翔、名を残さず
ドンドン暦2020年。レーラ宙域ケプラ太陽系惑星トゥビー。
ひとりの人種がフルダイブVR型個人映画館を出て受付に向かう。頭部にのみ毛を生やし二足直立歩行であることから、地球星人の血が濃いと分かる。同星人であれば男性だと判別できるだろう。
「お疲れサマでした。お楽しみイタダけましたか?」
流体メタル外装により今はマメイド星人に変化したアンドロイドが、その男に声をかける。異種星人相互理解促進法により、男が日頃接触する機会の少ない星人の姿を取っている。マメイド星人の外観に雌雄差はないが、内面は雌の思考アルゴリズムが実行されている。
「ええ。『おまかせ』を選択したら大昔の地球を舞台にした時代劇が生成されました。史実に虚実を織り交ぜた興味深い御伽話でしたよ」
男は受付嬢の言葉をなんとか聞き取って返事をした。マメイド星人の発声は男にとって聞き取り難かったが、これも訓練だと生体埋め込みデバイスを使用しない。地球文明の典型的な思考様式である。
「ドンドン姉弟の伝記ですね。地球星人ムけに自動生成されるコトが多いんですよ」
受付嬢は手元に視線を落としながら応じる。男は自分の視聴記録を確認しているのだろうとその様子を見ていた。先の発言を通して個体情報保護法により制限されている記録参照を間接的に承認したので、問題は無い。
「そうなのですね。私の話はその姉弟に兄がいて荒唐無稽な天才作家だったという設定でしたが、それもよくあるのですか?」
男がダメ元で聞いてみると、
「うふふ、そのゴ質問にはお答えデキません。他人ムけの自動生成物語を詮索するのは野暮でしてよ」
と受付嬢はぴしゃりと答えた。
「そうですよね、つい聞きたくなったものですみません。ではまた来ますね」
男は悪びれずにそう言って、出口へと向かう。
「ゴ利用アりガトうゴザいました」
受付嬢はお辞儀をして男を見送り、次の顧客に合わせてその外形を変化させた。
地球星人向けのフルダイブVR装置は他星人向けと比べると飛び抜けて複雑な仕組みが必要であり、とても高価で個人が所有できるような代物ではない。他星人向けのそれは一家に複数台あるくらいありふれた機器なのにである。
その原因は地球星人が生物として異例の若さで科学を発展させて外宇宙に進出したからである。おおよそどの星人も科学を発展させるとともにその身体機能を低下させている。感覚器官も同様。機器に身体活動をサポートさせるので退化するのだ。ところが地球星人は希有なことに、退化させるどころか進化させた。毎朝ドンドン体操を行う風習があるからである。地球星人の伝説的偉人ドンドン姉弟、その親族が発展させたとされる体術は、この時代にも続いている。
地球星人はほかにも、優れた言語の考案によって科学技術を飛躍させたことで知られている。ドンドン星間連盟の標準言語に採用されたほどである。優れた拡張性により、他の星人固有の概念や発声を取り込むことも造作なくこなせた。
ドンドン星間連盟の「ドンドン」も、地球星人の言葉を由来にしている。おおよそ陸棲生物から進化した星人であれば、物を打ちつけて音を発することから音楽を生み出して発展させている。「ドンドン」、それは全星人の九割方が馴染みを持てる擬声語で、魂に刻まれた躍動である。どんな苦難があろうとも前を向いて進む、宇宙に進出するほどの知的生命体であれば必ず持ち合わせている姿勢を象徴する言葉である。星間連盟発足時、その連盟の名にふさわしいと圧倒的な支持を得た。
さて星間連盟の盟主地球、その文明の歴史に名を刻む呑々美久と呑々共だが、この姉弟にはひとりの兄がいたとする伝説がある。物語は物語自動生成AIが生成するものになって随分と長い年月が経っていた。偉人姉弟は演説も巧みであったことが知られているが、この兄こそがふたりのゴーストライターであり、当時の地球語革命の真の立て役者だとする御伽話を、物語自動生成AIはよく出力するのだ。加えて利用者により異なる物語が生成される中で、話の一致率が異様に高かった。ブラックボックスと化しているAIからその理由を直接解き明かすのは困難になっていたが、この話は実話を元にしているとする学者が少数ながら存在した。
地球暦21世紀にネスリング電機が実在し倒産したこと、小説投稿サイトを運営していたことについては、公的な記録が残っており確かである。少数の学者はこの会社が致命的な製品不良により多額の負債を抱えて経営を一気に悪化させ、資金繰りに苦しむなかでデータセンターへの支払いを滞らせて、事務的に全データを削除されたのだと主張する。当時のミラーリングシステムは一瞬で地球中のサーバーから小説データを消失させ、だから兄の作品も残っていないのだと続ける。
この説を後押しする事実として、地球文明は物理から電子へと記録媒体を移行させた時期については、多数の個人作成系文化データを消失させている。例えば個人により作成された情報データ、当時は個人ホームページ、個人ブログなどと呼称されていたが、しばらく後のものは保全されているのに、グローバルネットワーク普及当初のものはまったく残っていない。
学者たちは「この空白の時代は営利企業に文化資産の保管を委ねており、採算が合わなくなるとそうした文化資産を遺失させていたのだ」と主張するが、他の多くの学者は「連盟盟主の地球星人文明で、そのような野蛮な行為が行われたはずがない」と一笑に付す。
地球文明のミッシングリンク、数千年も昔の話となったこの時代に事実は明らかになりそうもなかった。兄の実在も姉弟のように公人ではないので記録が残るべくもなく、確かめようがない。
「文学」、「小説」、「物語」。
あらゆる概念について豊富で多彩な語彙を備える星間連盟標準言語、それなのになぜこれらは同じ読みなのか? その理由を説明できる者は、ドンドン星間連盟に誰ひとりとしていない。
了
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
次話は「後書き」になります。物語の続きでは無く本作の執筆を振り返る内容です。
興味のある方は、ご覧いただけると幸いです。




