内容はどう見てもリリーが悪いと言うより男が元凶よね?
「そんな人がリリーの婚約者?冗談じゃない!」
「落ち着いてください。これはあくまでゲームの話なのですから。」
憤慨するわたくしにカムは宥める。
「彼はヤンデレという設定された登場人物の一人ですから異常に思うのは無理もありません。ですが、彼を見る限りその設定どおり…なら、この人のバッドエンドルートはもっと怖いものになる。」
「バッドエンドルート?」
「はい。ゲームなのでヒロインの攻略次第でハッピーエンドとバッドエンド、どちらかになります。」
物語が決まっている絵本と違ってゲームは多様様々。
「操作する人が楽しめる様、面白く仕掛けてあるのですよ?話を戻しますが、グレン様のバッドエンドは父の複製を決別できずに終わる事。これによって彼を更に歪ませてしまう事です。」
ヒロインはグレン様を救えず、悪役令嬢によって毒を盛られてしまうと言う結末。
「それもリリーは断罪されるの?」
彼の執着はヒロインに行くだけでは?
わたくしの疑問にカムは否定する様に首を振る。
「ヒロインに毒を入れたのはロザリアお嬢様。でもその毒を呑ませるきっかけを作ったのはリリーお嬢様です。酷い話ですがロザリアお嬢様が毒を入れた事を彼は知っておきながらリリーお嬢様を断罪します。そして…。」
カムは言葉を濁すが、先が気になる。
「何?どうなるの?」
「ヒロインはグレン様の妻になりますが、公妾として第二王子の元に。妻を取られたグレン様はリリーお嬢様を妾として平民から連れ戻し監禁してしまいます。…これが彼のバッドエンドです。」
背筋が凍る。
何としても止めなければ…!
※※※
お読み頂きありがとうございます。
回想シーンで終わってしまいました。




