卒業式
3月初旬、ついに中学の卒業式当日だ。気温は日に日に高くなり、冬の厚着のままでは、暑ささえ感じる気温となっていた。プロ野球はオープン戦が開幕し、月末には選抜甲子園の開幕とレギュラーシーズンの開幕という野球シーズンの到来だ。
「藤谷、高校でも野球頑張れー」
「甲子園出たら応援するからな!」
同級生の注目の的は大阪松蔭高校に進学する藤谷有希である。それもそうか。怪物としてテレビでも注目されて、もうすっかり有名人だ。それに、地元に残る俺よりも親元を離れて寮生活をする翔に注目が集まるのは仕方がない。
「俺、こんなに手紙貰ってもなぁ…」
「正直、有が羨ましい。俺なんか卒アルに『目指せ甲子園!』と書かれただけだからな」
担任や同級生からの色紙やら手紙やら貰った有は少し満足げだった。そして、女子数人から告白されたようだが、見事に全員フッていた。まぁ、しょうがないか。あいつ、これから野球の修行に行くようなものだからな。
◇ ◇ ◇
「おーい、健ちゃーん!」
友達とのやりとりを終えた雪菜が卒業証書の入った筒を俺に向けてブンブンと振っている。そして…
「高校でもよろしくっ!」
と俺に抱きついてきた。そう、俺と雪菜は4月から同じ東商学園高校に進学する。雪菜は入試の面接の時、野球部のマネージャーになりたいと言っていたが、芸能活動も続けるみたいだし、学業と芸能活動、そして部活動をちゃんと両立できるかどうか不安である。
◇ ◇ ◇
雪菜が友達と記念撮影をするため、再び俺の元を離れた時、有に声をかけられた。
「ちょっと羨ましいな…」
「何が?」
「いや、お前モテモテでさ…普通、卒業式で告白されることなんてないぞ」
有に、意外そうな顔をされた。
「お前には、雪菜ちゃんが居るじゃないかよ」
「え?あいつははただの幼なじみだけど…うーん、そういう関係じゃ…」
「周りはそうは思ってない」
有の顔が、一瞬真面目になる。
「俺にとっては、お前らの方が羨ましいよ」
「そうか…そういえばお前、入寮いつだ?」
「月末。まだもう少し先だな」
「そうか。それまでに彼女作れよ」
「バカ言うなよ。監獄のような野球部で恋愛なんかできるかっつーの。お前が行く高校とは違うんだよ」
「それもそうだな」
「おまけにスマホ禁止、外出禁止、徹底した禁欲生活を強いられるんだぞ」
それでも有は少し笑っていた。…しかし、こうやって俺と笑い合えるのはこれで最後なんだよなぁ。
◇ ◇ ◇
ひとしきり騒いで、泣いて。そんな感じで俺たちの卒業式は終わった。俺も1年生の女子から好きだと告白されたが、結局断った。
「健ちゃん、帰ろ」
当たり前のように、雪菜が隣に寄ってくる。
「ああ」
俺も当たり前のように返事をして一緒に帰る。そんな関係が有や1年の女の子には羨ましかったのかな…ふとそんな事を考える。しばらく空を見ながら、ふたりで取り留めもない話をして帰った。
それにしてもいい天気だ。俺たちの卒業を祝福しているかのような、そんな青空。ふと、会話が途切れていることに気がつく。
「…ねえ、健ちゃん」
雪菜の囁きに頚を巡らせると、雪菜は少し真っ赤になって下を向いていた。
「ん?」
「健ちゃん…第2ボタン、ちょーだい?」
絞り出すような声だった。ゆっくりと歩く俺たち。ウグイスの鳴き損ないが、遠くで聞こえる。
「今?」
「うん。今、ちょーだい…」
「だったら、俺も雪菜のリボンが欲しい」
「うん、あげる。これで、交換こだね…」
雪菜の声は春の空に溶けて、ほとんど聴き取れないほどに消えていった。