3 夜空への飛翔 その②
暗闇で染まるリーバインの空に、巨大な赤竜が飛び上がる。
「ひゃ、ひゃああああ――――――――!!」
「時間がない。飛ばすぞ」
「ど、どこにいくんですか!?」
シャーロットは薄翠色の瞳を閉じ痛みに耐えながら、巨竜となったロラマンドリの背中にしがみついている。
その竜の両脚は、鋭利な鉤爪で大きな布で包んだ荷物を器用に掴んでいる。中には、瀕死のユーリィと、飛行後の目的地で受け渡す手土産が入っている。
赤竜が目指す先、その答えを聞いた少女は鸚鵡返しした。
「精霊の、里……?」
「そうだ」
「そこはヤツらによる偽装結界が施されている。いわば隠れ里だ。ゆえに、今まで魔族にも人族にも知られることはなかった」
「そんな場所がこの世界に……」
「ふん。コソコソすることしか能のない種族だからな」
ロラマンドリは続ける。
「しかし、精霊どもは治癒術にも長けている。不死の人族を蝕む刻印の浸食を、抑えることができるかもしれぬ」
「……! 本当ですか!!」
「あくまで推測だ。期待するな」
「トカゲさん……ありがとうございます! ありがとうございます!!」
朱鷺色の髪の少女は涙を流しながらロラマンドリに抱き着く。
「……ふん」
「ユーリィ、頑張って……!」
巨竜の鉤爪で掴まれた大きな布の塊を見つめるシャーロット。
「リーバインの南西の端よりもっと先へ向かう。まだまだかかるぞ」
バサリバサリと大きな翼を羽ばたかせながら、闇夜を飛び駆ける赤竜。
魔女の館から街道を進んで関所をくぐり、リーバイン城までたどり着くのに何日もかかった。その距離を、この竜は数刻で飛び越えた。
「トカゲさんのとっておき、びっくりしました。数輪廻に一度しか使えない秘術を行使していただき、感謝しています」
少女は改めてお礼を伝えた。
夜空を飛び続けるロラマンドリもまんざらではないようで、
「……ふん。この竜化は、長くにわたり蓄積させた魔力を一気に解放することによって顕現可能になる」
「……つまり、トカゲさんはずっと魔力を貯め続けていた?」
「そうだ。しかし当然、この世界に天然で湧く魔力などたかが知れている。竜化できるほど大量で高濃度に貯めることができたのも、すこし前に収穫期があってな」
「収穫期?」
「我が火蜥蜴族なのを忘れたか? そしてなぜ、我が貴様らを偶然とはいえ見つけることができたと思う?」
「? ……あ!」
得心したシャーロットの反応に赤竜は皮肉な笑みを浮かべながら、
「そうだ。火の眷属でもある我の魔力回収にもっとも適した場所が、少し前に存在した。火の海になったヴルカン村だ」
「魔力の源は、魔素である。魔素は、人族の生命力を触媒とする。生命力に五大エレメントのいずれかが多量に掛け合わされるとき、魔素が生成される……」
たしか、教会の神父様はそうおっしゃっていた。
「またとない機会だったからな。我が火の海を歩き回り魔力を吸収していた時に、まだ息のある貴様らを見つけた」
「……そうだったんですね、何から何まで……本当にありがとうございます……!」
「ふん。今から思えば、貴様らを見つけたことこそが、我が不運の始まりだったようだ」
赤い竜はそう悪態をつくと、恐ろしいほどの速度で夜闇を飛び続けた。




