12 勇者たちの異世界攻略 その③
アヤメが過ごす部屋の向かいに位置する来賓室。
そこには、水源豊かな国の特性を利用して天然の浴室――つまり部屋付きの温泉だ――が備え付けられている。
大理石のように滑らかな石の意匠が特徴的な小さい滝から流れる温水。
それを気持ちよさそうに浴びている少女がいる。
頭髪は長く瑠璃色で、アーモンド型の瞳は誰もが魅力的に感じるはずだ。女性特有の丸みを帯びた体躯は、起伏がしっかりとあるしなやかな流線型。つまり、その少女はとても器量が良く、そして容姿端麗であった。
「~~~♪」
ゆっくりと温水を浴び、髪の毛をバサリとかき上げた少女は、大理石の上に置かれた石鹸を手に取り、両手で泡立てて身体をもこもこにする。
身体を洗い終わったあとは、同じく大理石でできた湯船にちゃぷんと浸かる。
「はああ……♡ 幸せぇ〜」
肩に湯をかけながら、ふと動きを止める。
何かを思い出しているようだ。
「……うん、やっぱりわたしはしっかりお風呂が好き!」
本人にしかわからない確認を終え、湯煙が立ち上る浴室で優雅に温泉を堪能した少女は、
「あ、そろそろ時間かな」
と、湯船から上がり、脱衣場まで歩いて行こうとして――床に転がっていた石鹸で足をすべらせた。
「わっ! ちょっ! ひゃあっ!!」
あられもない姿でじたばたしたあと、尻餅をつく。
「ふにゅう~~><」
涙目でしばらくその場から動くことができなかった少女だが、
「なんでいつも、こうなっちゃうんだろう」
ようやく脱衣所にたどり着いて衣服を身に纏う。
そうして髪を整え、カゴの奥に置かれた金属製の薄い板を手に集合場所へと急いだ。
その金属板は、タブレットと呼ばれているものだ。
* * * * *
オティーヌの来賓室は全部で十二室あり、現在はそのうち四室を特別な国賓待遇として客人が使用している。
来賓室は窓からの景観を良くするため、すべて城の外周部分に作られている。そして中央部には、来賓の要人とオティーヌの城主たちが外交をするための巨大な会議室があった。
さきほど水浴びをしていた少女が、その会議室に入ってくる。部屋の中央に配置されたラウンドテーブルについた。
ラウンドテーブルには、すでに二人の人間が腰掛けている。
彼らは、二人とも黒いフードローブ姿。リーバイン神皇国各地を、ヴルカン村を襲ったあの『影』たちだ。
影の一人、やや体格が大きい方が少女に声をかける。
「遅いぞ」
「はーい。二人もお風呂入ればいいのに。気持ちいいよ?」
「そのうちな」
体格が大きい影は素っ気無く返した。
もう一人の方の『影』……小柄なフードローブの人物は、
「……」
なんの興味も示さない。
手に持つ小型の呪具のようなものをしきりにいじっているだけだ。
その呪具は、ここではない別の世界ではポータブルデバイス、あるいは携帯ゲーム機と呼ばれているものだ。
お風呂上がりの少女は自身の青い髪の毛を触りながら、やれやれといった感じで嘆息する。
ヴ――ン、と異音がした。
この会議室の天井付近からだ。
「げ、ノアくん、ドローン飛ばしてたなら言ってよ」
小型の飛行ユニットが数体、ラウンドテーブルのすぐ直上まで降りてきてホバリングで静止した。ノアと呼ばれた小柄な影がポータブルデバイスで操作しているようだ。
「頭の上に落ちてきたら危ないじゃん」
「ボクらはその程度じゃ、かすり傷すらつかないよ。……そもそもボクがそんなヘマをするわけない」
小柄な影は言いながらデバイスを操作し続ける。
ラウンドテーブルの直上で静止するドローンが、ヴヴンと唸りを上げながら投影モードに移行した。部屋の中央に、巨大な立体映像を映し出す。
3Dで描写された、オティーヌ王国を中心としたこの大陸の全体図だ。
「マッピングはあらかた完了。じゃあレポートをはじめるね」
ランプの明かりを消した部屋で、ノアが解説を始める。
「この世界には、ボクたちのような人間タイプと、魔族タイプ、そして人語を解さない魔獣タイプの三種類がいるようだ」
立体映像で構成された大陸マップの上部にレイヤーで、この世界の人族と魔族の分布や生態系がデータとして表示された。
「文明レベルは、ボクたちの世界における中世ヨーロッパ時代と近い。ただし現実世界と異なるのは、魔族や魔術といったフィクションのカルチャーが当たり前に存在していること」
「ははっ。まーさにロープレの世界ってか」
大柄の影が小馬鹿にしたように鼻で笑う。
青毛の少女は、そのレポートに興味を惹かれながらも、この場にいない人物の名を挙げる。
「ねえ、アヤメくんは?」
大柄な影が再び小馬鹿にしたように、
「『アヤメく~ん』は、空白地帯の国を獲りにいってるよ」
「あっそう」
アーモンド型の瞳を持つ少女はムッとしてそっぽを向く。
「つーかあいつのやり方は回りくどい。まじめすぎんだよ。片っ端から蹂躙すれば良いんだ、皆殺しだよ、ミナゴロシ」
「そーゆー野蛮な表現どうかと思う」
「おいリリカ、お前馬鹿か? ロープレやってるとき、スライム倒して涙を流すか? 経験値稼ぎでモンスターに躊躇するか? しないだろ? それと同じだ」
「……」
リリカと呼ばれた少女は押し黙る。
「異世界ってのはそーゆーところなんだよ。俺TUEEEEを自由に試せて、なんの心苦しさもない楽園なわけ」
「ちょっと、二人とも」
投影モードのドローン一体がチカチカとライトを点滅させて言い争う二人を制する。
「続けるよ。ボクが転生時に手に入れたデバイスのスキャン機能《知の女神》で、この世界の全ての生命体を数値化することができる。それでボク達のステータスをスキャンした結果がこれ」
この場にいる三人、そしてもう一人の計四体の3Dモデルが立体映像で投影された。
「ボクらの肉体強度や耐魔能力はこの世界の常人の域を軽く超えてる。そうだな……『ロープレ』風に言うなら、レベルとして100はくだらない」
「しかもそれぞれ固有のレアアイテムやレジェンド武器までプレゼントしてくれてるってんだから、神様ってのは味方につくと無敵だな」
「ボク達に共通していることは、『前世』で一度死んでるということ。そして、謎の空間での『選択』を経て、この世界に飛ばされてる。みんなの話を聞くに、転生地点はバラバラだったけどね」
「それ以外の共通点は今のところはないってことか? まあ現実世界の素性なんざ話したくもねえし、知りたくもねえけど」
それぞれの立体映像が投影されたラウンドテーブルに身を乗り出して、じっと見つめるリリカ。
「アヤメくんが、わたしたちの中で一番能力値が高いってこと?」
「うん。そういうこと」
「つーかこれ、どうやって調べたんだ?」
「さすがにマッピング機能では無理だったから、みんなが休憩中に、ボクのドローンで上空から生体スキャンした」
それを聞いたリリカは両腕で身体をかき抱いて、
「……えっち」
嫌悪の表情を見せる。
「なっ……! ぼ、ボクは、そ、そんな目的では……!!」
顔を赤らめて慌てる小柄な影ノア。
「くくくく……」
傍観者である大柄な影は嬉しそうに笑う。
「いいわ。続けて」
「つ、次に、これが現在の勢力マップ」
オティーヌを中心とした大陸図がやや俯瞰気味になり、よりこの異世界が広く表示された。
「ボク達が各国を攻めた三日間で、八四%がオティーヌの、つまりボク達の勢力下に入ってる。あとは、いまアヤメさんが攻略中のシルヴィアを入れれば九一%かな」
「アヤメくん、なんでこのオティーヌってところを完全に支配しないの?」
青毛の少女の問いに、今度は大柄な影が答える。
「この国の王様は長年賄賂で太ってきた。だから、話がわかるってやつだろうな。オティーヌ周辺の敵対国をぶっつぶすかわりに、この国の統治権をバーターでもらう取引をしたらしい」
「ふーん」
「そのほうが、国家の運営としては楽だ。権力者が代わると、体制の変化を国民が受け入れずに反乱を起こす場合がある。そうなると面倒だからな」
「そんなん、文句言うヤツはぶっころせばいいじゃん」
なんの戸惑いもなく発言するリリカに大柄な影は、
「だから楽したいっつってんだろーが。異世界来てまで働きたくないからな。あ、お前、まさか前世はニートか?」
「うっさいな。違うわよ」
ニートという言葉にピクリとしたのは小柄な影の方だったが、幸いその動きは誰にも気づかれることはなかった。
ところでそのノアが展開した勢力マップには、いくつかの地点に「×」印が付けられている。それは世界各地に及んでおり、リーバイン神皇国の王都やヴルカン村も含まれていた。
瑠璃色の髪の少女が、×地点を確認しながら、
「ね、探し物見つかった?」
「アヤメに聞けって。あいつが言い出したんだからよ。俺は気軽にログイン後のスペックテストをするだけだ。暴れられるならなんでもいい」
「オティーヌに保管されている歴代の古文書から、十三地点の候補を洗い出したわけだけど、全部で七つの探し物のうち、三つはもうアヤメさんが手に入れたよ」
「ふーん、そっか」
「しっかし、ここでの戦闘はクセになるな!! 女子供もなにもかも、ぜーんぶぶっ殺せて爽快! しかもなんの配慮も心配もいらねえ! 異世界最高!!」
大柄な影の歓喜の声をノアはまるで気にかけずに、
「というわけで、レポートは以上かな。またアップデートできたら、アヤメさんも一緒のときにまとめて説明するよ」
ノアは首に引っ掛けていたヘッドフォンを耳に当て、デバイスに入力を始めた。
投影モードでホバリングしていたドローンが索敵モードに移り、会議室を飛び出していく。
「……りょーかい」
何か釈然としなかった彼女だが、だからといってどうすることもできない。リリカはラウンドテーブルの上に肘をつけ、二人の影を見る。
大柄な影は、どこからか取り出したライフル銃を様々な角度から眺めながら、整備を始める。鼻歌まで聞こえはじめた。よっぽど銃器が好きなようだ。
小柄な影は、さきほどからずっとヘッドフォンをしたままデバイス操作に夢中だ。まったくこちらに意を介さない。
少女はぼそりと独り言ちる。
「アヤメくん、きっと現実世界じゃ生徒会長とか、部活のキャプテンとかだったんだろうな……よーし、こうなったらわたしがしっかりしなきゃ! チームワークを大切に!」
起伏の大きな胸をふん! と張って、やる気を見せるリリカだが、
ピロリン♪
彼女の前のテーブルに置かれた薄い板金から軽快なリズム音が鳴った。
板金――タブレットの画面にはこうレポートされていた。
『アカシア魔術 ディクショナリー化 完了』
「あ、これで古代魔術も解析できた~♪ どれどれ。……ふむふむ、まず一つ目は人の体内に宿る魔素を活性化させて毒素に変換する魔術か……。魔素ねぇ……こっちの世界のビタミンCみたいなものかな? よし、『どくでくるしんでしぬ』っと。威力レベルはもちろん最大の一〇〇で」
大柄な影は銃器整備、小柄な影はヘッドフォンをして携帯デバイス操作、リリカは解析中のタブレットにその結果を楽しげにメモっている。
三人ともがバラバラに、独自の作業を始めていた。
会議室は制御不能になった。




