10 ユーリィの勝利
つまり。
神は、いた。
「ま、まて……」
「あ?」
「ゴフッ……。あんたが、僕たちを超越した存在で、僕たちには理解できそうにないことは分かった。だけど、僕たちと同じところもあるんだよ」
「はあ……?」
「でもそれは、たんに同じ命を持ってるっていうそれだけだ。そしてこの事実が、あんたの敗因となる」
「てめえ、何言って――!」
「じゃあな」
僕はパチン、と指を鳴らした。……もちろん両腕は吹き飛んでいるから、心の中で思い描いただけだけど。
そして、その心の意図に呼応するように。
イブキの身体を、黒い炎が包み込む。
「あ……が……な……な……!?」
ゴロンゴロンと。
火だるまとなり、僕より少し上の岩場から転がり落ちてくるイブキ。
「な……んで……」
燃え盛る身体で蠢きながら、ヤツは疑問を口にする。
崖底で両腕と下半身を消失させた自分が、なぜ反撃できたのか――。
実は単純な話だった。
敵は良く喋る……それは喉を通して声を発している……つまり、呼吸をしているということだ。
それに気づいた僕は、自身の周りに広がる血だまりと自分の傷口から黒い炎を密かに出現させていた。しかもそれは目に見えるほど大きなものではなく、シロボタルの光よりも小さな火種だ。風に乗って飛んでいく程度の。
僕の黒い炎は、どんなに小さい火種でも一度『復習の相手』に喰いつけば、絶対に逃さない。大きな炎となって相手を包み込む。それが闇の神の力だ。
ただし、自分の意識を別に向けてしまったり、あまりに遠くに離れてしまうと鎮火してしまう。しかし今のこの距離なら絶対殺害の範囲内だ。
つまり。見えないほど小さな黒い火種は、崖底の間を吹き抜ける風に乗って、やや上の岩場で座るイブキの元に辿り着き、そのべらべら喋る口の中に入り、体内で蓄積されていったのだ。
そして、火種たちが十分に溜まり切った今、燃え盛った。
人は呼吸する。言葉を口から発するときも例外じゃない。それは、『影』にとっても同様だ。
「いいか、イブキ」
作戦は、成功した。
僕の、勝ちだ。
「僕は、死なない。なのに、殺そうとした、お前の負けだ」
火だるまだったイブキは、やがて黒こげの灰となった。
それはこの世界からも完全に消失したことを意味した。
* * * * *
さて。
あとは、この四散した僕の身体が、いつになったら治るのか……。
さすがにもう、意識がもたない。
ロラマンドリ、シャーロット。無事であってくれ。
ヒュルルルル……と風の音がする。
僕は、深い眠りについた。




