12歳の悪役令嬢は婚約する
初めて父の涙を見た気がする。
そしてわたくしも初めて自分の想いをお父様に言えた。
例えお父様が捕まっても、わたくしはお父様について行くわ。
涙を拭い決意を固める。
ルーベルト様はわたくしたちをみて歩み寄る。
「…ブロッサム公、確かに事実機密書類を持ち出したことには原則重く罰せられます。ですが、レゼット男爵夫人の事は貴方と取引する前から既にこちらで把握しておりわざと泳がせていました。彼女が持つ毒の入手ルートを割り出す為に…。」
危険だと知っているのに、わざと父に知らせずそのままにした。
これが本当ならわたくしは正直複雑な気持ちになる。
まるでお父様を生贄にしたのではないのか?
でもルーベルト様は話を続ける。
「非道と思うでしょうが、貴方に言わなかったのは王太子の指示です。彼女は非常に毒を隠すのが上手で確たる証拠が手に入らないと困る。だから我々は貴方を利用しようとした。」
証拠を得る為に仕方なく。
人良さそうなアルベルト王太子殿下にそんな冷酷な一面があるなんて…
「なぜ彼女が主犯だと分かったのですか?」
ショックを受けて黙るわたくしの代わりに、カムが何かを探るようにルーベルト様に問いかける。
その質問にルーベルト様は急に俯いた。
「…とある人の報告を受けてね。それ以上は黙秘とさせてもらうよ。」
ルーベルト様は顔を上げて、もう一度お父様に問いかけた。
「ブロッサム公まで主犯格の場合は容赦なく逮捕するつもりでした。だけど違うのでしょう?」
父の罪は機密情報を持ち出した事。
決して毒を扱う主犯格の一人ではない。
でもお父様は黙っている。
取引をしてしまった認識を持っているかもしれない。
「…今回はこちらの事情もあるので、貴方の地位を取り上げることは恐らくありませんが、それなりの処罰はあるでしょう。処罰の内容は貴方を取り調べしてから決める事にします。…ただ、家族を悲しませるような罰にさせない様、僕が何とかしてみますよ。」
家族を悲しませないようにする。
その言葉にまた涙が溢れて来た。
それはお父様も同じで、ルーベルト様に深く頭を下げる。
良かった‥‥本当に良かった。
「ルーベルト様、本当に…本当にありがとうございました。」
「別に気にしなくていいよ。」
わたくしも深く頭を下げるとバツの悪そうにルーベルト様がそっぽを向く。
「でも父を助けるために準備をしてくれていたのでしょう?本当にありがとうございます。」
ルーベルト様がここに居てくれなかったら、今頃わたくし達はどうなっていたのだろう?
カムが居ても彼女を逮捕できなかったかもしれない。
お父様も共犯として捕まっていたかもしれない。
そう思うと感謝の気持ちで一杯だった。
「……本当は君たちを見捨てるつもりだった。」
…え?
今の言葉に耳を疑う。
でも小さくてちゃんと聞き取れるほどの声ではないから空耳かもしれない。
頭をあげると扉からノックが鳴り、先ほど別の部屋で会った一人の官僚が入ってきた。
「ルーベルト王子殿下に申し上げます。殿下の指示通りすべて滞りもなく終了いたしました。」
ルーベルト様は彼に目線を向ける。
「分かった。…僕はこの後王太子に報告する。レイドリックはブロッサム公爵を頼む‥‥できれば内密に執行してくれるかい?」
「分かりました。」
レイドリックと呼ばれた官僚が礼を取った後、父のもとに行きついてくるようにと促す。
「ルーベルト様、寛大なる御心感謝いたします。…失礼します。」
父はルーベルト様に深々と頭を下げ部屋を後にした。
部屋に三人だけ…いや、ルーベルト様も用が終わったと言うばかりに扉へ向かう。
「僕もまだやることがあるので失礼する。…茶会はもうすぐ終わるから、君たちも向かったほうがいいよ。母上は気が短いからね。」
わたくし達の返事を待たずにルーベルト殿下は部屋を出てしまった。
この部屋はわたくしとカムだけ。
静けさが増す。
「‥‥。」
「お嬢様…。」
痛々しそうにするカムに私はある疑問を話す。
「ねえ…カムは知っていたの?」
父が騙されていた事を?
「…申し訳ありませんでした。俺ももっと早く思い出せたら、こんなことにはならなかったのに…。」
悲しそうに伏せるカムに慌てる。
でもわたくしはカムを責めていない。
「ううん。違うわ。…むしろ感謝している。カムが行動を起こしてくれなかったら、わたくしはずっと気づかないままだった。ありがとう…カム。」
「!?」
まさかお礼を言われるとは思わなかったのか、カムが珍しいものを見る様な目でわたくしを見る。
「な、何よ!」
「いえ…お嬢様が…あのお嬢様が…怒らず…」
信じられないと頭を抱えるカムに唖然とする。
「お嬢様、何か悪い物を食べていませんよね?あと、何故、お嬢様はルーベルト殿下と一緒に居たのですか?まさか王子に婚約者にと迫ったのでは無いですよね??あんなにそれは駄目だと、あれほど言ったはずなのに…話を聞いていなかったのですか?」
またカムに何かのスイッチが入った。
せっかく感謝しているのに…もう、前言撤回よ!
・・・・・
わたくしたちもお茶会に戻らなければと思い、部屋を後にする。
「…とにかく、今回の件でお嬢様の破滅フラグは断たれたと思いますから一安心です。」
カムがため息をついた。
…確かにわたくしはルーベルト様に婚約を求めていない。
でも、お父様を止められて良かったと思っている。
少なくてもこれでお母様は殺されずに済んだ…。
歩いているとようやく会場に着いた。
会場では王妃が茶会の終わりの挨拶をしている。
そこにアルベルト王太子殿下とルーベルト様はいなかった。
恐らくセリス・レゼット男爵夫人の件で事後処理を行われているのだろう。
お父様の処分も一緒に…。
結局ルーベルト様の婚約者になれなかったわ…。
王妃様の挨拶を聞きながらルーベルト様の事を考えた。
とても同じ歳とは思えない冷静さと冷たい表情…でも、その表情の中に優しさがあった。
特別な感情はないけど、どこか安心できる存在。
まるで昔からの親友みたい…
そんなことを考えていると、王妃様はわたくしに気づいたのか招き入れるように手を振る。
ん?何かあったかしら?
王妃様の元へ行くと、王妃様は背後にまわりわたくしの両肩に手を置いて他の貴族子息子女に見せつける様に前に出した。
「王妃様?」
顔だけ振り返ってみると王妃はニッコリと微笑んだ。
「もう一つ皆様にご報告があります。私の子、ルーベルトの婚約者を、ブロッサム公爵家のロザリア嬢に決めました。どうぞ2人を温かく見守って下さいね?」
この発表に周囲の貴族子息子女が大いに驚きと祝福の声や拍手で騒ついた。
え…?
ルーベルト様の婚約者は誰? ロザリアって誰でしたっけ?
ロザリアはわたくしの名前じゃない!!
「…わ、わたくしが婚約者!?」
「ええ、そうよ。ルーベルトを宜しくね?」
王妃様は嬉しそうにわたくしの頭を撫でた。
何が起きたか分からず唖然とする。
そして少し離れていたカムも、この話に顔色を悪くしていた。
周りは賑やかなのに、わたくしたちはこの雰囲気について行けない。
こうして第二王子殿下の婚約者を選ぶお茶会は幕を閉じたのであった。
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