7 覚醒前夜 その⑦
「急げ急げ……!」
教会の祭壇前。両手の指を交互に組み目を瞑る。瞼の向こう側には荘厳に佇む女神像があるはずだ。
「あなた、これ何回繰り返すつもりなの……」
後ろから、いつもの心地よい幼馴染の声が聞こえてくる。
僕だってそうしたかったわけじゃないんだよ……!
心の中で早口の詠唱を唱え終わって、
「よし、お祈り終わり! シャル!」
「はいはい。ご用意させていただいてます」
今日も彼女からミルクを受け取って、一気に飲み干した。
「じゃあいってきます!」
教会の外へと走り出す。
「気を付けてね! あ、そうだ! 今日おうちに戻る頃に、イシクイドリの産みたての卵持ってってあげるからねー!」
「うん! ありがとう!!」
背後から聞こえる声に、走りながら後ろへ手を振る。
「ほんとにもう……」
呆れ声が遠くの方で聞こえた気がした。
* * * * *
「よんひゃくきゅうじゅうはち、よんひゃくきゅうじゅうきゅう、ごひゃーく!」
素振りをしていた片手剣を放り投げ、大の字になって倒れ込む。
麓の山のいつもの大木の下で、いつもの日課をこなす。
しばらく息を整えたあと、起き上がって大木の幹に小さな切れ込みを入れる。
これで一五〇〇。
「絶対に、受かってみせる」
リーバイン神皇国近衛騎士団入団試験まで、あと三日。
* * * * *
夕暮れ。
釣り糸を川から引き抜く。今日の食料探しと釣果は昨日に比べると段違いだった。
アカマスが何匹も釣れたし、ちかくの茂みで美味しそうな山菜もたくさん見つかった。
「よし、帰るか。かあさん、今夜は縞きのこのシチューだって言ってたな」
腰を上げて帰路につく。
「うーん、気持ちいい風だ! 昨日の降臨祭も楽しかったし、今日の鍛錬も食料探しもうまくいったし、最近はツイてるなぁ」
そう。
この日この時までは、僕はそう感じていた。
はたから見れば退屈そうに思える、こののどかな田舎暮らしも、僕にとっては特別な時間で、自分の人生になくてはならないものだった。
本当に大切なもの。
かけがえのないもの。
それらが当たり前に身の回りにある……そんな平和で幸せな生活をしていると、恵まれている今の境遇に気づけない。自覚するのが難しい。
人が改めてその大切さ、かけがえのなさに気付くのは、いつも失ってからだ。
この時の僕も、そうだった。