11 精霊の少女 その⑦
ユーリィは夢を見る。
炎で燃え尽きる前のヴルカン村。
少年は悪しき疫病にかかった。
家族全員が、手の施しようがなく死を待つしかないと思っていた。
しかし翌日。
なぜか病は消え去っていた。
少年は、奇跡的に回復した。
家族は涙を流して喜んだ。
それは、彼がまだ幼少の頃の話だ。
* * * * *
シャーロットが治療部屋を出て、数刻が経った。
扉を出たあと、彼女は医者精霊にすぐ近くの小部屋へと案内されていた。
椅子に座り、使用人の女性精霊がつくってくれたミルクを飲んでいる。
しかし、今の彼女にそのミルクの味はわからないだろう。
それくらい、そわそわしている。
――勢いで出て行ったけど!! 本当になんで、『因果共鳴』とかいうので、ユーリィとトカゲさんが、はっ裸同士で!! 抱き合わないといけないの!?
まったく落ち着かない。
傍でミルクを継ぎたそうとしている女性精霊も、三つ編みおさげ少女の闇のオーラを感じて近寄れない。
そこに、キイ、と、扉が開く音がした。
「!!」
シャーロットが、すぐに音のしたほうを向く。
ロラマンドリだ。
赤毛の少女が、部屋に入ってきた。
――今度はちゃんと衣服を着てる!! ってそんな場合じゃなかったわ!!
シャーロットは、立ち上がって尋ねる。
「どうでしたか!?」
「やるだけはやった。あとはあやつの精神力に期待するしかない」
――自分には、ユーリィを直すことも、目覚めさせることもできない。
――ただ、精霊のみなさまに託し、祈るしかないんだわ。
「そ、そうですか……」
気を張っていたシャーロットは、緊張の糸が切れたように、再び椅子に座り込む。
「心配するな。お前が想像する、人族の交尾のようなことはやっとらん」
「!! そ、そんな心配はしていません!!」
ふっと笑って、ロラマンドリもテーブルに向かってくる。
軽口をたたいていた彼女だが、『因果共鳴』の影響だろう、足元がおぼつかない。ふらふらとした足取りだった。
慎重に椅子に近づき、ドカッと座ったロラマンドリ。
「……それ、ひとくち」
シャーロットが手に持つミルクに気づき、懇願するようにねだる。
「あ……! はい」
すぐにミルクを渡す。
「んぐんぐ……はぁああ」
一気に飲み干して、満足げな声を上げる。近くに控えていた使用人の精霊が、すみやかにミルクを継ぎだしてくれる。
二杯目のミルクに「んく、んく」と口をつけるロラマンドリに、シャーロットは尋ねる。
「あの……トカゲさんは、どうしてここまでしてくださるのですか?」
「……ん?」
「だって、この里も、本来なら人族には絶対にばれてはいけない場所……なんでしょう?」
「まあな。ちゃんとお兄ちゃんに『影』のことも含めてすべて話してるから、貴様さえ漏らさなければ、それについては大丈夫だが」
「いえ、そういうことではなく……」
「それに、里を取り囲む巨大な森は、万が一隠蔽が破られようとも、侵入者を拒む迷宮構造になっている。無理に進んでも里にも入れんし、森から抜け出せなくなる。貴様が迷わなかったのは、我と共にいたおかげだ。感謝しろ」
「あ、はい……ありがとうございます」
この受け答えは、ロラマンドリの照れからくる、ごまかしだとわかった。
――きっと、トカゲさんにも、なにか事情がある。
――今は、それを気にかけず、恩恵に預かろう。
シャーロットは、話題を変えた。ただし、同じく精霊に関する、彼女が気になっていたことについてだ。
「ところで、精霊の里の皆様は、私が知っている長耳族とはすこし異なりますか?」
「ああ。精霊と人族が結ばれて生まれた子供が耳長族だ。つまり、純粋な精霊ではないな」
「あの! 別々の種族で、子供が生まれることがあるんですか……!?」
「貴様は、人族と魔族の隔たりを言っているのだろう。たしかに、その二種族では子はなさない。一昔前は、そこから魔物が産み落とされる、と人族には伝えられていたようだがな」
「そうなんですね……人族と魔族では……」
と、シャーロットが何かに気づく。
――じゃあ、精霊と魔族は……。
ロラマンドリは、二杯目のミルクをゆっくりと堪能しながら、
「赤ナツメグを取ってきてもらえる?」
「はい、かしこまりました」
傍に控えていた使用人の精霊は一礼して、部屋から出て行った。
赤毛の少女は、そうして今度は自分から話題を戻した。
「ふん。貴様らのことについてだが……もちろん最初はマリアン様の命で渋々監視していたにすぎん」
「……」
「どうせ、あの人族はすぐに闇に喰われ、精神が霧散していくのだろうと高をくくっておった」
おそらく、赤ナツメグの件は、人払いの言い訳だったのだろう。
「闇の眷属と契約した人族も、三〇〇年ぶりだったからな。そういう意味では、実験対象としての興味はあったか」
シャーロットは、テーブルの向こう側で話す元トカゲの少女を見つめる。
「あの関所でのリーバインの兵士との闘い、そして賞金稼ぎギルドでの『影』との死闘。……なんというか、並みの人族なら、あれで挫ける。復讐を放棄し、堕ちぶれ、何者でもなくなる。それが人族だ。心に刻んだ意志なんぞ、脆く弱い。そう、そのはずだったのだ。しかし、やつは……やつの刻んだ復讐心は、強すぎてあやうい」
赤毛の少女が喋る内容は、避難するものであるが、その口調にはどこかいたわりが込められていた。
「ゆえに、人族の女よ。せいぜい気をつけるがよい。我から言えることはそれだけだ」
「……トカゲさん」
「なんだ? 感謝の言葉なぞいらんぞ」
「『ひとくち』っていったのに、全部飲んじゃいましたよね。そのぶん、返してください」
シャーロットは、ロラマンドリが手に持つミルクの返却を要求する。
「……は」
ロラマンドリはミルクが入っているカップを目の前の少女に返す。
そして二人して、ぷっと噴き出した。
「ははははは」
「あはははは」
赤ナツメグを取って戻ってきた使用人の精霊が、二人をみて首をかしげていた。
「本当に、ありがとうございます。トカゲさん」




