翔、無双す
正月気分もとっくに抜けて慌ただしい日常に戻った一月の下旬、呑々撮はこぢんまりとした七階建ての雑居ビルを訪問していた。階段を探し当てて二階へ上ると、リフォームしたてなのだろう、小洒落た受付スペースが目に入った。無人のカウンターに設置されたインターフォンを取ると「すぐ担当が参ります。お近くのソファーにおかけになってお待ちください。」と答えが返った。
案内されたソファーに目を向けるとあたりの壁には本棚が備え付けられ、多数の書籍が柔らかな光に照らされていた。そのいくつかは面陳されており、どれもが美少女、中には獣耳や尻尾を生やしたイラストが表紙を飾っていた。この会社のサービスを通して出版されたものなのだろう。撮は翔の作品を投稿した小説投稿サイト『作家になろう』の運営会社に来ていた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ。」
撮が棚から一冊の本を手に取り頁をたぐらせていると、三人の男がやってきた。皆ジャケットを着用しているもののノーネクタイ、歳は三十、四十、五十台とばらばらに見えた。先導されてタイルカーペット敷きの廊下を歩くと、大きなテーブルが設置された部屋に着いた。十のオフィスチェアにホワイトボードが二つ、これらはテーブルに置かれているプロジェクターのスクリーンにも使用されるのだろう、応接室というよりは会議室といった佇まいの実利的な部屋だった。手にしていたコートをハンガーに掛けさせてもらい名刺を交換、驚いたことに三人は別々の会社の社長や上級管理職であった。上座を勧められ着座したところで飲み物が配られ、改めて三人の自己紹介が始まった。どうも主立った小説投稿サイトの責任者が顔をそろえているらしい。
「呑々様は『どんどんかける』様の代理人と伺っていますが、ご本人様とはどういったご関係なのでしょう?」
撮の対面、入り口近くの下座に座った『作家になろう』運営会社の事業部長が最初に質問をした。中堅電気機器メーカー『ネスリング電機』、そこが新規事業として取り組み大当たりをしたのが件の小説投稿サービスの成り立ちであると、撮は下調べをしてあった。
「翔の叔父になります。本人は未成年、両親もITサービスには不慣れでして私がこの場に参りました。年末の投稿は、私が甥に勧めたのがきっかけといういきさつもありまして。」
撮は予想された質問に答えて紙コップのお茶で唇を湿らした。しばらく質問が続くはずであった。
「こちらのお名刺の住所、イラストレーターの『HAYAKA』さんとご関係がおありですか? 『HAYAKA』さんは本名を非公開にされていますが、私は存じ上げております。」
続いたのは対面上座に座った出版業界四位の業績を誇る会社の執行役員、『丸山書房』は老舗ばかりの業界の中では若いほうの会社で、ネットへの対応も早くて熱心だった。受付で撮が手に取った本もこの会社のもの、『HAYAKA』のイラストが表紙を飾っていた。撮自身も『丸山書房』の雑誌に写真や時にはコラムを寄せているのだが有名というにはほど遠く、担当部署も異なるので知られているはずもなかった。
「はい、呑々颯描は私の義理の姉、翔の母親です。」
呑々という名字は役者の芸名や創作の登場人物の名前などによく使われており世間に馴染まれてはいるが、本名としている者は全国でも数千人といない、親族関係を問われるのは自然なことだった。加えて撮は都心への行き来にも便利な在来線沿いにある兄夫妻の事務所を間借りしていた。
「ちょっと待ってください、『HAYAKA』さんには私も昨年、とあるパーティーで挨拶させてもらいました。とても美しい、失礼、とても若い女性だったと記憶しています。それほど大きなお子さんがいらっしゃるようには見えませんでしたよ。」
興奮気味に割り込んだのは真ん中に座る分厚いレンズの眼鏡をかけた小太りの青年社長だった。体つきこそ撮と真逆だったが歳は大して違わないように見えた。確か広告会社から転身してベンチャー企業『オメガステイト』を興したという経歴だったかと記憶を掘り起こした。
「翔は六歳、この春に小学校に入学します。」
できれば年齢は伏せておきたかったのですがと前置きして撮が答えると、この場でもっとも年配の執行役員が口にしていたお茶を吹き出しかけた。
翔はあれから年が暮れる前に一作、明けた後に三作の短編小説を投稿していた。現在それらに最初の作品を加えた計五作が、『作家になろう』の総合ランキングの上位を独占している。そうした状況の中で「折り入って相談したいことがある。」と運営から連絡が届き、撮はこの事務所を訪問していた。
「用件に入る前に。」と事業部長は投稿サービスの状況を説明し始めた。撮も疑問に思うことがいくつかあってSNSなどで情報を収集していたので、答え合わせができるとばかりに聞き入った。
最初の話はランキング上位作品が次々と削除され頭が痛いというものだった。力量があるほど翔の才能を前にして恥じ入り作品を削除する作家が後を絶たない、翔の最初の投稿直後などは自分の作品が翔の作品よりランキング上位にあることが晒しものにされていると感じられたようなのだと。そして新規の投稿は途絶えてしまった。今も『作家になろう』に投稿はされているのだが、それらは趣味の一環、書籍化など目指すつもりのない作家たちの作品だけとのことだった。
次の問題として作品ポイント制度の破綻が挙げられた。『作家になろう』はアカウント登録読者限定で一作品に一点から十点のポイントを付与でき、各作品はその合計でランキングを競っている。翔の作品登場以前は、アカウント登録読者は読者全体の数割程度で、ポイントを付ける者はそこから更に二割程度だった。それがほぼ読者全員がアカウントを登録してポイント制度を利用するようになり、翔の作品にだけ十点満点を投じるようになった。それだけならまだ良かったのだが、問題はその次にもあった。従来ポイントを利用していた登録読者が既存作品に与えていたポイントを次々と取り消すようになったのだ。翔の作品を十点だけとするのなら、既存作品は一点にも値しないと判断されたためだった。
そして最後は広告出稿会社の出稿辞退という営利企業にとって切実であろう話題に移った。小説投稿サイトの多くは投稿作品で読者を集め、広告を掲載することで事業を成り立たせている。ところが翔の作品には自社の広告バナーを掲載しないで欲しいという出稿会社が相次いでいるとのことだった。バナーによって翔作品の読書体験を穢したくないというのがその理由だそう。読者は翔の作品だけを読み返す傾向が強まっており、このままでは早々にサービスが行き詰まるという話だった。
「御社のご事情は理解できました。それでどうなされるおつもりなのですか?」
撮は淡々と返した。あれば気の利いた提案をしたかったが、撮や翔にできることはないように思えた。否、作品を削除して新規の投稿を控えれば一連の問題は解決する。しかし六歳児にそんなことをさせたくはなかった。目の前の三人がそのような要求をするとは考えたくなかったし、そうするとは思えなかった。
「はい、どんどんかける様の作品をいくつかの点で特別扱いにさせていただければと考えております。かける様専用のジャンルを新設し、ポイント制度と感想、レビューの対象から外させてもらいます。また作品をこちらの二人が運営しているサイトにも転載させていただければと考えています。」
事業部長の回答に撮は安堵したが、理解できることとできないこと、のめることと避けたいことがあった。
「すみません、何分ITサービスには不案内でして教えてください。ジャンル新設とポイントの対象から外すという施策については分かったつもりでおります。ですが翔の作品が感想やレビューの対象から外されるのと、ほかのライバルサイトさんへ転載されるのはなぜですか?」
「まず感想についてですが、かける様作品へのデータ量は既存作品の総量を数倍上回っています。それ自体は許容できるのですが、とても人間一人が目を通せる量ではないでしょう。死蔵されると分かっているデータを取得するのは、その、エコではないです。」
途中間を入れて事業部長は答えた。撮は話には同意できたが顔を曇らせた。翔は時間があれば熱心に感想に目を通している。奏夫妻が体を壊さないかと心配するほどだった。
「レビューについては、まあ今のところ一つもありませんが、どうして外されるのですか?」
「はは、それこそ不要でしょう。かける様の作品をレビューできる者などプロであっても一人もいませんよ。強いてするなら『筆舌に尽くしがたし』ですかな。」
『丸山書房』の執行役員が苦笑しながら『なろう』事業部長を援護した。撮も不思議に思っていたがなるほどと腑に落ちた。
「では作品の転載については?」
「それはサーバーへの負荷対策でして。データ量は小さいのですがアクセス数が途方もない。」
今度は『なろう』事業部長の表情が少し強ばった。
「それでも負荷は知れている。調べられたらすぐにバレますよ。広告を掲載できないから、費用の持ち出しにしかならんのですよ。」
そこに腹の出た『オメガステイト』社長が椅子を軋ませ補足した。『なろう』事業部長は顔をしかめたが否定はしなかった。
「それだけではかける様の集客力を手放す理由にはならないでしょう。『作家になろう』さんは小説を書くことそのものを促すことを重視されておられる。その証拠に当社でも数十の作品を出版させてもらっていますが仲介手数料は取られておりません。ほかの小説投稿サイトが衰退することを危惧されておられるのですよ。」
と『丸山書房』執行役員が年長者らしく擁護をした。『なろう』事業部長は「ありがとうございます。」と小声で謝意を示した。撮はどれも嘘はないと判断した。そもそも転載自体、何の異存もなかった。
「感想機能は残せないでしょうか? もちろんすべては無理ですが、翔はできるだけ目を通そうとしているのです。」
撮はそう言い、続けて翔の様子を話した。三つ下の妹弟や祖父母に即興の物語を語るとき、その反応によって話の展開を変えていると言っていること。それと同じように自分の作品が読み手にどう受け取られているかをとても知りたがっており、時間があればタブレット端末にかぶりついて両親を困らせていること。聞き手、読み手の反応が翔の創作活動にとって重要な鍵になっているようなのだと説明した。最後に「できれば印刷してもらえるとありがたいのですが。」と付け加えたが、それには「これくらいになりますよ。」と事業部長が机に置いた右手を目の高さにまで上げてやんわりと断った。肥満社長が「それは機械で要約処理でもしないとどうにもならんですねえ。」と追随した。
結局感想機能は残してもらい、更に適宜アーカイブされたデータを特定場所にアップロードしてもらうことになった。今後も何か問題があればメールでやりとりすることを取り決め、撮は三者に礼を言ってオフィスビルを後にした。
その後も翔は物語を創っては投稿を続けた。予約投稿機能を用いるよう依頼され、作品は朝の四時半にサービスに公開された。それが読者の健康とサーバーへの負荷を考慮すると最適な時刻とのことだった。ポイントは付かなくなったが、数量的な反響はブックマーク数やPVで分かった。ブックマーク数はかける専用のジャンルが設けられたことによってか一時期その数を減らしたが、翔が連載作品を投稿するようになると再び数を増やした。PVはおおよそ翔が次作を投稿するまでの期間に比例して増減した。新作が発表されるまで既存の作品が繰り返し参照されるためだ。ユニークユーザー数についてはこれまた処理負荷が高いので集計を止めさせて欲しいと会談後すぐに申し出があった。撮はそういうものかと応諾した。
二月には翔の部屋に学習机が運び込まれた。母方の祖父母からの入学祝いだった。父方、つまり呑々家からはランドセルが贈られた。両親からはデスクトップ型のパソコンがプレゼントされた。これはもともと予定されていなかったものだった。タブレット端末で小説を入力していると首に負担がかかる。ノート型パソコンでも同様。机や椅子の高さ、ディスプレイの位置などまるで呑々流の構えを指導するかのように奏が念入りに調整した。
七月の学校が夏休みに入ろうかという頃、感想の要約がサーバーに格納されるようになった。感想データをコンピュータで言語解析して分類し要約したものだった。代表的な感想のピックアップまでなされていた。撮が一月に面会した『オメガステイト』の社長が出身大学の研究室に掛け合って研究の一環として取り組まれたものだという話であった。社長は工学部電子情報工学科の出身であった。撮は社長に良い印象を持っていなかったが、ネット小説には人一倍の情熱を持ち合わせているのだなと見直した。当初こそ翔からその要約内容に注文が入ったが対応はすぐになされ、翔も信用し読者の反応は要約で掴むようになった。奏夫妻も少し安心したようだった。
二年生、三年生と進級しても翔の創作意欲は衰えなかった。学校でよく学び道場で鍛えて国際交流もし、妹弟や友だちと遊んで父母の作品鑑賞にも付き合わされる中で、次々と小説を投稿していった。どれも相当のPVを獲得していたが、書籍化はしなかった。なので漫画化や映像化もなされなかった。およそネットを利用する者であれば『どんどんかける』を知らぬ者などいないのに、公の話題にはさほど上がらないという奇妙な状況が続いた。ただ翔が三年の夏休みのとき、奏夫婦が悪戯心を起こし、奏が自身の曲に歌詞を付けさせて歌を世に出し、颯描が自身の絵に文を付けさせ絵本を出版したことがあった。どちらも一大ベストセラーになり夫婦はそろって脚光を浴びた。呑々家にマスコミが押し寄せた。ふたりは打撃夫妻に大目玉を食らい深く反省することになった。
そうした翔の作品たちは国際情勢にも影響を与え始めた。始まりは近隣諸国を中心に多数のサイトに翔の作品が無断転載されているという報告だった。これは以前から他作品でも見られた現象で、小説データの複製は容易な一方で取り締まり手続きは国をまたがって繁雑を極め、費用をかけた分だけ損失が膨らむ。事実上対策は不可能だった。しかし翔の作品はここからが違った。海賊翻訳版が現れなかったのだ。翻訳をする者は当然ながら日本語を解する。そうした者たちは翔の作品に触れ、到底翻訳などできるレベルではないと悟るようなのであった。恐れ多く感じるようなのであった。
代わりに日本語学習ブームが起こった。数十カ国で一斉に起こった。さほど時をおかずに百カ国を超えた。おおよそ地球のすべての国々で日本語学習が過熱した。日本への留学希望者も激増し、どの教育機関も競争倍率が跳ね上がった。国際企業の日本支社転勤希望も増えた。反対に日本人の海外進出も活発になった。日本語講師の需要が高まり、引く手あまたになったのである。以前であれば箸にも棒にもかからないような素養のものが海外に出て荒稼ぎをし顰蹙を買うケースも出たが、それは一時のことであった。学習者の日本語力が一定の水準を超えると、講師の日本語が翔作品のそれの足下にも及ばないと気づいてしまうのだ。そうした日本語講師たちは時をおかずに駆逐され、すごすごと日本に戻ってくるのであった。日本語を母語とする人の数こそ大きな変化は無かったが、第二言語にする人々は急増し、近い将来英語を越えると予測するシンクタンクも現れた。
一方で翔は表彰の類いとは縁が無かった。コンテストになど応募しなかったし、書籍化もしなかった。そうした翔側の事情とは別に、主催者側、審査者側も翔の作品を扱おうとしなかった。もし何かの賞を与えれば、それは従来の授与作品と翔の作品を同等に扱うことを意味する。とてもできることではなかった。審査についても同様だった。誰も翔の作品を審査できなかった。そのような失笑を買うだけの真似を行う者は、曲がりなりにも審査を務める者にはいなかった。ネーベル文学賞を初めとする世界中の高名な賞が、翔の作品は評価の枠に収まるものではなく対象にはしない、できないと宣言した。
そうして撮が翔の作品を投稿した日から、六年の歳月が過ぎた。
国際空港に到着した呑々撮は一ヶ月に亘った取材からの帰国とあって多数の荷物を抱えて税関検査を済ませ、宅配便にいくつかを任せて特急列車に乗り込んだ。海外に活動の軸足を移して二年半が経っていた。都心の環状線沿線に借りていたマンションは引き払い、国内の住処は実家に戻していた。久々の帰省、帰宅であったがその気は重かった。
撮は己のフォトジャーナリストとしての才能が凡庸であることを自覚し始めていた。チャンスを逃さず被写体をレンズに収める腕は誰にも負けない自信はあるが、納めすぎてしまう。フレームのど真ん中、決定的な瞬間。その写真は調査や研究を目的とするのであれば一級であったが、人々を感動させるには何かが足りなかった。撮の写真は正直すぎた。構図などさまざまな技法は頭に入っていた。しかし皮肉にも呑々流の血がその実践を妨げた。
その呑々流も師範の座が空こうとしていた。父打撃が七十で定年だと公言して久しいが、次を決めようとしなかった。このままだと他地区の師範代が交代で師範代理を務めることになるが、皆が撮を待っているのが明白だった。
「どっちつかずだな。」
列車の窓からのぞくUVカットされた空もよう。ところどころに垂れ込める冬の雲は低く、色はきっと黒いのだろう。呑々流師範は「でもしか」で就くような地位ではなかったが、撮にはずば抜けた才能があった。道場など対等な条件で戦えば撮より強い者は何人もいる。兄の奏もそうだ。しかし例えば林の中など相手が見えない状態から始まる闘いであれば撮に勝てる者はいなかった。接敵前に有利な状況に持ち込めるのならばそれに如くことはない。それが呑々流であり、撮はその申し子であった。
最寄り駅でおり、辺りの変わりを眺めながら実家に到着すると、丁度奏親子が道着を着て道場へ向かおうとしていた。
「なんだ今日が帰りだったのか。連絡くれれば迎えに行ってやったのに。」
「荷物は宅配に任せたから大したことないよ。それにしても、三人ともまた大きくなったな。」
撮は奏に向けて仕事道具の詰まった鞄を軽々と持ち上げてみせると、小学生三人組に声をかけた。
「おじさん、お帰りなさい。」と翔はお辞儀をした。六年生になってすっかり礼儀が身についていた。
「たまには違うこと言えー。」と三年生の美久は撮の左足に蹴りを入れてきた。おてんば真っ盛りだった。
「おじさん、いつもそればっかり。」と共のほうは右足にしがみ付いて甘えた。この双子は性格が逆に育っているのじゃないかと撮は思った。
「そうだ、今日は夕飯後に映画の鑑賞会をするんだ。お前も見に来い。」
地下一階のホームシアター、来客も多いので十人は座れる広さがあった。
「分かった。行くよ。」と撮が応じると、奏は子どもたちを連れて道場へと歩いていった。
スクリーンには八つのソファーが向けられていた。前列中央に理科子と美久。その左右に翔と共が座った。いつもと違って共が祖母の理科子に特等席を譲っていた。小学三年生なのに一丁前だった。後ろの列には奏、撮、打撃、颯描と座った。奏が「8Kレーザー光源の最新型だぞ。」と天井に吊り下げられたプロジェクターを説明して上映を始めると、皆その意味あいは分かっていないようだったが映し出された映像には感嘆した。音は相変わらず腹に響いた。天井や背後からも降り注いだ。
大人も子どもも楽しめる映画が終わり感想を述べ合って席を立つと、奏が「翔、これ『なろう』さんが調べてくれたぞ。」と何やらノートパソコンを接続して世界地図をスクリーンに映し出した。世界中ほぼ真っ赤のメルカトルだった。右下に青から赤色に変化する凡例が示されていた。
「なんだこれは?」
颯描に相伴され、退室するところの打撃が階段にかけた足を止めた。
「翔の読者の人口比率だな。赤い地域ほど皆が翔の小説を読んでいるってことさ。」
図を読み解いた撮が確認もかねて説明した。「正解、その通り。」と奏が続けた。
「まあ、どの国でも大人気……。」
そう言いかけて、譲られ先に通路に出ていた理科子が翔の震える肩に気づいてしゃがんだ。
「どうしたの翔? 寒いの? お風邪を引いた?」
顔をのぞきこんで問いかける理科子に翔は首を振った。両の拳を固く握りしめ、震わせていた。撮や奏、打撃にはそんな翔の様子に見覚えがあった。
「ぼく、悔しいんだ。読んでくれない人が世界にたくさんいて、ぼくは悔しいんだ。」
そう翔は声を絞り出した。理科子はハンカチを取り出してその頬を拭いた。
撮は世界各地にわずかに点在する青い地域を見つめ、その理由を考えた。