第五話 説明書(中編)
同時投稿二つ目
冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクを一気に飲み干した。
…飲んでから気づいたが、特に問題はなさそうだ。
冷蔵庫の中には卵や牛乳もあった。生ものだが大丈夫だろうな…?
一応説明書を確認する。
『各種食料品は常に新鮮な状態が保たれる。消耗した場合、自動で補充される』
「おン?」
思わず変な声が出た。なにやらとんでもないことが書いてある気がする。
待て、つまり食料は無限にあるということか!?
どうなってるこれ。つまりやろうと思えば一生ここに引き籠ることもでき…あれ、なんだろう、ものすごい虚しさが…
馬鹿な話はさておき、これはありがたい。当面の間、じっくり腰を据えて情報収集して、考えて、動く準備ができる。
さてそうと決まれば次にすべきことは何か。
まずは効率よく動くために、ここの設備をより詳しく知る必要がある。
とりあえずこのダイニングキッチンからだ。といっても(ここに存在していること以外は)何の変哲もない、ただのダイニングキッチンだ。機能的にも、オーブンレンジにコンロとクッキングヒーター(なんで両方あるんだ…?)にシンク(無限供給される水がある意味究極の浄水なので浄水器はない)に食洗器にグリルに…そんなとこか。あ、炊飯器がない。鍋で代用するか。そも米はあるn…あった。正確にはこの現在説明書を表示しているタブレットで、どのような食料品を用意するか選択可能らしい。至れり尽くせりだ。
ベーコン専用トースターがありゃ完璧だったが、アメリカ人のイカれっぷりの象徴とも言えるかの品と同じくらい日本人のクレイジーさを表す炊飯器がないあたり、そういうのは他で代用しろということらしい。そういえばベーコンは…うん、わかっちゃいた。…もうかんがえるのはやめよう。
キッチンはどうやらよっぽどでなければ不足するということはなさそうだ。
さて次は寝室…の前に身体を綺麗にしたほうがいいな。となると風呂…いやその前に着替えだ。この至れり尽くせりっぷりだ。どこかにあるはず。
案の定、寝室にあるらしい。というわけで結局先に寝室へ行くことと相成った。
寝室は三つある。二人用が、である。…訂正、その気になれば4人はいける。
つまりプライバシーを考えなければ、この車内で12人もの人間が一生暮らすことができる。すげぇなこれ、宇宙ステーションかなんかか?
これはあれか?賞金稼ぎになってパーティを組めハーレムを作れとかそういう神の思し召しか?
冒険者ってなんなんだろうな。俺は単純に賞金稼ぎと解釈したが、傭兵であり、狩人であり、探検家であり、雑用であり…結局のところヤクザな仕事を一括りにして日雇いの人間が働きやすいようにした(ついでに雇用者側にも利用しやすいようにした)社会福祉の一種っていうことでいいんだろうか。でもそれだと冒険者のいる世界に盗賊がわんさかいる理由がなぁ…各種のペナルティとかが厳しいから治安のセーフティネットとしてはあまり有効でないのか、もしくは良くなった上であの種々のネット小説の有様なのか…それが一番ありそうなんだよな、前世人類の歴史を考えると。中世ってコワイ。文明の進歩は間違いなくモラルも進歩させたんやなって…最近は技術の進歩にモラルの進歩が追いついてない気がするけど。
冒険者という創作社会システムについての考察はさておき、寝室は基本的には同じ構成で、内装はこのタブレットでいろいろと弄れるらしい。まぁ今は必要ない。
ベッドの上に畳んで置かれている、ベージュのゆったりめのズボンと、正面に「かでくる」と書かれた白いTシャツを確認。うむ、いいセンスだ。下着もある。ご丁寧なことで…
寝室についての確認はとりあえずこんなところか。特に他に特筆すべきことは――やはりこれ自体がこんなところに存在していることを除けば――ない。
ではサニタリースペースを確認しつつ、風呂に入ることにしよう。
まずは個室のほうのトイレだ。例によってその存在自体以外はこれといって変わったところのないトイレだ。日本では一般家庭での普及率が8割近くなったという温水洗浄便座もついている。これは…あれか、連れ込んだ女の子を驚かせるためか。違うそうじゃない。
ご丁寧にトイレ掃除用の道具まである。そこは神様パワーでどうにかならなかったのか。
…待てよ?
下水はどこへ行くんだコレ。あとゴミもだ。水や食料を無限に生み出していることにはもう突っ込むまい。だがそれによって出る下水やゴミが自動で消えるわけじゃない。空になったペットボトルはキッチンにおきっぱだ。
この空間魔法内のどこかに保管されてたりして、バキュームカーの爆発も真っ青な事態になるのは御免こうむりたい。かといって外部に捨てられているのだとしたらそれはそれで問題だ。特にその場に捨てる場合痕跡が残ってしまう。それでは万が一の時に困る…というわけで説明書を確認…した俺は、呆れ果てる他なかった。
要約するとこうだ。
『縮退炉に放り込んでエネルギーに変えてるから問題ない』
…
……
お前は何を言ってるんだ?(画像略)
なんちゅー危ないモン積んでやがる。思わずミルコの顔になったわ。SFに過ぎるとかいう細かいことはこの際置いておく。だがブラックホールだぞブラックホール。事故ったらえらいことだぞ。
うん、もう何も考えるまい。ちょっと前にもそんなことを言った気がするが気のせいだ。
気を取り直して、次は洗面所だ。ここもやはり存在(ry普通の洗面所だ。全自動洗濯乾燥機もある。基本的に二つずつあるサニタリースペースの設備だが、全自動洗濯乾燥機だけはこの一台だけだ。そしてメインは歯ブラシや歯磨き粉やコップが置かれた、ごく普通の洗面台。
そう、ごく普通の洗面台。
故に鏡がある。
ここにきて、初めて俺は自分の容姿を見た。
「若返ってる…?」
なぜだかそう感じた。鏡に映る自分は、自分で言うのは何だがおっさん臭さは欠片もなく、どことなく子供っぽくすらあった。それでいて体格はそれなりにしっかりしてきているし声も低いので、子供というわけではないと思われる。おそらく13~14といったところだろう。
前世の死亡時点での年齢は覚えていないが、酒を飲んでいた記憶があるので成人していたのだろう。先ほど冷蔵庫には酒もあったが、結局選ばなかったとはいえ選択肢に入れることに特に抵抗は感じなかった。とするなら、なるほど確かに若返ったのかもしれない。
まぁそれはいい。前がどうあれ今はこの容姿なのはどうしようもないし、年齢はわからないし、容姿がどうあれ中身が変わるわけでもない。結局のところ何も変わらない。
というわけで浴室だ。ここも特に変わったところはない…いや、一点おもしろいところがあるな。給湯器の端末だ。温度調整とふろ自動のボタンはあるが、追い焚きのボタンと給湯器そのもののON/OFFボタンがない。神様プワゥワーで供給するお湯の温度も量も自由自在ということか。これはありがたい。
ユニットバスのほうも確認する。さっきとほぼ同様の構成のトイレと洗面台に、防水カーテンで仕切る浴槽と浴槽側にあるシャワー。標準的なユニットバスだ。ふかふかのタオル類もある。ホテルみたいだな。
さて、それじゃあいい加減風呂に入ろう。さっきの戦闘で汚れたし、なによりすごい量の汗をかいた。早くすっきりしよう。
続きます