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第二四話 群れのボス(後編)

いつもの倍くらいの文字数(なお内容)

「君の今後のことを考えると、できればついてきたほうがいいと私は思う」


「というと?」


「カイ、君、死体苦手だろう?」


「…それもそうですね。それじゃあ行きましょうか」


「ああ。君が箱入りだったのか、あるいは記憶喪失によるものなのかはわからないが、ともかく血の臭いには早いうちに慣れておいたほうがいい」


 貴族の子女でもなければ血の臭いが当たり前の世界、か。やはりここは剣と魔法の中世ヒャッハー世界らしい。日本も江戸時代になるまではそうだったんだし。思うにこの手の「中世」ってのは人間の倫理観のことを言うのではなかろうか。教会とかあるのかは知らないが、宗教改革が中世末期からなことを考えるとなおさらそんな気がしてくる。いや細かくツッコまれると困るが…


 ともかく今は奴に止めを刺すマルグレーテさんの護衛の準備だ。役割分担や不測の事態への対応を考えると重くて一発ずつしか撃てないPIATよりもAk 5Cを持って行くべきだな。豚顔のハイ・オークはお姉さんが対応してくれる。至近距離で撃てるようなものでもないしな。…一応全部アイテムボックスに放り込んで持って行くか。


 降車するとすぐに、嫌な臭いが漂ってきた。


「この臭いだ。この臭いに慣れておいたほうがいい」


「これは…」


「血と肉の臭いさ。それほど珍しいものでもないが、今までの君にとってはそうではなかったようだしね」


 これが日常の一部とまでは言わないまでも、日常のすぐそばにあるのか。


 やはり、剣と魔法の世界は鉄と血が現代日本よりもはるかに身近にあるものらしい。


 Ak 5Cを構え、マルグレーテさんと共に慎重に豚顔のハイ・オークに近づいていく。成形炸薬弾を撃ち込まれた以上すぐに死ぬだろうと思っていたが、驚くべきことに奴はまだ生きていた。


 しかし流石に息も絶え絶えだった。当然だ、腹に大穴が開いているのだから。小さい穴もいくつか開いており、そちらが20mmであろうことは想像がつく。だが20mmでもそれほど大きな裂傷になっていない。しかも近づいてくるこちらへ向けて殺意の視線を向けてくる。とんでもない奴だ。


「まだ生きているとはね。焼き払うか、それとも何かしら試しておきたいことはあるかい?」


 マルグレーテさんがそう訊ねてきた。


「それじゃあ、お言葉に甘えて…」


 俺が試しておきたかったのは、手持ち火器でこいつに有効なものはあるのか、ということだった。つまり、対戦車ライフルがこいつの頭蓋を撃ち抜けるのか、知っておきたかった。


 将来的に対物狙撃銃を手に入れられた時、これができるのとできないのとではコイツに対する対処の幅が違う。生身でも遠距離から安全に狩れる可能性がある。


 背負っていたアイテムボックスを降ろし、ボーイズ対戦車ライフルを取り出す。例のアレにどう対処しようか思案していた時、苦し紛れに召喚したやつだ。


 とても重いので、地面に伏せなければとてもではないが撃てたものではない。地面に伏せ、念のため銃の各種確認をし、狙いを定め(るまでもないのだが)、引き金を引いた。


 重い爆音があたりに轟いた。豚顔のハイ・オークの脳天に風穴が開き、一瞬痙攣した後、豚顔のハイ・オークは息絶えた。


「ふむ…それは十分な威力があるんだね」


「ええ、そのようですね…」


 対戦車ライフル食らって弾け飛ばないナマモノとかそれだけでもなかなか狂ってるがな…これ、一応ソフトターゲットというべき存在だよな?本当に生物なんだよな?コレ…


 だが、より悪い方を想定して確認しつつ、知識を得ておく。


「いろいろ詳しいであろうマルグレーテさんに専門家としての意見を伺いたいんですけど、死にかけだと柔くなったりしませんよね?」


「そうだね…死んでいるならともかく、息があるうちはまずないね」


 ああ、よかった。対物ライフル以上の口径でも弾けない化け物が、それ以上の化け物じゃなくて。ほっと胸を撫で下ろした。


「なら、安心してこいつで狙撃するっていう選択肢を取れるようになりました」


 軽車両と組み合わせた一撃離脱にすればある程度効果的だろう。MAVを持ち込めない森の中での戦闘などに役に立ちそうだ…いや役に立つ機会があってほしくはないが。こんな二足歩行装甲車紛いのバケモノとやり合うなんざ二度とごめんだ。


「で、どうだい?大丈夫かな?戦闘の興奮からある程度冷めた状態で人型を殺すのは」


「…あまり気分のいいものではないですね、やっぱり…」


 正直な感想だ。ぼちぼち割り切れるようになってきたとは思うが、やっぱりまだ気分のいいものではない。


「まぁ、そんなもんだろうさ。魔物禍の被害なんか見たらまた考えも変わるかもしれないがね。血と肉と死体には慣れたかい?」


「ぼちぼち…ですかね。しかしまぁ、臭いですね…」


「臭くなけりゃ避けることもできないからね」


 マルグレーテさんはそう言って笑った。なるほど、一理あるかもしれない。


「これに慣れれば死体にもすぐ慣れるさ」


「そんなもんですか」


「そんなもんさ」


 カウンセリングとかそういう概念のある現代人からするとそんなもんではないと思うのだが、流石に冒険に満ちた世界の住人は大雑把だ。


 ま、実際そんなものでいいのだろう、この世界では。死は身近で、ゆるいものなのだろう。死を避けられることが当たり前になった、現代と比べれば。



「ところでこの大量の死体、こんなところにほっぽっといていいものなんですかね?」


 今まで魔物と戦ったのは道なき森の中だ。文明人なんか来やしない。…この暴走お姉さんは文明的だが野生だと思う、いろんな意味で。それはともかく、そういうことだから死体を放置しても問題になるとは思ってない。


 だが、ここは人里と人里を結ぶ道のそばだ。血と肉で獣を呼び寄せると大惨事になりかねない。


 それと、「お約束」によればこの手のは資源になる。


「ん?ああ、そういえば今まで魔物の死体は放置してきたんだったね…まぁ、とりあえず魔物の死体の価値については後で教えるとして、今はやるべきことをやってさっさとこの場から離脱しよう」


「やるべきこと?」


「ああ。ひとまず…」


 突然、豚顔のハイ・オークの死体が立ち上がった。立ち上がったといっても、立ててあるものが倒れる映像を逆再生したような動きで、生きている感じは全くしない。


「血抜きをする。【拭浄】」


 マルグレーテ女史がそう一言詠唱すると、たちまち豚顔のハイ・オークの死体の銃創からおびただしい量の赤黒い血が流れ出た。


「ファッ!?」


「これは【拭浄】という魔法でね、本来は衣服の清掃やなんかに使うものなんだが…ちょっと応用を効かせればこういう使い方もできる」


「なにそれこわい」


 ジッサイ怖い。血が蛇口から流れ落ちるかのごとき勢いで流れ出ているとかいう究極にホラーな見てくれもあって怖すぎる。これ傷ついた状態でやられたら即死なのでは…?


「別にまぁ肉や毛皮が求められるわけでもないから血抜きはしなくてもいいんだが、空間魔法に放り込んでおくから気分と、あとやっぱりこれを()()()()()()に持ち込むときに酷いことになるからね」


 まぁ、血だまり広げられても困るわな。空間魔法の中にせよ、中身を取り出して展開する先の冒険者ギルドにせよ。というかやっぱりあるのか「冒険者ギルド」…


「冒険者ギルド、ですか」


「ああ、それについての説明は後でしよう。他のオークやゴブリンについてだけど…」


「今更ですけど殆どバラバラになってますよね…」


 20mmで薙ぎ払ったのだから当然の帰結だ。


「うん、もとより素材に価値のある魔物じゃないし、討伐証明についても回収が難しそうだね…」


 急速血抜きを終えた豚顔のハイ・オークの死体を空間魔法へ押し込みながら、マルグレーテ女史は続ける。


「オークのほうは回収できるだけ回収するか。あれは討伐報酬がそこそこだ。なんとか形は留めているだろうから回収できるだろう。ゴブリンのほうは…全部血煙になってるか。討伐報酬が安い魔物筆頭だし放置でもよかろう」


 結構雑だった。


「血の臭いで道に魔物が寄ってきたりはしませんか?通行人の迷惑になったりは…」


「寄ってくるだろうね…けどまぁ大丈夫じゃないかな、概ね道より森側だし、そもそも血煙になったやつとか回収しきれない」


「まぁ、それもそうですね」


 確かにどうしようもないのが多そうだ。気にするだけ無駄か。


 しかしあれだな。俺が今後も食うために戦い続けるなら、常にこの被害がまき散らされるってわけだ。戦い方は考えないとな…周囲への影響もそうだが、まずこの死体の臭いとスプラッタな状況に俺の精神が持ちそうにない。


 で、オークのバラバラ死体を回収するのはいいとして、どう運ぶんだ。


 ああ、アイテムボックスか。


「…バラバラ死体はアイテムボックスに入れても問題ないものなんですかね?」


「基本的には魔物の死体だって入るね。中のものは入れたときのまま出てくるから、他の物が汚れる心配とかはしなくていいはずだ」


「時間が止まる、ってことですか?」


「ほう、難しい概念をよく知ってるね。そう、中の時間は止まっているんだ」


 ()()()()アイテムボックスがそうなのだろう。ならば神様のくれた便利アイテムがそうでないはずがない。…だよな?


「ああそうか、デカブツも君のアイテムボックスに入れてもらえばよかったか」


「移しますか?」


「…そうだね、すまんがそうさせてもらおう。私の空間魔法、それほど容量あるわけじゃないからね…」


「あれが入る時点で大概だと思うんですがそれは…」


 ともかく、俺たちはオークのバラバラ死体を集め――非常に気分の悪くなるものだが、マルグレーテさんに励ましてもらいながら、というかこれだけあると嫌でも慣れた――、マルグレーテさんに魔法で一気に血抜きしてもらってから革のトランク(アイテムボックス)に放り込んでいった。


流石にただ止めを刺して死体を回収する話に二話かけるわけにはいかないと思い無理やり終わらせた次第

冒険者まわりの設定は次回詳しくやります、というか早ければ次回にもその冒険者ギルドに乗り込みます

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