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16 リリカとの契約

「貴様、本気か? 『影』たちの元に戻って、情報を集めてくると?」


 翌朝のことだった。


 僕らのコテージに訪れたリリカが、旅の支度をしながらこう言った。


 コテージには、シャルとロラマンドリも集まっていた。ロラマンドリは寝不足のようで、眠たげな目をこすりながら驚いている。


「ええ。お互いに秘密主義だったから、仲間といってもよくわからないままなの。だから、ちゃんと調べてくるわ」


「でも……」


 ()()()()()()()()()()()()()


 シャルのつぶやきは途中で止まったが、そのあとに続く言葉を僕は容易に想像できた。


 当然ロラマンドリも同じだろう。


「わたしは『転生にはなんの意味もない』って言ったわ。でも本当にそうなのか……知りたいの。この里で、あなたたちと話して、たくさんこの世界のことを知った。だから、自分なりの答えをみつけるために、わたしは一度戻る」


 果たして本当だろうか。彼女の言うことは。


「わたしにはなんの信用もないってわかってる。信じて、とは言えないわ。でも……せっかく助けてくれた命だもん。何かの役に立ってもいいんじゃないかって」


 精霊の長との話し合いで、リリカはひとまずこの里で軟禁するということになっていた。


 幸い、彼女の力の源である薄い金属板はシャルが持っている。能力行使ができない限りは、普通の人族の女性と変わらないという確信のもとでの判断だった。


「……それに、役に立って帰ってきた時には、さっさと責任もとってもらいたいしね」


 ボソッと行ったその言葉は、聞こえなかったことにしておこう……。


 終始殊勝な表情でお伺いを立てているリリカだったが、トカゲ少女はその態度を全く信用していないようだった。


 ロラマンドリは腕組みをして品定めするように、


「ふん。ダメに決まっておろう。貴様はもう魔術も使えぬただの人族だ。逃げたところで害はないが、しかし、敵の情報を吸い出せなくなる」


 断罪されたような切り返しに、思わずムッとしてしまうリリカ。


「だからその情報をもっと持って帰ってくるって言ってるじゃない」

「ふん。戯言かもしれんがな」


「それは貴方たちのキモチワルイにゅるにゅる拷問魔術で、わたしの言ってることがうそじゃないってわかったでしょ! 悪趣味変態プレイして!!」


「へ、変態じゃと!! 貴様! 我ら精霊の伝統術式を愚弄するか!!」


 変態の称号が僕から精霊と魔族のハーフ少女に移ったことに、奇妙な安堵を覚えてしまう。


 でも今はそんな場合じゃない。


 リリカの決断、その意志は固そうだ。折れる雰囲気は微塵もなかった。


 しかしそれはロラマンドリだって同様のようだ。


 少女二人の罵り合いが続き、コテージ内は一触即発の空気に満たされる。


 この状況、どうにかしないと……!


 僕は解決策を模索する。


 考えろ、考えるんだ。


 そう、方法は、実は一つだけある……のかもしれない。


 でもこれは……。


 いや、違う。この判断は、僕がそうしたいと思ったから、そうするんだ。 


「リリカさん。ちょっといいですか?」


 スッと一歩踏み出し、青毛の少女の目前に迫る。


「え……」


 突然の出来事に、トカゲ少女への罵倒をやめ、挙動不審になるリリカ。心なしか顔も赤い。


 僕はそっと彼女に手を伸ばす。


 ビクッ! としてアーモンド型の目を思わず閉じるリリカ。僕は伸ばした手で、彼女の右手を手に取る。


「あ……」


 僕は貴族が仕える女王に忠誠を誓うように、膝をつけて彼女の右手の甲へ顔を寄せた。


 そして、彼女の右手の甲にそっと口づけをする。


「!!」


 後ろで、シャルとロラマンドリが息をのむ気配がした。


 静かな口づけのあと、僕は自分の右の人差し指をかぷ、と噛む。そこからは、赤い血のかわりに小さな黒い炎がチロチロと吹き出した。


 その指先の炎で、先ほど口づけをしたリリカの右手の甲をなぞる。


「痛っ……!」


 じゅううう、と音がして、不気味な刻印のような火傷ができていく。


「これは……!」


 驚く『影』の少女。


「今、貴方を呪い殺す魔術を打ち込んだ。約束を破ったら、この刻印が貴方を蝕み、呪い殺します」


 その文様は、あの『闇の神』を出現させた魔法陣とよく似ていた。


「……リリカさんにも弱点があったように、他の『影』にも弱点があるはずだ。だから、それを探ってきてほしい」


 発言の意味を理解したのだろう、リリカはハッとして、自分の手の甲を見つめながら、


「うん、わかった。()()()()()


 右手甲への処理が終わり、僕は立ち上り、後ろを振り返る。


「トカゲさん。僕の闇の力で、彼女を監視します。だから、僕からもお願いです。彼女を他の『影』共のところに行かせてあげてください」


 ロラマンドリとシャルは、顔を見合わせる。


 幼馴染の少女は、あきれたような声で「こういう人なの」と優しく微笑んだ。


 はー、とため息をつくトカゲの少女。


「ふん。不死の人族、貴様のその甘ったれた考えは死んでもなおらなかったようじゃな」


「トカゲさん……」


「うるさい! そんな顔でこっちを見るな!! ふん、ふん。わかった。許そう、貴様の好きにするがいい!!」


「あ、ありがとうございます!!」


「ただし『タブレット』とかいう魔術発生装置は当然我らが預かっておく。それに……」


 ロラマンドリは、その長い赤毛の中から、なにやらもぞもぞと取り出して、


「これは精霊族に伝わる音声記録具じゃ。これに道中や敵の本拠で知り得た内容を吹き込んでいけ。それ以外の蒐集方式は認めん。これなら改ざんもできんじゃろうからな」


 掌から現れたのは、コガネムシの意匠をあしらったブローチだった。


「……」


 それを受け取ったリリカは、手の中に納まるブローチを見つめながらぽつりとつぶやいた。

「会った時に言ってたこと」



「え?」


 ふっと顔を上げる『影』の少女。


「その、ヴルカン村……だよね? その村のこと、思い出した」

「!」


「あそこは……わたしたちが全滅させた。でも、そのほぼすべて、あの火事や殺戮もぜんぶ、イブキのしわざだった」


「イブキ……貴様の情報にあった『影』の一人じゃな」


「うん。わたしたちの世界の武器を使った攻撃をしてくるはず。前に話したように、わたしたちは互いに手の内を明かさないから、それくらいしかわからないけど……」


「イブキ……」


 そいつが、僕の生まれ故郷を灰にした張本人。


「それで、あの村を襲ったのにも、理由があった。アヤメくんがオリジンセルを探してたからなの」


「オリジンセル……?」


「あなたたちの世界のアイテムだって聞いてたけど」


「ふん。各地で祀られている七つの秘宝のことじゃな」


 ロラマンドリがリリカから言葉を引き継ぐように、


「世界を構築するエレメントの象徴じゃ。火、水、風、土、光、闇……闇とは魔素(マナ)のことじゃが……そして最後の一つ『とき』」


「あの土地に、隠されている秘宝があった。それを取りに行ったの。アヤメくんが集める必要があるって言ってた。なんのためなのかは教えてくれなかったわ」


「そうか……」


 これを知ってどうなる、という気持ちはあったが、すくなくとも僕の村を襲う理由だけはあったということだ。


 だけど、あんな辺鄙で細々と暮らす人しかいないヴルカン村に、果たしてオリジンセルなんていう秘宝はあったのだろうか? 今まで聞いたことも見たこともなかった。


 それを狙うだけで残虐行為に及ぶこと自体許されないが、もしも誤解や間違った情報で襲撃されていたのだとしたら、あまりにひどすぎる。


 思案する僕を遮るように、コテージの入り口から物音がする。


「ローラ、起きているのか? 出発の準備をしているところだとは思うが……よかったら、これはどうだ?」

 精霊の長がコテージへと入ってくる。


 その手には、きっと焼きたてのお菓子が入っているのだろう。香ばしく甘い匂いがあたりに漂う。その誘惑の芳香は、朝っぱらから精神力を使うやりとりをしていた僕らの空腹に訴えかけてくる。


 全員で一斉に精霊の長を見つめる。


「な、なんだ? みんな真剣な顔でこっちを見られたら……怖いじゃないか」


 こほん、とわざとらしく咳の真似をするロラマンドリ。


 プッと思わず吹き出すシャル。


 そして、


「出てくの、これ食べてからでもいい?」


 みんなの意見をまとめる。


 もちろん、僕も異存はない。


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