第一五話 離脱準備(後編)
念のため非常食を初めとする一通りのアウトドア必需品も召喚してアイテムボックスへ放り込み、トランク用のベルトを召喚し、アイテムボックスを背負えるようにする。これでひとまず準備完了だ。
さて、一通り準備を終えたがもうしばらくお姉さんは戻ってこなさそうだ。まぁこんなとこまで来たあたりしばらく身体洗ってないだろうし、もしかすると風呂というものが初めてなのかもしれない可能性だってあるわけだ、そりゃ時間もかかるか…考えるのはやめよう。まったく中坊か。そうだよ身体は中坊なんだよ。
ともかく武器はどうにかなった。まだ時間があるので、もう少しあると便利なものを探してみる。
乗り物が欲しい。MAVは使えないにしても、お姉さんが魔法を使えるようになるところまで、というかMAVで移動できるようになる森の外まで可能な限り迅速に移動したい。そのほうがオークを初め魔物との遭遇率も下がるだろう。長居は無用だ。
しかし森の中の移動だ。何がいいだろうか。マウンテンバイク?オフロードバイク?お姉さんが乗りこなせるとは思えない。オフロードで二人乗りは危険極まりないし、俺にそんな技術はない。それ以前にあの柔らかさの暴力を押し付けられ続けたら気が狂う。
極力小さくて4輪で二人が乗れる、とりあえずはそれだけでいい…と、いい感じのものが目に留まった。
TERYXという、バイクメーカーのカワサキが日本国外向けに販売している全地形対応車だ。全地形対応車は基本的に小型で、その名に恥じず非常にオフロード性能が高い。このカワサキTERYXはちょうど二人乗りで、ある程度荷物も載せられていい感じだ。当面の足はこいつとしよう。
早速召喚してみる。うむ、いい感じだ。運転は…げ、左ハンドルか…まぁ、日本やイギリスの公道じゃないしなんとかなりそうだ。MAVを運転したからか、ノーマルスキルに「運転」が加わっていたしな。
タブレットでトレーニング施設内に森の環境を再現してもらい、少しだけ乗り回してみるが、オフロードらしく死ぬほど揺れることと左ハンドル故の違和感以外特に問題はなかったのでアイテムボックスへ。
少し心配になったのでアイテムボックスの上限は先ほど確認したが、現状全く問題にならないレベルだった。その気になれば軍艦一隻くらい入るらしい。これ自体がなんらかの攻撃手段として使えそうなレベルだ。
さて、これで足も確保できた。あとは…
そうだ、グレネードのバリエーションも見ておかねば。今まではスモークしかなかったが…お、スタングレネードがある。こいつはいいな。
スタングレネードまたの名をフラッシュバンは、強烈な閃光と爆音で一時的な失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状と、それらに伴うパニックや、車酔いのように平衡感覚が崩れた状態を発生させ無力化する、非殺傷兵器だ。基本的には閃光と爆音が拡散しにくい閉所での戦闘に用いるものだから、どうあがいても屋外戦闘となる奴との戦いでは活かしにくいかもしれないが、こいつはそれほど破壊をまき散らさないからとにかく使いやすい。どれだけ頭蓋骨が硬かったとしても、網膜と鼓膜を強化できる生物はいないしな。沢山召喚してアイテムボックスに入れておこう。何発かは常に持っておこう。
それこそフラググレネードがありゃ助かるんだがなぁ。焼夷手榴弾のほうが奴には効くかもしれないが…森の中だしな。
お、古いものがいくつかあるな。あまり詳しくはないのでどれがいいかはわからないが、ドイツのM24型柄付手榴弾なんか個人的に好きだ。これもある程度まとまった数出してアイテムボックスに入れておき、数発は持っておこう。
…対戦車戦闘用の収束手榴弾もあるな。そうか、こういう手もあったか。結局対戦車ライフルと同様、恐竜的と言われるように戦車の進化が著しかったあの時代の対戦車戦闘には不足だったものの、威力的にはおそらく奴を屠れる。だが…さすがにこいつは危なっかしいから使いたくないな。使用者が危ないほど威力が強いなんて曰く付きの代物だ。投げて使うものである以上あまり高威力なのも考え物だ。だが一応、最終手段としてアイテムボックスの中に入れておこう。練習できるのならしておいたほうがいいな。
ついでに他の一般的な各種グレネードの使い方に関してはお姉さんにも練習してもらっておいたほうがいいかもしれない。助手席からサポートしてくれると、お姉さんが魔法を使えるところまで辿り着く前に奴と遭遇した場合、こちらは運転に集中したいのでとても助かる。
ぼちぼちお姉さんもお風呂あがってるかな?そろそろリビングに戻ろう。
「のわぁ!?」
「ん?」
リビングのドアを開けたら、何故かお姉さんが着替えていた。待てやなんで洗面所で着替えなかった!?
慌てて扉を閉める。まったく心臓と理性に悪いったらありゃしない。
というか俺洗面所で着替えろと言ったはずなんだがなぁ…誘ってるのかな?でも手を出したら切り刻まれるビジョンしかない。食中植物か何かかな?
しかし謎の光が差し込むようなところは見えてなかったが、肌着を着ているところだった。肌着はキャミソールのようなものだったが、どうやらブラジャーというものはないらしい。ブラジャーはコルセットの胸の部分が残ったものという話を聞いたことがあるが、そうだとするならまだ発明されていないのかもしれない。もしかするとこれは異世界転生モノお約束の商機か?
それにしてもやはり大きかっt…
「なんだ、気にしなくてもよかったのに」
「ぬわーっ!?」
頼むからやめてくれ!とことん心臓に悪いな!
「いやぁ、さっぱりしたよ。まさかこんな辺鄙なところまで来て身体を清めるだけでなく風呂に入れるとはね!来たかいがあったというものだ」
などと宣っているお姉さんだが、にやけ面を隠しきれてないぞ。いや隠してすらいないな、これは。というかいろいろなところが見えていてとにかく目のやり場に困る。
「珍しいんですか?お風呂は」
「土地によって差はあるが、ライプニッツ帝国じゃ珍しいね。公衆浴場なんてのもないから、風呂に入れるのなんて王侯貴族か大商人くらいのものだろう」
なんとか話題を逸らしてみたが、直後に無駄な努力であったことを悟った。
「しかしなんだ、君はシャイなのかな?助けてくれた恩もあるし、着替えを覗くくらい別に構わなかったのに。減るもんでもなし」
減るよ!ハートが極限まで削られるよ!
主人公のスキルの状態についてはこのパートが終わったあたりで確認する機会があると思います。




