勘違われ剣神の魔剣「一文字:草薙」
それは、何かの間違いだったんだ。
剣聖が指南してくれるという、そういう催しに、我が道場も参加して、ある程度以上振れる者は胸を借りるつもりでコテンパンにされるだけの、ハズだった。
だのに。
「……は?」
剣聖が、真っ二つになっていた。
渦中、俺こそが最も混乱していたと思う。家のつながりで通わされ、十年も経てば余程の莫迦でない限り、ある程度は振れるようになるものだ。しかし俺の、その態度の所為だろうか、飄々と実力を隠しているだなんて期待され、疲れる前に降参するたびに、不服の申し立てを受けるのだ。
俺に、実力と呼べるものなどない。
だのに。
木刀を、無気力に縦に振るって、向こう側までぱっかりと真っ直ぐに空が見えて、脇のすべてが別れて斃れた。「そんな莫迦な。」とでも言いたげな剣聖の顔が、忘れられない。
俺の方が、余程莫迦なと思っているのに。
しかし。
当代の剣聖を打倒した俺は、衆目監視の下、揉み消すこともできずに、次代の剣聖に祭り上げられた。
それは、隣国との戦争を控えていたからだ。最高戦力の剣聖こそが、戦争の抑止力だったのだ。しかし、剣聖の死は、噂に乗って遠くまで響き渡ってしまう。だからこそ、次代の剣聖を立てて、代替わりをしたのだと喧伝するより他なし、という判断は理解できる。
より広く知ろしめるために、剣聖ではなく、剣神と名乗らされたことにも、理解はできた。
それでも。
「やはり、こうなるか。」
戦争の、最前線に駆り出されると知られれば、文句のひとつも言いたくなる。今度こそ、剣神が敗れることがないようにと、厚く守られたことは、理解していた。その姿のどこが剣神なのかと、苦言を呈したくなるほど露骨に、俺という存在は守られた。道場破りのごとく決闘は、跳ね除けられた。
剣聖の妻が、遠くから恨みがましい視線を投げてきたことだけが、嫌に心に残った。
それも、これで終わる。
眼前には、万を三つも四つも数える軍団だ。
先陣。ただひとり、俺が立たされている。
それが、俺の役割だった。
あの時の秘剣……いや、魔剣を再現せよ、と。
「しかし、なぁ。」
この酔っ払いには、難しくないか?
恐怖だよ。怖いのだ。そりゃあ、酒も飲むし、女も抱くよ。幕僚に連れてきた何でも言うことを聞く女を、恐怖のままに憑り付かれたように只管に、子を孕ませようとするだろう。
その女の官能に、溺れたくもなるだろう。
俺だって、死にたくない。王様だって、死にたくない。だからって、剣聖が担当するハズだった仕事を、俺みたいな為体に担わせてしまうことになるんだ。やけっぱちだよ、畜生め。
あーあ。
砂煙を上げて、まあ……草原の草花が足に踏まれて可哀相だこと。
そのまま何もできず、引くこともできない俺ごと、轢いていってくれんだろうかね?
なるべく一瞬で、痛みも感じることなく、あの巨大な生き物のような群れの中に飲み込んでくれやしないかなぁ。
はぁ。
やれやれだ。
俺が、本当に剣神であれば、良かったのにな。
それなら、なぁ。
例えば、だ。
こう……抜刀一番、秘剣一文字:草薙……っ。だなんてカッコつけて、剣を振るったら、一切合切をどうにかこうにかサッパリできないものかね。
あと、十も息をすれば衝突か。
はぁ。
そぅれ。
「秘剣一文字……草薙っ! なんて――な!?」
サッパリと、なっちまった。
左下から右上まで、一直線にアッチまで、穂を刈り取るみたいにサッパリと、一切合切の悉くが、綺麗に断たれてなくなっちまった。
向こうの空が、綺麗だった。
ありゃあ……?
俺、何かに目覚めた、か?
「――秘剣一文字ぃ……草薙ぃ!!」
ぶん、と、鈍く、下手くそな素振りの音が虚しくて、周りに誰もいなくて本当に良かったと思った。
まあ、そんなもんだ。
*** ***
かつて公の場で、ただの三度、剣を振るっただけの剣神がいた。一度目は、剣聖を打倒した際。二度目は、隣国の兵士を刈り取った際。そして三度目は……この三度目の剣の議論の決着がいまだついていない。一度目が「秘剣一文字:唐竹割り」、二度目が「秘剣一文字:草薙」、そして三度目が「秘剣一文字:千枚通し」だと伝わっていることから、各地に残る不自然な、直線的で小さな抉られた跡などの調査がなされたものの、終ぞ、最後の一撃の行方は判明しなかった。
これが、今では魔剣と伝わる、剣術の至高である。
史上最強にして、極端に剣を振るうことを嫌った剣士。その素顔は、歴史の闇に葬られたままである。
~fin~