9 覚醒前夜 その⑨
「はあっ……はあっ……はあっ……」
村一帯が炎に包まれている中、変わり果てた姿の家族を引き摺り出し、崩れ落ちた我が家の庭先で肩を震わせる。
そうしてようやく、今さらこの惨状を起こした者たちへの感情が湧き上がってくる。
あの黒い奴らは、いったいなんだったんだ!?
あいつらは、何者なんだ!?
僕の家族を殺しただけじゃない。まさかこの村を焼いたのも……!
「きゃあああああああ!!!」
僕の思考を遮断するように悲鳴が上がる。
村の中央通りの方からだ。
「っ……!!」
家族をこのままにする負い目を覚えたが、それどころじゃないと思い直した。
だって、あの叫び声は、あの声の持ち主は、聞き覚えのあるあの娘のものだ。
ずっと小さい頃から一緒だった、大切なあの娘の。
僕は一心不乱に声のした方へ駆ける。
中央通りに出てあたりを見回す。
いた! あそこだ!
朱鷺色の髪を持つ少女が、道の真ん中で立ちすくみ、ガタガタと震えている。その足下には、バスケットと、割れたイシクイドリの卵が散乱している。間違いなく、シャルだ。
彼女が動けなくなっているその理由――薄翠色の瞳で見つめる先を僕も目で追う。
そこには、さきほどの黒のフードローブが一人立っていた。一緒にいたはずの残り三人は見当たらない。やつがとうさんを殺した当人か、その仲間かは僕には区別がつかなかった。
シャルと対峙するように立つフードローブは、片方の手に錫杖の先端だけ取り外したような、黒いものを持っていた。そしてはもう片方の手には、深緑色をした球を握りしめている。
「あ……あ……」
怯えながらも、ようやく動けるようになったのか、後退り始める少女。
黒いやつはそれを見て、すっと片手を水平に掲げた。
シャルに何かしようとしている!!
「やめろ!!」
黒いフードローブがこちらに振り向く。
「ユーリィ!!」
「シャル!! こっちに来るんだ! はやく!!」
声を張り上げながら、僕も彼女のほうへと向かう。
「……」
その動きを待たず、黒いやつは深緑色の球を放り投げた。
「!!」
しかしその投擲の軌道は、僕らではなくまったくの別方向に線を結んだ。深緑の球が投げられたその先には、まだ炎が燃え広がっていない教会があった。
教会の扉付近に球が転がっていくと、
爆発。
教会のあらゆるものが吹き飛び、残った場所には炎が広がっていく。
「な、んだ、これ……」
もしかして、この黒いやつが投げた謎の球が、僕たちの村を火の海にしたのか……!?
呆然とする僕を尻目に、フードローブがもう片方の手に持つ奇妙な錫杖を今度はシャルに向ける。
嫌な予感が全身を貫いた――!
「や、やめ――!」
瞬間、こちらに向かって走っていた幼馴染の少女の右肩が爆ぜた。
血しぶきがあがり、彼女は倒れる。
「シャルぅうううう!!」
思い返せばこの時から、僕の記憶はすでに途切れ途切れになっていた。
意識混濁ともいえるが、実際は発狂寸前なだけだった。
大切な家族を殺され、さらに幼馴染まで失うという恐怖と、突然襲い来た理不尽な残虐行為に対して、僕の心は怒りのあまりどこかおかしくなってしまったのだと思う。
自分でも、自身の目に狂気が宿るのがわかった。
腰に備えていた片手剣を抜刀し握りしめ、黒いフードローブに向かって走り出す。
「う、う、うおおおおおお!!!!」
ヴルカン村の麓の山中で一五〇〇回繰り返してきた鍛錬の成果なのか、僕の素早い抜刀と動きに対して、黒いやつは一瞬面喰らったように見えた。
しかし、僕の剣が相手に到達する前に、勝負はついた。
黒いやつはまたしても奇妙な錫杖を掲げる。
その先端をすっと僕に向けたかと思うと、
いきなり右脚の太ももが破裂した。
激しい痛みが全身を貫く。
「ぐう、ぐふっ……!」
地面へ前のめりになって倒れ込む。右脚の傷が燃えるように熱い……!!
がはっ! という音は僕の喉から出たものだ。見れば地面に黒ずんだ血だまりができていた。
なにが起こったのか理解が追いつかない。
でも。
こんなところで終わるわけにはいかない!!
右脚を破壊され、口から吐血しながらも必死で起き上がろうとする。
そこへ黒いやつはゆっくりと近づいてきた。
「が、ごぶっ! がああ!」
僕は必死で右手を動かす。倒れたときに手放してしまった片手剣を拾うために。
しかし、さらに破裂。
次はその右の手のひらがやられた。
「があああああ!!」
激痛に思わず転げ回る僕をすぐ真上から、黒いやつは見下ろしていた。
そして。
黒いやつは、もう一度奇妙な錫杖を掲げ、
僕の眉間に突きつけて――
炸裂音。
激痛。
闇。