24 闇の神との契約 その③
前を見据える僕に対して闇の神は、
《足らぬ。貴様の絶望を今よこせ》
豪奢な王の正装のマントをはだけて、骨だけの右手を掲げる。
隣で意識を失っていた幼馴染の少女がビクンと起き上がった。
自らの意思からではない。シャルはそのまま空中に浮かび上がり、闇の神の右手から生まれた黒い炎が彼女の左胸付近に放たれる。
「な、なにを……! やめろ!!」
しかし黒い炎は衣服を燃やすこともなく、彼女の体内に送り込まれるように吸い込まれていく。
なにが起こったのか見当もつかないが、とてつもなくよからぬものがシャルの中に打ち込まれたことだけはわかった。
王冠を戴く闇の神は満足そうに、
《貴様が復讐をなしえた後、この娘は火あぶりになり死ぬ》
「え……!?」
《これは揺ぎ無く確定した未来である。復讐をなしえた後、貴様に幸せな余生などないと思え》
「そんな……そんな……あああ、あああああ」
《……まだ足らぬ。さらに絶望をよこせ》
僕が……僕が、彼女をここに一緒に連れてきたばっかりにこんなことに!!
涙が、涙が止まらない。次々と目から溢れてくる。
「……泣かないで、ユーリィ」
「シャル!!!!」
なぜ!? いつから目が覚めていたんだ!?
いまだ空中で浮かんだままの少女が、意識を取り戻していた。
「いいの。これは、私も望んでいたことだわ」
自身の生命の危機に、しかしそのシスターは優しく微笑む。
「望んで……? 何を言って……」
「ユーリィ。私もあなたの復讐を手伝いたい。私も、大切なものを全部奪われてしまったわ。村に来てからお世話になった神父様や、親切にしてくれたみんな。その思い出も全部炎に包まれて燃えてしまった」
薄翠色の瞳を潤ませながら、シャルは何かを悟ったように、
「こんなときにこそ、アーシア神さまは助けてくださるんじゃないかって信じてた。卑しい考えかもしれないけど、お祈りも毎日欠かさずにやってきたしね。でも……違った。神さまって、残酷よね。みんな、灰になっちゃった」
ようやく動くようになった身体を確かめながら、彼女は右手で胸元のアーシア神像の首飾りを引きちぎる。
「だから私は、私を救ってくれるものを信じる」
「シャ、シャル……」
「この召喚儀式の前、ユーリィは魔女さんに『僕の家族を殺したヤツは、絶対に許さない。僕は必ず、あいつに復讐する』っていったよね。私もそこにまぜてほしいの。『私の家族を殺したヤツ』に復讐したい」
「……!」
そう。彼女の家族は、疫病によってとっくに死んでいる。孤児としてヴルカン村にやってきた少女が、僕の家族のために、自分の身を犠牲にしようとしていた。
「ねえ闇の神さま」
幼馴染の少女は気丈に、豪奢な正装を纏う骸骨に話しかける。
「私も、《かけがえのないもの》を捧げます。自分の人生を捧げます。だからどうか、ユーリィに、力を与えてください」
《いいだろう》
あっさりと。深淵の支配者は同意した。
《代償は既に得た。まもなく消えゆく運命を受け入れるがよい》
闇の神は、僕を指さし、
《人族よ。これから貴様の生きる道に、希望や幸福はない。あるのはただ復讐だけだ》
神の指先から放たれた黒い炎が、僕の身体を包み込む。
《我の『力』を貴様に授ける》
僕を取り囲む黒い炎。その燃える火の中で、今までの想い出が走馬灯のように浮かび、そしてそれが黒い炎によって燃やされて消えていく。
人族としての僕が、闇の眷属として生まれかわっていく。
《貴様はこれから、人族でも魔族でもない。双方から忌み嫌われる『虚ろな者』として生きよ》
黒い炎が、僕の身体に注ぎ込まれる。
顔の半分や、身体全体に、激しい痛みが走った。
気付けば、そこには二度と治らない火傷のような文様が刻まれていた。