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3 幻想からの目覚め

 

「ユーリィ、こっちこっち!」

「シャーロットおねえちゃん!」


 とうさんに与えてもらった午後の休暇は、妹と幼馴染と一緒に遊ぶことにした。


 ヴルカン村近く、山あいにある花畑。大きな布を敷いて座って待っていたシャーロットのもとへマリィが急いで駆けていく。


 僕もそのあとを追い、小走りする。


「おまたせ、シャル」


「ほんとよ。いきなり誘っておいて、ユーリィのほうが遅れるなんて」


「これの手入れに手間取っちゃって」


 腰にかけている片手剣を見せる。


 シャルが目を見開く。


「! これってまさか……」


「うん、父さんが」


「やったじゃない! ついに許してくれたのね!」


 幼馴染が立ち上がり、手をとって喜んでくれる。


「ここからがもっともっと大変なんだけどね。でも頑張るよ」


「ユーリィなら、きっとなれるよ。お城の近衛兵どころか、兵長までいくとおもうわ!」


「それはいいすぎ」


 僕は微笑む。


「ううん。わたしは本気よ?」


「なら、その期待にこたえられるように、毎日朝早くから鍛錬するよ」


「あら、いったわね。なら、毎朝必ずわたしの教会に寄ること。きちんとアーシア神様へのお祈りをわすれずにね」


「げ……」


「ふふ。そのかわり、元気が出るミルクをご馳走してあげるわ」


「うん……わかった。毎朝、通うよ」


「約束よ。ユーリィ」

「約束だ。シャル」


 そういって見つめ合ったままの僕らに、


「えっと。そろそろ話しかけてもいい? お二人さん」


 マリィが呆れてそういった。


   *  *  *  *  *


「わたしからも、贈り物があるのよ」


「え、本当に!?」


「はい、ユーリィ。誕生日おめでとう」


 シャルが自分の小さな掌の上に載せて差し出してきたのは、小さな紐飾り。色鮮やかな糸が織り込まれていて、それが美しい模様を表現している。


「これ、もしかして……」


「うん、わたしが編んだの」


 幼馴染の少女は恥ずかしそうにそう話してくれた。


 きっと、彼女が通う教会の仕事の合間をぬって、頑張ってくれたんだろうと思う。


「はい。アーシア神様の御加護がありますように」


 ぎゅっと、紐飾りを僕に握らせてくれるシャル。


「ありがとう。このお守りをずっとそばに持っていられるように、剣の握りの先につけておくよ」


 言いながら、僕は剣の柄頭にその紐飾りを括りつける。


「大切にしてね! それと、わたしの誕生日も期待してるから」


 最高のにっこり笑顔をみせるシャル


「そういうこと? まあいいけど!」


 こういうところがちゃっかりしてるけど、憎めない。


「ねえねえ、どう? いい感じじゃない?」


 二人して笑い合っていると、花を摘みに行っていたマリィが戻ってきた。


 どうやら、摘んできた花々を利用して、花飾りをつくったみたいだ。


「うん、キレイにできてるね」


「えへへー、だよねだよね。はい、シャーロットおねえちゃん」


 マリィはそういって、自分が作った花飾りをシャルの頭に載せた。


「え、いいの? マリィちゃん」


「これはおねえちゃんのためにつくったから」


 幼馴染の少女は顔を赤くしながら、


「ユーリィ、どう? 似合う?」


 ぽーっと見惚れていた僕はハッと我に返り、


「に、似合ってる!」


 とどうにか返すことに成功した。


「なーんか、お二人さん、今日なんかヘンじゃない??」


 ジトっと流し目をよこすマリィ。お前、いつからこんなにマセた子になったんだよ!!


「す、素振りに行ってくる!!」


 僕は二人にそう伝えて、花畑の先にあるイヤフ川のほうへ走り始めた。


 どうにか、ごまかせたかな?


   *  *  *  *  *


 イヤフ川に向かって駆けていると、大きな木を見つけた。


 僕はそこで立ち止まり、腰を下ろす。


 山から振り下ろしてくる風が、今日は心地いい。


 ふと、さきほど括りつけた紐飾りと剣が目についた。


 ――ようし、今日から鍛錬をはじめるぞ。


 僕はふたたび立ち上がり、素振りをはじめる。


「いち! に! さん! し!」


 はたから見ると、型もわからない少年がたどたどしく剣を上段から振り下ろしているだけの滑稽な姿にうつるかもしれない。


 でも僕は必死だった。どんな玄人も、どんな最強の騎士も、はじめは素人なんだ。


 僕はここから歩き出すんだ! ヴルカン村初の、騎士になるために!


「さんじゅーう、さんじゅーう、いち……はあ、はあ!」


 限界まで素振りを行い、どさっと仰向けに倒れる。


 大の字に寝転んだまま、僕は大木を見つめる。


 そうだ、これから毎日素振りをしたあとに、この木に、しるしをつけていこう。


 今日がその初回だ。


 起き上がり、切り込みを入れる。


 一、と。 


 またゴロンと大の字に寝転がる。


 目を閉じて、風に乗って運ばれてくる花畑のいい匂いを感じる。


 きっとあそこでは、シャルの膝枕でマリィが眠ったりしてるんだろうな。


「こんな日が一日でも長く続きますように」


 ひとり呟いた。


 ――もう戻りたくない。


 ――ずっと、このままでいたい。


 仰向けに寝たまま、僕は大きく伸びをする。


 この、すごく居心地の良い場所で。


 ずっと暮らすんだ。



 そんな幻想を。


 黒い炎は、消し炭に変える。


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