4 僕の仇
焼け焦げた匂いが鼻を刺激し、僕は目を覚ました。
「ごふっ……、こ、ここは……」
激痛は続いていた。
仰向けに寝たままでもわかる。
僕の四肢はバラバラにちぎれていた。
お花畑のいい匂いはどこにもない。
花の冠を被ったマリィも、シャルもいない。
ゴウゴウ、パチパチ、と草が焼ける音がする。
仰向けのまま、僕はとっさに周りを見回す。
異様な文様で染められた……あれは鎧じゃない。ただの服を着た男が、こちらに向かって歩いてきている。
手には、見たこともない金属製のものを抱えている。
それでわかった。
こいつは――!
姿形は、黒いフードローブを被ってはいない。だけど、わかる。
こいつは、僕の仇だ。
『影』だ!!
呆けている場合じゃない!!
起き上がらないと――でも、身体を支えるはずの手足の感覚がない。当然だ。先ほどの爆発で、ちぎれ飛んでいるのだから。
僕は自身の損傷を瞬時に理解し、
「う、おおおおおお!!」
気合一閃、身体から黒い炎を噴出させる。
草原を焼いていた真っ赤な炎とはまた別の、どす黒く粘ついた闇の炎が周りを埋め尽くす。
それに呼応するように、すぐそばでちぎれ飛んでいた僕の腕が、ズルズルと僕の方へと近づいてくる。黒い炎によって引き寄せられているのだ。
まず右腕が繋ぎ合わされる。
そして左腕。
最後に両足。
再び僕の肉体は元通りになった。
急いで起き上がる。
即座に『影』へと視線を移すがーー
敵はこちらへの歩みを止めていた。警戒しながら、まじまじと僕の復活を観察をしていた。
「……まじかよ。本当にノアのレポ通りじゃねーか……」
ヒューウ、という口笛が聞こえる。
目の前の男の飄々とした態度にも違和感を覚えたが、それよりも重要なことに気づく。
この口ぶりからして、僕の能力をすでに理解しているのだ。
「この世界にもゾンビってのはいるんだな。おーこわいこわい」
男は手に持つ金属製の武器、その先端をこちらに構える。
「でもまーゾンビも反抗できないくらいクソミソに潰しゃあ大人しくなっからな。ビビる必要なんてねーよなぁ。あ、俺様はイブキってんだ。よろしくぅ」
「……!!」
――イブキ!! こいつが、僕の村を!! みんなを!!
衝撃を受けていた僕を尻目に、『影』の武器の先端が光る。
パパパン! という音とともに何かが高速で打ち出され、それが僕の腹部を貫いた。
耐えられないほどの痛みが身体中を駆け巡る!
焼きつくような衝撃に、僕は再び片膝を突く。
「全弾めいちゅーう」
「ぐうう、がああああ」
立っていられない!! 痛さで気が狂いそうだ!!
……しかし。
……しかし、同時に。
正気を保っていられないほどの激痛であるにもかかわらず、僕はこの苦しみに慣れ始めていた。
もちろん平気なわけはない!
痛みというのは『二度と味わいたくない恐怖』と共に、身体に打ち込まれる『大切なものを失うこと』の警告であるとも言える。
たとえば、死。
二度と味わいたくないどころか、そうなれば人族はもう終わりだ。
命という大切なものを失うことのないように、自分の肉体自身が、『痛み』として警告を発しているのだ。風邪を引けば身体中が苦痛だし、怪我をすればその部位に痛みが発生する。
人間は学ぶ生き物だから、自然と痛みを回避するようになる。
これは、痛みをなるべく避けて生き延びるという生存本能のようなものだ。
……しかし、僕は、その本能をもう忘れつつある。
なぜなら、死が、もう怖くなくなっているからだ。
この痛みは死を意識させるためにある。
だが、僕にとって死はもう無縁だ。
怖がるものではなくなってしまった。
だから、痛みも怖くないのだ。
敵の強襲によって、地獄のような激痛を伴う今このときも。
僕は死なない。死とは無縁の存在だ。
つまり、たかが『死ぬほど痛い』というだけなんだ。
だったら、たいしたことないじゃないか。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ!!」
呼吸だ。深呼吸しろ。
落ち着くんだ。痛いのは構わない。あとでなんとでもなる。それよりも、意識を飛ばさないようにだけ、気を付けろ。
そして。
目の前にたつ『影』。
こいつへ逆襲するために、あと一歩、
たどり着くんだ。
「ふーっ! ふーっ!! ぐ、ぐおおおおお」
片膝をついた姿勢から、僕は気力を振り絞る。
「あ? てめえ……?」
勝負あったと思っていたのだろう、呑気に煙草を吸い始めていた『影』――イブキが、慌てて武器を構え直す。
「ホントにクソミソに潰さないとってか? 気持ち悪ぃーなぁ……さっさとくたばりやがれ!!」
イブキの言葉と共に武器の先端から放たれた攻撃が、再び僕の身体を蹂躙する。
焼けつく激痛が迸る。
でも、だからなんだっていうんだ。
「ぐぐ、ぐぐぐぐ」
僕は、前に進む。
身体中の骨という骨が砕かれようとも。
おびただしいほどの出血で意識が遠のこうとも。
僕は、前に進む。
あいつを、殺すために。




