第三話 MAV
【敵を排除した】
最後のマーカーが白くなる。俺は勝った。
それを理解した瞬間、その場にへたりこんだ。怖かった。特に最後は危なかった。
スライドの後退したP225が手から落ちた。掴もうとするが上手くいかない。手が震える。怖かった…のもあるが、ああ、そうだ…俺は殺したんだ。人…ではない、あれが人でないことは遠目にも伝わってくる禍々しい気配で理解できる。だが…それでも俺は人の形をしたものをこの手で屠った。
頭がぐるぐるする。気分が悪い。命のやり取りとはこういうものか。取られる側も、取る側も、ろくなもんじゃない。野生というのは恐ろしい。
しかしまぁ…いつまでもこうしてへたりこんでいるわけにはいかない。またこういうのが出てこないとも限らないのだ。死体、血と肉の臭いもあることだ。早く安全な場所へ移動しよう…
いや待て、安全な場所とはどこだ。そもそも俺はどこへ向かっていたんだ…?
暫し記憶を遡り…そうだ、ウィンドウが提示した目標地点まで動いている最中にこいつらが出てきたんだった。目標地点は確か…そう、森のあたりだったはずだ。確か草原と森の境目あたり…あった。目的地を示す白い点だ。一連の移動と戦闘でさらに距離が近くなってわかったが、どうやら森にほんの少し入ったところらしい。
移動準備だ。空になったP225のマガジンを抜きトランクへ仕舞い、スライドを前進させハンマーを落とす。予備のマガジンを入れそのままベルトで挟んだ。撃つときはもう一度スライドを引けばハンマーを起こしつつ装填できる。これで戦闘前のように右手にFALを、左手に革のトランクを持って移動できる。FALのマガジンも新しいのをトランクから取り出し、空になったのをトランクへ仕舞う。…あ、これさっき3体目に止め刺すときFALを仕舞えばよかったのでは…
気を取り直して準備完了。さて、移動しよう。
ようやっと森の縁まで辿り着き、少し森へ入った。相変わらず気分が悪い。
【目標地点に到着】
ウィンドウもそう言う通り、目の前に目標地点があるのだが…何もない。
いや、あるべきものがあるべき場所にないという点では異常はある。そのあたりだけ木がないのだ。森にぽっかり穴が開いたかのように木が生えていない。
ひとまずその木が生えていないところへ出てミ゜ガンッ
「ァ゛だっ!!」
何かに思い切り頭をぶつけた。目がちかちかする。痛い。夢ニド○インくらい控えめに言って猛烈に痛い。くそうバカにしやがって、世界なんかだいっきらいだヴァーk…
いや待て。俺は何に頭をぶつけた?
目の前を見る。そこには森の中にぽつんと、木の生えていない空間がある。それだけだ。何もない。何もないのだ。だが俺は確かに何かに頭をぶつけた。つまりここには何かがある。
俺は恐る恐る右手に持ったFALを前へと突き出す。するとカツン、と音がした。
間違いない、ここには何かある。
もう一度FALでつつく。コンコン、と硬質な音が鳴る。
頭をぶつけた恨みで変になったテンションでいっそFALでぶち抜こうかと思ったその時、急に目の前の景色が揺らぎ、みるみる像を結んでいった。そこにあったのは…
「迷彩柄…陸自の?…タイヤ!?おいおいこいつは…」
そこにあったのは、装甲車だった。キャタピラの代わりにタイヤを履いている、「装輪装甲車」だ。
しかもそこにあった装甲車は尋常のものではなかった。装甲車がこんなところにあること自体が尋常のことではないなどと言ってはいけない。
「MAV、それも実車ではなく2014年のユーロサトリで展示された模型の仕様とは…」
その装甲車は無駄にマニアックな代物だったのだ。
説明すると長くなるので詳細は省くが、これは三菱重工が社内開発したMAVという装輪装甲車で、模型から実車になった際に形が若干変わったのだが、ここにあるものはなぜか実車ではなく模型のほうの形をしているのだ。マニアックどうこう以前に存在しないはずのものである。
さて、目標地点にこれがあったということは間違いなくこれは重要なものなのだろう。ひとまず周囲をぐるりと回ってみたが、おかしなところはこれがここに存在しているということの他にはない。
【装甲車へ乗り込め】
そう言われたので後ろに回り込む。するとひとりでに後部ハッチが開いた。
兵員室に乗り込む。すると開いた時と同じように、ひとりでにハッチが閉まった。
兵員室を見渡す。特に何の変哲もない装甲車の兵員室…いや。
謎のドアがある。開けて中を覗くと…
「なんだこれは…」
信じがたい光景だった。ドアの向こうにあったのは、明らかにMAVそれ自体よりも面積も容積もある、無機質で広大な空間。
恐る恐る入ってみる。ありえない。空間が歪んでるとしか言いようがない。無機質な地面の材質も全くの不明だ。
「ん?」
後ろを振り返ってみると、ドアが二つあった。今入ってきて開け放たれている方でない、もう一つの方に入ってみる。
そこにはリビングルームがあった。先ほどの空間ほどではないが、これまた広々としている。広々とした部屋の中心、よさげなテーブルの上にいくつかの物騒な物品と置き手紙がある。
【メッセージがあります】
そんなウィンドウとともに、俺は置手紙を手に取った。
『チュートリアルはここまでだ。ここからは己の力で道を切り開きたまえ。この特製の移動工房型MAVと、テーブルの上のものは餞別だ。最後にスキルとこの移動工房についての解説をタブレット内に残しておく。有意義に使ってくれたまえ。Good luck. 神より』
ふむ。…で、俺に何をどうしろと。
一番肝心なことを聞いてないんだよなぁ…
結局俺はなんで転生させられたんだ?神様は俺に何をしてほしいんだ…?
俺は何をすればいいんだ。
まぁいい。やりたいこともないのに生きる理由を考えるなぞ、考えれば考えるだけドツボに嵌るやつだというのは嫌というほど思い知らされている。この世界についてまだなにも知らない今は、それについて考えるべき時じゃない。とりあえず目の前の情報を飲み込まなければ。
相変わらず気分が優れないのを我慢しつつ、テーブルの上に置かれたM1935とナイフ、そして謎のトマホークを脇へ置き、俺はひとりでに起動したタブレットを手に取った…