プロローグ
8月某日、U-15世界野球選手権大会決勝、日本対韓国戦が行われた。
自国開催の日本は、予選ラウンドを全勝で通過し、準決勝のアメリカ戦では最大6点差をひっくり返す逆転サヨナラ勝ちするなど勢いに乗っていた。
そして決勝の韓国戦、序盤こそ韓国の先発投手に攻めあぐねていたが、5回表にホームランで先制。1点を先取し、その1点のリードを保ったまま、最終回・9回裏の守備に入った。
9回裏、韓国の攻撃は7番打者から始まる。日本の先発投手はこのチームの絶対的エースである。
長身から繰り出される豪速球と鋭い変化球が武器の彼は、小学生の段階からすでにNPB、そしてメジャーのスカウトから注目を浴び、過去何度もテレビに取り上げられていた。
その先発投手が8回まで、無四球、無失点、そして打者24人のパーフェクトピッチングに抑え、とうとう最後のイニングに突入した。
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よく捕手は扇の要だの、頭脳だの、司令塔だの言われているが、この日本代表も例外ではなかった。すべてはこの『司令塔』によって日本は勝ち上がってきた。そしてこの試合でも、小学校からの同じチームでバッテリーを組んできた日本のエースを巧みにリードしている。
とはいえ、優勝、そして完全試合を目前にしてバッテリーもガチガチになっていたのか、先頭打者にはボール球が先行してしまう。しかし、結果はセンターフライで1アウト。そして、韓国ベンチは続く8番打者と9番打者に代打を送る。
こういう短期決戦では、継投や代打、バントや盗塁といったその時その時の判断が試合の行方を左右する。特にこの試合のような1点を争う試合なら尚更である。
とはいえ、この大会でのベンチ入りの人数は18人と限られている。容易な選手交代はできない。韓国ベンチの代打策は一か八かの賭けか、それともデータを駆使した作戦なのかは…韓国ベンチのみぞ知る。
しかし、韓国ベンチの代打策は実らず、連続三振。完全試合達成の瞬間である。韓国の打者は日本のエースが放つ豪速球に手も足も出なかった。球場のスピードガン表示が計測された瞬間、球場全体が騒然とした。
それもそのはずだ。彼が決勝の最後に放ったストレートは、中学野球史上最速の152km/hだった。まさに規格外の怪物といえよう。
そして、若き侍が世界を制した瞬間でもあった。日本のエースが放った豪速球に騒然した直後、球場全体から大歓声が飛び上がった。
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こうして、若き侍は世界一に輝いた。プロ野球の世界でも活躍した指揮官が宮崎の空に舞った。そして、この試合で完全試合を達成したエースとスタメンマスクを被った主将も胴上げされる。試合後の閉会式では、選手は揃いに揃って感無量になり泣いていた。
MVPはこの試合でスタメンマスクを被り、ホームランを放った日本の主将兼4番打者だった。彼は強肩強打が自慢の右打ちの捕手であり、この大会でも正捕手として攻守の柱として君臨。一塁手として出場する機会もあり、5割近い打率をマークしていた。準決勝のアメリカ戦でも試合を決めた逆転サヨナラ満塁ホームランを放ったのも大きかったのかもしれない。
そして世界一になった彼らは、高校野球という更なる大舞台で活躍することを期待されている。各地の野球強豪校に進学し、甲子園で名を馳せ、いずれはプロ野球で活躍するという青写真を彼らは描いているであろう。
しかし、全員が全員、この青写真通りに活躍できないのまた事実である。