第二話 戦闘
【敵を排除せよ】
さぁ戦闘だ。
引きつけるか、気づかれる前に殺るか。
しばし逡巡し…俺は安全装置を外し狙いを付けた。この距離から撃つ。
相手は人型、四足歩行の獣ほど速くは駆けられないだろう。引きつけていたら危ないが、この距離ならそうすぐには近づかれない。そしてそれなら、アウトレンジから一方的に打ち込む飛び道具というこちらの強みを最大限活かせる。そしてその飛び道具は弓でも、連射の利かない火縄銃やボルトアクションライフルでもない。こいつは20発までは引き金を引きさえすれば予備動作なしで必要十分な殺傷力を持った鉛弾を撃てる、自動小銃という名の文明の利器なのだから。腕は数で補う。下手な鉄砲数撃ちゃ中る、だ。
最初に狙うのは一番後ろを歩いているやつだ。とはいってもそこまで離れているわけではないからすぐに仲間がやられたことに気がつくだろう。照門に目標を捕え、照星を重ね、引き金を…絞る。
思った以上に大きい音が草原に響き渡る。
標的が黒い花を咲かせ、膝から崩れ落ちる。
中った。湧き上がる感情のカオスを追い払う。すぐに狙いを混乱している二体のうち、右のほうに向ける。発砲。外した。よく狙って…発砲。今度は命中。再び血が…腕が吹っ飛んだ。うわ…考えるな。
直ちに最後の一体に狙いを絞る。こちらの方を見ている。音の方向を聞き分け、どこに敵がいるのか探しているようだ。狙いを定め…っ!
目が合った。目が合った!
思わず引き金を引いてしまう。一直線にこちらへ向かって来る。斃れない。外した!
落ち着け。落ち着け。再度照準を向ける。走っているから的が揺れる。中る気がしない。
いや、こっちはまだ16発撃てるんだ。落ち着け。それでも近づかれたら拳銃を抜いて撃ちまくればいい。落ち着け。落ち着け…
刹那、時間がゆっくりになった。動きを加味しても中る場所に狙いを重ね、撃つ。
黒い血が舞い、今度こそ敵は斃れた。
ふう。5発か。意外と中った。ビギナーズラックってやつだろうか。
いや、それを差し引いてもよく中ったな。素人がこんなに中てられるものじゃないだろう…おそらくは神様のありがたーいお節介だな。感謝しないと。しかしなんだか気分が悪いぞ。グロ動画@アイボールセンサーのせいか…?
…待てよ?
三つあった赤いマーカーのうち一つが白くなっている。
【倒した魔物は白いマーカーで表示される】
メッセージウィンドウが自己主張する。つまり、敵は一体減った。逆に言えば、一体しか減っていない。一体は確実に殺ったが、残る二体はまだ、生きている。
拙いな。最後のやつなんか結構近いぞ。手負いの獣はなにかと周囲に災いを呼ぶものだし、俺自身が背後を突かれないとも限らない。止めを刺さなければ。
動き…アイテムボックスという名の革のトランクと予備のマガジンをどう一緒に持って行くんだ。というかそれ以前にトランク持ちながら片腕でFALは撃てん。
仕方ない。FALの予備マガジンは仕舞い、代わりにP225の予備マガジンを追加で一つ取り出し、さっきとは反対のポケットに入れる。FALはキャリングハンドルを持つ。FALを撃つときはトランクを置こう。
少しづつ近い方のやつが倒れたところへ近づいてゆく。50メートルくらいまで近づいたところでトランクを置き、矢印マーカーから推定できる敵の位置へめがけてFALを撃つ。
一発、二発、三発。アイコンが白へ変わった。やったようだ。残りは12発…しかしさっきは夢中だったから気がつかなかったが…やはりFALは反動が強い。知識としては知っていたが、想像以上だ。撃つたびストックが食い込む肩が痛い。これではフルオート射撃など無理なのも当然だ。米国企業がこれをカスタムしたSA58はフルオートで撃てると言うが、よくぞこれをフルオートで撃てるように仕立てたものだ。
…そういえばファンタジー世界に持ち込める銃はこれだけなんだろうか。ちと寂しいな。いや、今の今まで実銃に触ったこともなかった奴には贅沢か。
そのまま残る一体の元へと向かい、同じ要領で撃つ。一発、二発、三発、四発……十一発。残り一発。
あれ?
アイコンが変わらない。中ってない。
どうなってる?
草はそれほど背は高くないが、俺もやったように伏せればなんとか隠れられる。奴が伏せているのか倒れているのかはわからないが、様子が見えないことに変わりはない。
できることなら近寄りたくないしここから仕留めたいが、この先どうなるかもわからない状況で、これ以上メインウェポンの弾を消費するのは避けたい。となると…近づいて確かめる他ない。
一旦FALとトランクを地面に置き、ベルトに挟んだP225を抜く。スライドを引きハンマーを起こしつつ弾を装填。これで撃てる状態だ。いつでも撃てる状態にしたP225を右手に構える。近づいて、襲ってきたらこれで止めを刺す。襲ってこなくても撃って止めを刺す。
FALはキャリングハンドルを持つことにして、トランクと一緒に左手で持つ。トランクを持った左腕を盾のように前に構えながら、じりじりと近づいてゆく。
もう目と鼻の先まで来た。まだ敵の姿は見えない。窪みでもあるのか?
その瞬間、ゴブリンが飛び出してきた。
刃が光る。
やられる。
殺気が肌を刺す。
やられる!
手に伝わる反動で、いつの間にか発砲していたことに気付いた。考えるよりも早く引き金を引いていた。
夢中で撃ちまくる。
明らかに手ごたえがあった。
しかし奴は斃れない。
ナイフを構え、こちらへ一直線に突進してくるゴブリン。みるみる距離を詰められる。
咄嗟に左手を前へと突き出した。奴のナイフがトランクに当たり…逸れた。突進の勢いでゴブリンが左の脇へと抜けていく。素早くそちらを向き、背中へ向けて無我夢中で引き金を引き続ける。
【敵を排除した】
そのメッセージウィンドウが現れるまで、俺は斃れたゴブリンへ向けて弾が残っていないことにも気づかず引き金を引き続けていた。