8 新たなる能力の開花
《人族、あれをつかえ》
ロラマンドリの声が脳裏に響く。
そうだ、今こそあの時の力を。
あの特訓で編み出した技を、出すんだ!
意識が朦朧としている中、僕は一心不乱に思い描く。
イブキという『影』による圧倒的な攻撃で、身体中の骨という骨が砕かれた。おびただしいほどの出血で、僕の足元は血の海だ。もちろん普通の人族なら即死状態。
しかし僕は違う。
砕けた骨という骨、そして体中から抜け切ってしまった大量の血液。
その全てを黒い炎で賄う。
そう、強く念じる。
黒い炎が蠢く。粉砕された骨を強引に繋ぎ合わせ、傷口を焼いて堰き止め、血管内に黒炎を流す。
――これなら、いける。
仮初の回復を果たした僕は、敵を目で捕捉する。
僕と『影』の男。
彼我の差は、人族の足で数十歩といったところだ。
細長く無骨な金属製の槍を、自身の背後に何十本も戴く『影』の男。
ヤツを目掛けて、僕は剣を抜く。
そして、もう一度、強く念じる。
僕の右手から生み出された黒い炎が、蛇が木の枝を登るように纏わりついていく。
精霊の里の特訓の成果を今見せるんだ。
この攻撃を放った直後、お褒めさま抱っこから解放されたロラマンドリはこう言っていた。
はるか昔。ほんの一時だけ、魔族と人族が親しく交流していた時代があった。
貴様の技はその時代に編み出されたものによく似ていると。
闇の力……黒い炎を剣撃に載せ、敵にぶつける技。
それは、のちに『魔法剣士』と呼ばれることになる魔族の英雄ロクシーヌ・センチュリオンによって開発されたという。
黒い炎を纏った片手剣を腰だめに構える。
片手剣の柄頭、シャルからもらった紐飾りがゆらゆらと熱風で揺れている。
――かならず、『影』を倒す。
僕は、勢いをつけて炎剣を投擲する。
「いっけええええええ!!」
ゴウッ!!
闇の力を帯びた剣は、黒い炎を一筋の線を残し、驚異的な速度でイブキの元へ強襲する!
突然の反撃、しかも遠距離攻撃に目を丸くする『影』。
が。
「おお!?」
無情にも、その投擲は『影』のすぐ横を通過する。
一筋の黒い線を残して。
――はずした!?
一撃必殺を狙ったその攻撃は、すんでのところで躱された。
* * * * *
「あぶねえ!!」
イブキが破壊の権化である一五五ミリ榴弾砲の全弾乱射を開始する直前――。
今までM4カービンに撃たれるがままだったボロ雑巾のような少年が、突然剣を抜いて水平に投げつけてきた。
――ゾンビ野郎! まだ動けるってのかよ!!
約30メートルの距離を一直線に飛来するその剣には、不気味な黒い炎がまとわりついていた。
――これを喰らうとやばい!!
驚異的な身体能力でどうにか軌道上から身を躱すイブキ。
黒い炎剣は、彼の少し横を通り過ぎていった。
「び、びびらせやがって!! 今度こそくたばりやがれ!!」
再び、背後に円陣状に配した一五五ミリ榴弾砲の狙いを定めようとする迷彩服の『影』。
その狙う先で、ボロ雑巾の不死身少年が、なぜかニヤリと笑った。
「!?」
イブキの身体に、黒い糸が何重にも絡み付いている。
よく見ればその黒い糸は、チロチロと燃えている。
躱したはずの、黒い炎を纏った片手剣。一筋の尾を引きながら飛来したそれは、命中こそしなかったものの、剣身に取り憑いていた黒い炎がそのまま糸状の拘束縄となり、イブキにまとわりついたのだ。
「な、なにい!?」
――チッ! このままだとやべえ! リリカみたいに燃やされちまう!!
せっかく避けたはずの黒い炎が形状を変え襲ってくるとは考えもしなかったイブキだが、彼の迅速な意思判断は天性のものがあった。
チロチロと細い炎が徐々に迷彩服を焦がし始める中、イブキは空中に配した榴弾砲をキャンセル。
「リロード。八九式銃剣!!」
続いて即座に、計六本のナイフを空中に生み出す。脳内操作を行い、手を触れず自動制御で自身の迷彩服を切り裂いていく。迷彩服にまとわりついていた黒い炎の糸とともに。
――これで気味悪ぃ火も排除できる! もうさっきの手も通用しねえ!
黒い炎で燃える迷彩服から、サナギを脱皮するように離脱し、軽装となったイブキ。
不死の少年の復讐心が詰まった闇の炎は、迷彩服を燃やし終え、そして鎮火した。
『影』の男は雄叫びを上げるように宣言する。
「今度こそ、俺様の勝ちだ!!」
* * * * *
ここからだ。
僕はもう一度、心から念じる。黒い炎を、御すために。
「……すう、はあ、すう、はあ……」
黒い炎の糸がまとわりつき、蠢くイブキ。
もちろん、この程度じゃ致命傷にもならない。
イブキの身体を黒い炎の糸が縛っていたが、ヤツはすぐに自身の服を脱ぎ捨てることで逃げ延びた。
糸状の黒い炎は、男の服を燃やしたあと鎮火した。
僕から距離も離れ、か細い糸となった炎の延焼能力は限界だったんだろう。
「……すう、はあ、すう、はあ……」
再びの深呼吸。
目を閉じ、この緊迫した中で精神を研ぎ澄ませる。急がなければいけないが、焦ってもいけない。
念じて、そして思い描くんだ。
身体の中を埋め尽くす、真っ黒な炎。その燃え盛る黒い奔流を、一つにより合わせ、そして身体から左右の両手、両足へと移動させていく。
「今度こそ、俺様の勝ちだ!!」
遠くのほうで、『影』の男は雄叫びを上げるように宣言した。
もう時間が無い!!
いくぞ!!
「おおおおおおお!!」
咆吼をあげたとたん、僕の身体、四つの手足の先から黒い炎が吹き出す!
ヒュゴウ! という轟音。両手足から吹き出す黒い炎、それを原動力として僕は勢いよく敵目掛けて打ち出された。
それはあたかも、炎を纏う巨大な石礫だ。
「――! て、てめっ……!」
石礫となった僕は、イブキの元に襲来する。
ヤツの喉元まで辿り着けば、こっちのものだ!
「ぐあっ……!!」
僕は、イブキに頭突きをくらわし、『影』を浮かび上がらせる。腰回りに抱き着き、推進力を維持したまま水平に飛び続ける。
「なんだこらあああ!!」
「絶対に、離さない!!」
「しつけえぞ!!」
空中で揉み合う二人。ヤツは押し飛ばされているこの間にも、どこからか出現させた金属製の武器を再び乱射、僕の両腕は吹き飛んだ。
血しぶきと傷口から吹き出す黒い炎があたりを舞う。
それでもかまわない。
この勢いは、ついたままだから。
僕は頭突きをイブキにくらわせながら、勢いそのままで、
龍のアギトのごとく大きく開いた、崖下に二人して落ちていった。




