世界一のバッテリー
俺・芹澤健太は愛知県の尾張東リトルシニアという野球チームで野球をやっている。ポジションはキャッチャー。この守備位置は小学校の時に野球を始めた頃からずっと変わらない。
中学3年の夏休み、俺はU-15世界野球選手権大会の日本代表として出場した。で、結果は優勝。優勝チームの4番、そして正捕手でキャプテンでもあった俺は強肩強打の天才捕手として何度かテレビにも取り上げられた。
◇ ◇ ◇
「おはよ、健ちゃん」
「ああ、おはよう雪菜」
「健ちゃん、今日から2学期だね」
「ん?ああ、そうだな…」
今日は2学期の始業式。俺は隣の家に住む、幼なじみの大島雪菜と肩を一緒に登校する。綺麗な長い黒髪が特徴の雪菜は、子役やモデルをやってて、テレビや映画、CMにもたびたび出演している。…まぁ、中学3年になった今は学業優先でほとんど芸能活動してないけどな。夏休みに映画の撮影が1度あったくらいだ。
「有ちゃん、凄いね…野球のサイト見たら、有ちゃんの話題で持ち切りだった」
「あいつは桁違いの怪物だからな…まぁ俺も世界一のチームでキャプテン兼4番、しかも正捕手でおまけにMVPまで獲ったんだけどな」
「健ちゃんだって取り上げられてたよ!『あのアイドルの弟が世界大会で優勝!』とか、『あれだけ打てて、肩の強いキャッチャーはそうそういない』って」
「…ありがと、フォローしてくれて」
話の話題は俺と同じチームで小学校からずっとバッテリーを組んでて、家も近所である藤谷有希だった。身長190cmの長身から繰り出されるストレートは…なんと最速152km/h。もちろん中学野球史上最速である。小学生からずっと、キャッチャーとして有の球を受けている俺も有が投げる球には恐怖しか感じない。
まぁ、そんな感じで俺と雪菜は学校まで歩く。都合にしておよそ15分。時には手をつなぎながら、時には雪菜から甘い声を聞かされながら歩く。…別に付き合ってはいないんだけどな。
「じゃあね健ちゃん、また帰りよろしく」
「ああ、一緒に帰ろうな。雪菜」
そんな感じで学校に到着し、クラスが違う雪菜とはここで別れる。そして…
「おっす、慎健
「ああ、おはよう有」
「今日も幼なじみと登校か?」
「家、隣同士だから仕方ねぇだろ」
「あー出た、幼なじみ発言!俺にも雪菜ちゃんをよこせー!」
「…とりあえずお前、握手攻めとサイン攻めに遭わないよう気をつけろよな」
そう。小学校からずっと俺とバッテリーを組んでいる藤谷有希は俺のクラスメイトでもあるのだ。
◇ ◇ ◇
「藤谷くーん、サインちょーだい!」
「高校どこ行くの?甲子園出たら絶対、見に行くから!」
「プロ入ったら見に行くから!目指せメジャー!」
始業式では夏休みの野球での活躍が認められ、俺は全校生徒の前で表彰された。そして、式が終わると各クラスのホームルームになるのだが、テレビに出たことで有名人となった有の前に学年・クラスを問わず、行列ができてしまったのだ。
「有ちゃん、もう別世界の人間になっちゃったみたい…」
「仕方ねぇだろ。中学野球であそこまで騒がれるとは俺も思わなかったからな」
「最初はスポーツニュースでちょっとだけやってただけなのにね… 世界大会の決勝で完全試合を達成して、しかも152km/hの速球を投げる怪物中学生が現れたって」
「ほんとこの2週間で世界が変わったよ」
サイン攻め、握手攻めに遭っている有を俺は、友達から半ば強引に我がクラスに駆けつけることになった雪菜と一緒に眺めていた。
中学3年の夏、藤谷有希は名実共に有名人になった。つい2週間前、U-15の世界大会決勝で完全試合を達成。しかも中学野球史上最速の152km/hをマークした。打撃でもチームの3番で、大会では打撃力を買われて外野手としてスタメン出場したこともあった。そして、世間が『怪物』だの『未来のスター』だので、有に注目し始めたのだ。
そして、その注目は優勝チームの主将で4番、しかも正捕手でもある俺をはるかに超えるものであった。そりゃそうか。ピッチャーとキャッチャーじゃ格も扱いも違いすぎる。
ピッチャーが太陽の下で輝くひまわりなら、キャッチャーは日陰に咲く月見草だ。野球漫画だっていつも投手が主人公だし、高校野球だってスターだとか怪物だとか言う類はいつも投手から生まれる。
◇ ◇ ◇
「そういえば健ちゃんって高校どこ行くの?」
「言わない。30校くらいから誘われたし、もう行く高校は決めてるけど。雪菜こそ、やっぱり東京の高校に行くんか?」
「ううん、こっちの高校に行く」
「…マジ!?」
「うん。高校までは名古屋にいてって親に言われているし、こっちにも芸能活動に理解のある高校はあるから。それにもっと、健ちゃんと一緒に青春したいしね」
「そうなのか…最後のはようわからんけど」
「…健ちゃん、鈍すぎ」
俺と雪菜はこうして2人で歩いているうちに帰宅。俺はいつもこうやって、雪菜と一緒に登下校をしている。都合にして片道15分。…しかし、最後の俺と一緒に青春したいってのは何だよ。意味わからん。
「んじゃあ、雪菜」
「うん、健ちゃん。でも着替えて昼食べたらデートに誘っちゃうかも」
「たまには俺の練習に付き合ってくれよな」
「どうしようかなー」
俺と雪菜はこんな話をしながら、お互い自分の家に入り、しばし別れるのであった。まぁ、お互いの家が隣同士だから、その気になったらすぐ会えるんだけどな。しかも窓伝えでお互いの部屋からその気になれば飛び越えれるし。
俺はそんな雪菜が可愛く思い、そして愛おしく思い、好きで好きでしょうがないのだ。