17 精霊との別れ
そして。
リリカは、精霊の里を去っていった。刻印が打たれた右手が持つ革袋には、精霊の長特性のフウセンイチゴのマフィンが入っている。しかも山盛りで。
この里は、世界樹の周りに生えている森にかけられた隠蔽魔術によって、知らないものは外から入ることはできない。一方で、出るときは迷うことなく旅立つことができるようになっているらしい。
彼女の背中を見送る僕にロラマンドリが近づいて、こういった。
「気付かれておるぞ」
「……なんのことですか?」
「わかっておるだろう」
そう、僕が青毛の少女の右手に打った刻印は、以前も一度リーバイン兵士に仕掛けた騙し――『ハッタリ』でしかない。つまり、リリカが約束を破って僕たちの情報を敵のもとへ持ち帰り、そのまま帰ってこなかったとしても、なんの呪いも発動しない。もちろん死ぬこともない。
「……甘すぎるのはわかっています。でも、僕は……」
「ふん。貴様を止めなかった我らも同罪じゃ」
踵を返して、コテージの中に戻ろうとする赤毛の少女。
「それがおぬしの良いところでもある」
小さくそんな声が聞こえた気がした。
* * * * *
僕らも旅立つ時が来た。
コテージの前で、僕とシャルはあらためて、精霊の長に感謝を述べる。
「今までお世話になりました」
「お前の身体は、呪詛の浸食が止まっただけだ。ゆめゆめ忘れぬことだ。これ以上、闇の力を使えば、そのときは――」
「心配してくださって感謝しています。でも……」
自分の手のひらを見つめる。
「僕は、敵から言わせると『チート』の王であるらしい。だったら、その言葉の意味のとおり、この世界でできる限りのことをして、とことん汚くズルく生きていきたいと思います。僕が、なすべきことのために」
「……止めても無駄ということだな」
「ヤツらはこの世界のすべてを破壊するでしょう。その前に、僕がヤツらを焼き尽くします」
「その思い、しかと受け取った。……おい、あれを」
精霊の里が、後ろに控えていた部下の精霊に声をかける。
「おぬしに頼まれていたものだ。『影』の女から聞き取った情報をできるだけ解析したものをしたためた」
と、僕に巻物を差し出す。
「長さま、トカゲさんも、ありがとうございます」
この解析は、昨日夜遅くまでロラマンドリも頑張っていた。僕とシャルの後ろに控えていた赤毛の彼女にも感謝を伝える。
少し離れたところでこちらの様子を窺ってくる精霊の子供たちにひらひらと手を振りながら、ロラマンドリは「当然じゃ」というふうに胸を張ってきた。
「言っても聞かぬ我が妹、ローラのことをよろしくたのむ」
精霊の長が、兄としての顔をみせる。
「もちろんです」
「そして今一度伝えておく。……ゆめゆめ忘れぬことだ。おぬしの身体はもう限界が来ているぞ」
「……はい、そのことも、わかっています」
だとしても。
僕は前に進まなければならない。




