悪役令嬢は家族をどうにかしたい
※※※
「旦那様、ロザリアお嬢様、本邸に着きました。」
従者に声を掛けられて我に帰る。
そして馬車を降りるとブロッサム本邸の館前に召使いたちが並んで迎えた。
隣にいる父を覗くと、いつもより表情が馬車いる時より硬くなっていた。
「お父様、自分の家に帰ってきただけなのに、もう緊張しているの?」
「え?あ、そ、そうだな…。いや…その」
完全に父の目が泳いでいる。
…ここはしっかりと喝を入れないといけないわね?
「お母様と向き合うって、約束したでしょう?」
「わ、分かっている。」
父とはいえ、全く頼りないわね?
もう、これは何とかなるしかないでしょう。
「旦那様、ロザリアお嬢様、お帰りなさませ。」
いつまでも動かないわたくし達を執事のフレッドが迎えにきた。
フレッド・キャンベル
キャンベル伯爵の四男で、お父様の代わりにブロッサム領地をお母様と一緒に管理している中年に近い青年。
わたくしが王都に移り住み出した頃にこの本邸に仕えている。
「フレッド、領地は変わりないか?」
「はい旦那様。旦那様の指示で領地は恙なく平穏でございます。」
執事は軽い業務報告を話し出した。
二人の会話が終わるのを待っているとふと気づく。
お母様とリリーがいない。
「…ディジーとリリーは?」
父も母と娘が来ない事に疑問を持ったようだ。
「奥様は体調が良くない為、自室にいらっしゃいます。リリーお嬢様も奥様のお傍について頂いております。」
妻の容態が悪い。
お父様は暗い表情をする。
「そうか…面会できそうか?」
「…え?は、はい。でも…その…。」
急にフレッドがどもる。
情けない態度にイラっとする。
なによ?はっきりしないわね。
「…奥様は…随分の間、旦那様と…お会いしていないので、昨日からずっと顔も見たくない、と仰って…。」
母の拒絶。
流石にわたくしも固まってしまった。
「…定期的に手紙を送っていたのに?」
「はい。」
うう…重い雰囲気‥。
フレッドの様子だと、母の怒りは相当のものだと取れる。
確かにずっとお父様はお母様に会おうとしなかった。
でも今はやり直そうと、心を入れ替えている。
「考えても仕方ないわ。お父様、お母様のお部屋に行きましょう?」
お父様の腕を強引に引っ張る。
「わっ、分かっているよ。ロージィ。」
わたくし達は家に入ろうと進んだ。
「…。」
その後ろでフレッドが何か言いたそうに見つめていた事にわたくしは気づかなかった。
・・・・・
「さあ、お父様。部屋に入りましょう?」
お母様の部屋に辿り着いたわたくしたちは扉にノックする。
内側から扉が開き、母付きの侍女メディが立っていた。
「…旦那様、お嬢様、お帰りなさいませ。」
挨拶をするメディはどこか暗い。
まるで歓迎されていないみたいだ。
「メディ。ディジーは?」
「どうぞこちらへ。」
メディは踵を返し寝室へ案内する。
主人に対しても淡白だ。
そしてメディは寝室の扉にノックしてドアを開けた。
わたくし達が入るとそこにいるのは…
「…ディジー。」
ベッドの上にお母様。そしてその傍にリリーがいた。
「…。」
お母様はわたくしが来たのに顔を上げずただ俯いている。
ただ、リリーだけはいつもよりきつい目をわたくし達に向けていた。
「お帰りさないませ、お姉さま。…あと随分と懐かしいお顔を拝見しましたわ…お父様?」
リリーの口調が攻撃的。
か弱い子なのに、随分と刺々しい。
「…リリー、会わないうちに大きくなったな?…それも父に似てき…」
「今はそのような話など聞きたくありません。」
「うっ、そ、そうか。」
ぴしゃりと言葉を切るリリーにたじろぐお父様。
久しぶりに再会する二の娘に父はどうしていいか分からないようだ。
それもそのはず、リリーが産まれてから、父は本家に帰ってこなくなったのだから。
恐らくリリーとは両手の指で数えられる程しか会っていない。
随分と冷たくなかった二の娘に歓迎されず、どうしようと迷っていた父にようやく母が顔を上げた。
「本当にお久しぶりですわ、グラジオ様?…リリーが産まれてから12年間。王都に入り浸りになるほどお忙しい旦那様が本邸に来るなんて。どんな心境の変化かしら?」
お母様が刺す様な冷えた視線で父を見る。
「ディジー…長く離れていてすまなかった。今までの事は言い訳しない、ずっと君から避けていたのは事実だから。…だが。もう一度やり直しをしたくて帰ってきたよ。」
すまないと、父は母に頭を下げる。
でも母は表情を一切とも変えない。
「…やり直したい?…ふふっ、まあ、随分と心に思っていない言葉をずけずけと!貴方はわたくしに早く死んでほしいとしか思っていない癖に!!」
バンッ!
お母様はサイドテーブルを激しく叩いた。
「な、何を言っているんだ?私はそんなこと思っていない!」
「大嘘つき!!わたくしの死後、実家であるフェロー家の財産及び鉱山の権利書は貴方に全部いくから今まで病弱なわたくしを何もせず置いていた。でも最近、貴方は王都で愛人と一緒になりたいからって何度もわたくしを殺そうと…う゛っ、ゲホッ‥ゲホゲホげほっ」
突然、母の発作が起きた。
「ディジー!?」
「お母様っ」
リリーが咄嗟に母の背を擦る。
お父様も駆け寄るが、母に触れようとすると手で弾かれた。
「ゴホっ、さ、触らないで!ゲホッゲッ‥…ガハッ」
咳を込み抑え込もうとするお母様は勢いよく吐血した。
「お母様!?」
わたくしが駆け寄ろうとすると前に、横からフレッドが急ぎ足で来てお母様にお水を飲ませる。
「奥様、医師が来ました。お辛いですが少しだけご辛抱を?」
「ぅ‥けふっ…ふれ…ど…」
お母様はフレッドを頼る様に肩にもたれた。
どうやら少し落ち着いたようだ。
でもこの状況は少し重くて苦しい。
そんな空気の中、フレッドは父様に視線を向ける。
「旦那様、今から侍医が来ますので席を外していただけないでしょうか?私が奥様に付き添います。」
「…分かった…。」
怒る妻に対して何も出来ないお父様は何も言えない。
フレッドはわたくしにも申し訳なさそうに頭を下げる。
「この部屋を綺麗に致しますのでロザリアお嬢様はご退出願います。リリーお嬢様も一度お席をお外しください。…気持ちを落ち着かせる為にも少し御休憩を…」
フレッドが仕切るのはどうかと思うが、母の事を思えば従うしかない。
「分かりましたわ。」
リリーも複雑そうにしているが頷く。
「…フレッド、お母様をお願いね?」
「はい。」
わたくし達はお母様の自室を出た。
この後どうしょうかと考える前にリリーが動く。
「私も失礼します。」
リリーが離れようとする。
「リリー。」
「お父様と何も話したくありません。」
声を掛ける父に拒絶してリリーは即座に離れて行ってしまった。
全く取り付く島もない…。
「…。」
悲しそうに俯くお父様をみて胸を締め付けられる。
わたくしが何とかしなければ。
そう思いリリーの後を追っていく。
・・・・・
「リリー!」
メイドと話すリリーを見つけそのまま駆け寄った。
「‥‥お姉様?」
「ねえ、どうしてお父様と話さないの?お父様は…」
「どうして今更お父様とお話しなければならないのですか?」
わたくしに対しても冷たく言い放つリリーに驚愕する。
「今まで何度も私はお父様にお母様に会ってほしいとお願いしました。だけど一度もお父様は聞き入れてくれません。私に会いに来ることも…それはお姉様も知っているでしょう?…なのに今更どうしてお父様の言い訳を聞かないといけないのですか?」
これがリリーの言い分。
リリーが会いに来てほしいと何度も手紙を送っていたのは確かに知っている。
それだからお父様はお母様だけではなく、リリーすら避けていたことも…。
「…知っているわ?でも、お父様はずっとお母様の病気を治すために王都で色々と情報を集めていたのよ?」
最愛の妻の病気を治す為に忙しく回っていた。
それを伝えるが、リリーにその想いは届かない。
「…ええ…治療薬という毒薬を探していたのでしょう?」
「そうなのよ…えっ、知っていたの?…毒薬?」
毒薬ってどういう事?
「…何度かお父様の手紙が送られてきた時、毒薬を送ってきましたから知っています。…まさま、お姉さまもご存知とは…正直失望しました。」
わたくしまでリリーは冷たく睨みつける。
でも、リリーが何の話をしているのかが分からない。
「ちょっと待って?リリー、それはどういう事?お父様がお母様に毒薬を送っていた?何かの間違いではないの?」
問いただしても、リリーは答えない。
何か思い込みを始めた様だ。
「…やはり領地に戻ってきたのは、直接お母様を殺す為ですか?愛人を正妻にするために…。」
段々おかしい方向に向かっていく。
話を聞かない妹をどう説得するか…?
「リリー、話を聞きなさい!お父様は…」
「リリーを苦しめないでくれないか?」
低い声がわたくしの言葉を止める。
声の方へ振り向くと、そこには黒髪の少年が立っていた。
「グレン様!」
突然リリーは走り、少年に飛びつくように抱きついた。
「リリー、遅くなってごめん。」
わたくしに対して言った冷たい声色とは違い、優しく温めるような声色でリリーを慰める少年。
この少年は確かグレン・マーカス。
カムが言っていた『攻略対象者』の一人。
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