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2 幻想の世界

「ふっ!!」


 カァン!

「ふっ!!」


 カァン!


「ふっ!!」


 カァン!


 甲高い音が幾度も空へと響き渡る。


 それは、僕の家の裏庭にしつらえられた鍛造場から発せられていた。金床の上に置かれた斧に向かって、とうさんがハンマーを打ち付ける音だ。ヴルカン村を取り囲む山々の森林を切り崩し、木材として商売するための得物だ。


「そうだ、そのまま持っていろ」


 とうさんが再びハンマーを振り下ろそうと大きく構える。


「ふっ!」


 カァン!


 甲高い音が心地よく空へと響いた。


「ふう……よし、次を持ってこい」


「わかった。次は、スウェインおじさんとこから預かった大ナタと……スミスおじさんのとこの(クワ)だね」


「ああ。それであってる。どうだ、次はお前がやってみるか?」


 額の汗をぬぐいながら、僕にハンマーを差し出すとうさん。


「……ううん、僕はまだいいよ。とうさんの技術を見ておきたいんだ」


「そうか」


 ――斧やナタを鍛えるよりも、剣の腕を鍛えるほうがやりたいから。

 そう言おうとして、僕は言葉をひっこめた。


 うちは決して裕福じゃない。商売として、鍛造するためにたまに剣を預かることはあるけど、それ自体とても高価なものだ。


 斧や(クワ)などと違い、持っていても農作業や伐採に使えるわけでもない。


 そして、護衛や用心のために持つといっても、この村ではもう長い間犯罪というものを見かけたことはないし、付近に猛獣が現れるといったこともなかった。


 いたって平和な場所に、野蛮と警戒の象徴である剣は不要なのだ。


 それより、もっと実利があるものを家には置いておくべきなのだ。


 心ではそうわかってはいるものの、夢想せずにはいられない。


 リーバインの近衛兵となって、美しい白銀の鎧をまとい、由緒正しき名剣を掲げ、国王に忠誠を誓う自分の姿を。


 とうさんにも、それは見透かされているはずだ。


 でもそんなことは露ほども感じさせず、父さんは僕にこう言った。


「さあ、もうひと頑張りして、昼ごはんにしよう」


 *  *  *  *  *


 中央通りの教会から鐘の音が聞こえてくる。

 それはお昼を知らせる合図だ。


 あれから、とうさんはいくつかの農具を研磨したあと、二人で家に戻る。


「む、手ぬぐいを忘れた。先に入っててくれ」


「わかったよ、とうさん」


 引き返すとうさんを見送りながら、一足先に家へと入る。


 扉を開けた先の食卓は、しかしカーテンが閉められていて薄暗かった。


 そして、誰もいない。


「あれ?」


 おかしいな……。だって、今日のお昼は、家族全員で食べるっていう話だったんだはずで……まだ時間じゃなかったのかな? いや、そんなわけはない。教会の鐘が鳴っているんだ、間違っていないはずだ。


 怪訝に思っていると、窓の近くに置かれたソファでごそごそという音が聞こえた。


 そして、食卓に、急に光が差し込んできた。


 ソファの裏に隠れていた誰かが、さっとカーテンを開けたのだ。


 突然明るくなった室内に、僕はびっくりしていると、


「お誕生日、おめでとう!!」


 妹のマリィがユーリィに駆け寄って抱きついて来る。彼女がカーテンを開けた犯人だったのだ。


「ちょ、ちょっとマリィ!?」


「むー! なにその反応! お誕生日おーめーでーとー! って言ってるじゃない! もっと喜びなさいよ!!」


「あ……!」


 妹が腰に手をあててむくれながら伝えてくれた二度目の祝言でようやく気付く。


 明るくなったテーブルには大きな白いシーツがかけられていた。


 きっと奥の部屋に隠れていたのだろう、食卓にやってきた母さんが、シーツを取り払う。


 すると、そこには、観たことのないような豪勢な食事が並んでいる。


「ユーリィ、誕生日おめでとう!」

「大きくなったわねえ」


 かあさんの後ろには、ばあちゃんもいて、僕を祝福してくれている。


「もう儂の手伝いも軽々とこなすようになったぞ。……さあ、みんなで一緒にたべようか」


 妹を必死になだめる僕の横を、とうさんがなにごともなかったかのように通り過ぎる。


 とうさん……わざと手ぬぐいを忘れたな……。


 くすぐったい心地よさを感じながら、僕は家族に向かって感謝を述べる。


「みんな……ありがとう」  


 *  *  *  *  *


 僕らは家族全員で食卓を囲んだ。


 かあさんが、目を閉じ、手を組んで唱える。


「アーシア神様、願わくはわれらを祝し、われらの食せんとするこの賜物を祝し給え。われらイスカ家によりて願い奉る。――()()くしかあらせ(たま)え」


 柔らかな声に合わせて、家族全員で、


「「「()()くしかあらせ(たま)え」」」


 これが家族全員で食事するときの、うちの決まりだ。


「さあ、いただきましょう」


「おいしそう!! どれから食べようかしら!」


 マリィがさっそくフォークで品定めをし始める。


 僕も妹とまったくの同意見だ。だってこんな豪華な食事、みたことない! 


 たくさんのお皿が並び、そこに様々な料理が盛り付けられている。


 一目で、時間と手間とお金がかかったことがわかる御馳走だった。あらためて家族に感謝だ。


 と、そこでとうさんが真剣な面持ちで、


「ユーリィ」


「なに? 父さん」


   もぐもぐとフライドポテトを頬張りながら返事をすると、


「これからは、うちの仕事は手伝わなくていい」


「え、どうして……?」


「これからは、その時間を剣の鍛錬に励め。城の近衛兵試験を受けたいんだろう?」


「なんでそれを……? で、でもいいの!?」


 威厳高いとうさんが、やさしく頷く。


 情報源については教えるつもりはなさそうだった。


「ダリア」

「はいはい」


 とうさんに名前を呼ばれたかあさんが、なにやらごそごそとイスの後ろから布袋を持ち出してきて、僕に手渡してきた。


「これは……」


「いいから、開けてみなさい。とうさんからよ」


 中から現れたのは、スラリとした一筋の直剣だった。


 その片手剣は、磨き抜かれた美しさそのままに、僕の顔を刀身に映し出す。刃こぼれはもちろんない。窓から差し込む光を反射して、銀色に輝いていた。


「い、いいの?」


「ああ、もちろんだ」


「とうさん……とうさん、ありがとう!!」


「よかったね! お兄ちゃん!」

「やっぱり男の子だねえ、こんなに喜ぶなんで」


 マリィとおばあちゃんが、食事をする手をとめて優しい笑顔になる。


 こんな…こんな嬉しい誕生日はないぞ!!

 よし、よし!!


「とうさんかあさん、僕、立派な兵士になってみせるよ!!」


「期待してるぞ、ユーリィ」


「アーシア神様は、必ずあなたを守ってくださるわ。頑張りなさい」


 おばあちゃんが慈愛を込めた声で、


「清く正しく、生きるんじゃよ」


「はい!」


「というわけだ。午後は仕事をせず、ゆっくり休みなさい」


 あの厳しいとうさんがこんなことを言うなんて!?


「そんな、それはいいよ、午後も手伝うから!」


「いや、今日は身体を休めてのんびりするんだ。そして、明日から朝は剣で鍛錬する時間に当てろ。今から始めては遅いくらいだろうからな」


「うん、うん!! ありがとう、とうさん!」


「ほら、みんな冷めないうちに全部食べちゃいましょう」  


 目の前に広がる料理は、最高の味だった。


 世界のいかなる豪勢なそれよりも、最高の御馳走だった。


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