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23 闇の神との契約 その②

 リーバイン神皇国のはずれ、ヴルカン地方の山奥にひっそりと佇む古い家屋。

 瀕死の僕が担ぎ込まれたのは魔女の館だった。


 その館の地下には、アーシア神さまを信仰する者たちにとっては邪教と言うべき教えにまつわる場所。異端とされる忌まわしき空間が広がっていた。


 でも今の僕にはそんなことは気にならなかった。


 僕の脳裏を埋めているのは、


 憎悪。


 悔恨。


 復讐。


 そして、


 仇討ち、だ。


「ユーリィ……」


 僕の隣で、不安そうに見上げてくる幼馴染の少女。


 魔女の館の地下には、巨大な儀式場があった。


 中央の床には複雑な魔法陣が刻まれている。


 僕は眼前の異様な光景に恐れながらも、朱鷺色の髪の少女に向かって安心させるように微笑む。


「シャル。僕は、もう決めたんだ」


 彼女は決意をした僕をみて、覚悟を決めたように押し黙る。胸元のアーシア神像をぎゅっと握った。


 地下の巨大な儀式場。

 中央の魔法陣を隔て、向こう側には魔女マリアン。その肩には火蜥蜴族のロラマンドリが乗っている。トカゲは今までよりも少し重い声で話し始めた。


「ふん。いいか人族。今からマリアン様が闇の最奥に住まう、我らの王を呼び出す。人族がアーシアをたたえるのと同じく、我ら魔族が崇拝する神だ。決して、粗相するなよ」


 魔女とでくわしただけでも恐ろしく感じているのに、その彼女が敬うような高位にいる魔族の神が今から出てくるという。緊張でのどが干上がり、足が震えてきた。


「……そろそろかね」


 儀式の調停者である魔女が、魔術詠唱を始める。



『生を死に 有を無に 光を影に

 深淵に潜む闇の神よ 常夜を介し

 漆黒を紡ぎ 渇望するもの在り

 万象を虚無に 森羅を灰塵に

 深淵に潜む闇の神よ 我の因へ乞う』



 目を閉じて滔々と呪文を唱え続けるマリアン。


 しばらくすると、空間中央の魔法陣から、異様な瘴気が漂い始める。


「ぐっ……!」

「……!」


 僕もシャルも、口を押さえて床に膝をつく。


 なんだこれは……! 空気が、僕の身体を、食い殺そうと……!?


「ごップ……!」


 押さえた口元から、血が滴り落ちていく。


 全身の悪寒が止まらない。


「(シャルは――!)」


 彼女はすでに意識を失い倒れてしまっていた。


「!!」


「ふん。人間には猛毒の瘴気だ。耐えろ」


 トカゲが軽くあしらう。


「で、でもシャルが!!!」


「気絶したほうが瘴気は吸い込みにくい。放っておけ」



『深淵に潜む闇の神よ 贄と共に

 我が望む 因果を齎せ

 捧ぐ供物を以て 現世に厄災を』



 僕が倒れ込み吐血し、幼馴染の少女が意識を失う間も、魔女の詠唱は続く。

 儀式場は、瘴気が充満し、明かり用のランプが次々と消えていく。


 地下ゆえに差し込む光もなく、空間は闇に包まれた。

 唯一目を凝らせば見えるのは、床に描かれた魔法陣から発光する薄ぼんやりとした紫色だけだ。



『深淵に潜む闇の神よ 顕現し給え』



 どれくらい時間が経っただろうか。永遠とも感じられるし、一瞬とも思える時の流れを経て、ついに魔女の詠唱が止まった。


 意識が混濁する中、目撃したのは――。


 この世界を深淵から支配する、闇の神が降臨する瞬間だ。

 魔法陣から真っ黒な炎が立ち上り、竜巻のように螺旋を描く。


 やがて炎は次第に消え去っていく。


 そして中心には。

 高貴な王の正装を纏い、王冠を戴く骸骨が現れた。


「闇の神、アーク・リッチ様だ」


 長き詠唱を終え膝をつくマリアンの肩に乗ったロラマンドリが説明する。


「これは……他の神々もお連れのようだ……」


 黒い炎がすべて消え去り、闇の神の両脇に顕現していた存在に気づく。


 右手には黒いドレスを纏った貴婦人の姿をした神。

 左手には、首から先が三頭に分かれたドラゴンの姿をした神。


 つまり三柱が召喚されてきたらしい。

 瘴気による毒に耐えながら、僕はどうにか立ち上がる。


 マリアンが恭しく首を垂れながら、


「偉大なる我が神。お久しゅうございます。『嘆きの谷』戦争以来かと」


 《余の眷属よ》


 闇の声が重く響く。


 《如何な用だ》


「はい。贄を賭してでも御身との契りを欲す者がおります」


 魔女が少し顔を上げ、僕の方を指さす。


 ようやく身体を起こした僕は、懸命に目の前の王冠を戴く骸骨を見据える。


 闇の神アーク・リッチの重厚な声が脳に直接届く感覚。


 《ふむ……》


 瘴気でむしばまれた身体に、さらなる痛みが走った。


「ぐ、ぐう!?」


 自分の体内を、異物が駆け巡る感覚に襲われる。


 闇の神は無言だ。


 これは……これは……何かを試されているのか!?


 なら……決して、膝をつかない。


 二度と倒れ込むもんか!


「がああああ」


 必死で耐え続け、ついに意識を失いかけたその時――。


 闇の神が再び口を開いた。


 《……よかろう》


 こ、れは……『洗礼』が……終わったのか……?


 《矮小なる人族よ。汝が捧げるものは何だ》


「はあっはあっ……。そ、それじゃあ……!」


 《三度は言わん。汝が捧げるものは何だ》


「は、はい。僕が捧げるものは――――」


 この儀式を行う前に、魔女から聞かされたことを思い出す。


 魔と契約すれば、あの未知の来訪者共を倒す力が手に入るかもしれない。

 しかしそのためには、何かを代償にせねばならない。


 それが『魔』との契約だと。

 そして、その代償は、かけがえのないものに限る、と。


 僕は少しの間逡巡して、


「僕は……これからの人生に、どんな絶望があっても、どんな凄惨な未来でも受けいれる。……僕が捧げるものは、『自分の幸せ』です」


 決心した想いを伝える。


「これからの僕に『幸せ』は必要ない。あるのは、『復讐』だけだ。そのかわり……『力』を、復讐するための『力』を、与えてほしい」



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