7 ユーリィの尋問
光が差し込む窓一つない牢屋。
壁付き燭台の光のみが輝く。
ここは、精霊の里に唯一存在する、咎人を閉じ込めておくための空間。
その中央に、両腕を鎖で繋がれ、大の字状態で囚われている青毛の少女がいた。
巨大植物の葉っぱを衣服の替わりとして身体に巻き付かせている。
「……どういうつもり? なんでわたしを殺してないの? なんでわたし、生きてるの?」
拘束状態の彼女。そこから数歩下がった先で、僕は立っている。
完全に、復活した僕が。
牢には、僕と『影』の二者以外は誰もいない。
青毛の少女が持っていた魔具――薄い板金を眺めながら思う。
さあ、尋問のはじまりだ。
「あんたたちは、僕らから『影』って呼ばれてる」
「……」
「もちろん、勝手につけた仇名だ。正体不明のあんたたちを、そう表現するしかなかったから」
「……」
少女は沈黙したままだ。
しかし少し間を置いて、
「……それで?」
と口を開いた。
壁付き燭台の光が揺らめく。
僕は本題を話し始める。
「あんたたちは、一体なにものなんだ?」
瑠璃色の少女は、アーモンド型の瞳で僕を睨みつけ、
「それ、わたしが言うと思う?」
「ああ。思うね」
「馬鹿らしい。なんの義理があって言わなきゃならないのよ」
「……そうか」
僕は少女から数歩後退する。背後の壁にさらに近づく。
「こっちにも、あんたを生かしておく義理はないことを忘れないでほしい」
牢の隅、暗がりとなった壁沿いに、赤毛の少女が立っていた。
一部始終を見ていたロラマンドリに、僕は無言で目配せをする。
蜥蜴の少女も同じく無言で頷いて、何かを口元で小さく囁いた。
瞬間、
「きゃああああああああ!!!!」
パッと。
青毛の少女が消えうせた。
正確には、彼女の足元の地面に穴が開き、地下へと落とされた。
ギャラララララ!! と両腕を拘束している鎖が、落ちた彼女に引っ張られて下に伸びていく。
* * * * *
ガシャン!!
「あぐっ……!」
鎖の長さが限界に達し、リリカは宙ぶらりんのまま固定された。
同時に、急な静止による慣性運動で両腕を拘束する腕輪が食い込み、彼女の身体に激痛が走る。
「あ、あぐっ……」
どれくらい落とされただろうか?
あの部屋がどんなところか検討もつかなかったが、塔のてっぺんにでもあったのだろうか。降下は数十秒もつづいた。一〇〇メートル以上は落ち続けたはずだ。
手首の痛みに耐えながら、周りを窺う。
「な、なにこれ!?」
さきほどの閉鎖的な牢屋からは一変、巨大な空間だった。空は見えないが、かなり明るい。どこかに強力な照明が設置されているのだろうか。
だから、だんだんと理解できてきた。ここがどんなところなのか。
リリカをちょうど中心として、巨大な半円状の広場が形成されている。
球場? いや違う。この世界には野球というスポーツは存在していないはずだ。それに、別のスポーツだったとしても最低限あるであろう白線やゴールポストにいたるまで、なんの設備もない。しかし、この広場の周りには、観客席がぐるりと取り囲んでいる。
ここで何かを行うことは確実だ。ではスポーツではないとしたら、何だ?
……そう、ここは地下闘技場だった。
ゴクリと生唾を飲む青毛の少女。
これは……嫌な予感しかしない。次に起こるどんな事態にも対処すべく、身体をよじるも、両腕を鎖で拘束された宙ぶらりんのままのリリカでは、その抵抗も無力そのものだった。
どこかから、不気味な音がする。
「え……!?」
音の元凶へと目線をよこす。
ちょうどリリカの前方、円形の闘技場入口と思われるところに人の背丈の三倍はある荘厳な扉がある。
その扉が、ゆっくりと開き始めていた。
「ひ……!」
ぐじゅり、ぐじゅりと。
荘厳な扉をこじあける存在が。
姿を現す。
それは、頭部全体がバカでかい口の生き物。胴体からは何十本、いや何百本もの細長い触手が伸びている。その触手を器用に動かして、どうにか大扉を開けようと暴れていた。
リリカの住む現実世界の住人が見れば、それは数千倍に膨れ上がったイソギンチャクのような生物と表現したかもしれない。
いや、もっと平たく、ただの巨大触手モンスターとも言える。
「い、やあああああああ!!!!」
青毛の少女は全身に怖気を感じ、悲鳴を上げた。
「おー、楽しんでるみたいだね」
「!?」
気づけば、彼女の正面、地下闘技場の荘厳な扉の遥か上部、周りを取り囲む観客席の中でも一際豪華なスペースがあり、そこには亜麻色の髪の少年が座っていた。近くには、赤毛の少女と朱鷺色の髪の少女もいた。
ユーリィたちが、拘束されたままのリリカへと語りかける。
「精霊の里で、みんなに愛されている飼い猫のエリザベスちゃんだよ。可愛いだろ?」
「ちょ、ちょっと……!」
ね、猫!? というツッコミすら忘れ、リリカは慌てて懇願する。
「ねえ、冗談でしょ? これ、嘘よね? 嘘と言って!!」
「にゃおおん、にゃおおおおん」
ユーリィ曰くのエリザベスちゃんは、ゴガンゴンガン! とついに扉を全壊させ、拘束状態のリリカがぶらさがっている闘技場中央まで、ぐじゅりぐじゅりと移動し始める。
その歩行の跡には、体液なのか唾液なのか、粘性のある液体が尾を引いていた。
「エリザベスちゃん、とっても可愛いんだけどさ。ただ、愛情表現に度が過ぎてて、飼育係は何人も犠牲になっているみたい」
「あなた一体何言ってるのよ!!!! それ飼育できてないじゃない!!」
「でも、お腹がすいているとき以外は、彼女はとっても紳士なんだ。だから仲良くできるかも」
「今は!! 今はどっちなの!!」
「もちろん、空腹に決まってる」
「にゃあああああああん♡」
全身から生えている触手をビタビタさせながら、青毛の少女に向かってくるエリザベスちゃん。
「ひいいいいいい!!!」
「にゃああああ♡」
ついにリリカのもとまでたどり着いた巨大生物(猫)。キュートな子猫ちゃんは大きな口を開けると、そこからも触手を飛び出させ、はっぱ一枚で半裸状態の青髪少女の身体を味わうように触りはじめた。
「いやぁあああ!! ねえ、やめて!! あなた、異世界人のくせに狙ってるの!? これはわたしの世界側のお約束じゃない!! なんなのこれ!!」
かわゆい猫ちゃんが戯れてくるのを、身悶えながら必死に身体をねじる。
誰がどう見ても限界が来ちゃってることは明白だった。
顔が羞恥に染まり、アーモンド型の瞳の端から涙が零れる。
しかしユーリィはそんな煽情的な姿に心を奪われることはなく、さきほど青毛の少女が漏らした単語にピクリと眉を動かした。
「異世界人? わたしの世界側? どういうことだ?」
「ひやあああああ!! こういうのは絶対ダメ!! さすがのティアラたんだって泣き叫ぶわ!! お願い!! この化物を止めて!!」
触手でにゅるにゅるされちゃってるリリカの装着衣類がどんどん溶け落ちている。身体をよじったりくねったりと必死に逃れようと試みるも、手首を拘束された宙ぶらりん状態では、無駄な抵抗に等しかった。
「ああっ……ううっ……」
顔を羞恥に染めさせる、なんとも言いがたい屈辱の感覚が、青毛少女の全身にも及ぶ。身体は火照りはじめ、さらに赤く染まっていく。
そんな中でも、ユーリィは冷静だった。
「お願い……もうダメ……もう、止めて……」
当然、懇願は無視する。
「おっとそうだ。エリザベスちゃんが得意とする『ねえねえかまって攻撃』はもうすぐ次の段階に入る。あんたの身体のありとあらゆる部位をぺろぺろし尽くす」
「あ……、あ……」
「相手が意識を失ってもお構いなしだ。三日三晩は続くだろう」
「もう、無……理……」
触手とその先端から分泌される、不快なねばねば粘液にまみれながら呆然とするリリカ。
「そのまえに、僕の質問に答えろ。いいな?」
「わ、わかったわ!! 必ず答える! 答えます!! だから、お願い!! これを……!!」
「あんたは、僕達のことを異世界人と呼んだな。そして、わたしの世界側とも。それは一体どういう意味だ?」
「う! く、くうう……!」
「エリザベスちゃん、ねーばねば?」
「にゃおおおおおん♡」
「わかった!! 言う!! 絶対言います!!」
巨大生物の触手攻撃が少しだけ落ち着き、ぜいぜいと、息を切らしながら火照った身体を落ち着かせるリリカ。
「もしかして……あんたは、ここではないどこかの世界からやって来た――そういうことなのか?」
「そう、そうよ!! わたしは前の世界から転生してきたの!! だからはやく!! 止めて!!」
「あんたの魔術も、そこで得たのか? なぜいま使ってそこから抜け出さない?」
「あれは来る途中でもらったの!! それに、わたしの魔術はあんたが持ってるタブレットからしか使用できない!! だから!! はやく!! やめさせて!! お願い!!」
望む回答を得たユーリィは、右手後方を振り返る。
そこには腕組みをする赤毛の少女が座っていた。
「ふん。こやつの体内から魔素を感じないのもそういう理由か。あらゆる魔術を行使できるのもそのあたりに絡繰りがあるんだろう」
そして組んでいた腕を解き、片手を掲げて指をパチン! と鳴らした。




