初老というにはまだ若い(2)
藤野丞は小説家である。
今まで数十もの物語を形にして来た。
そのうちの何冊かは本人曰く"そこそこ売れた"。
それなりの誇りを持って小説家、と名乗れる。それだけの実績はあった。
ところが。
「……書けん」
まっさらな原稿を前に、丞は途方に暮れていた。
彼は所謂、スランプ真っ只中にいた。
ーそうですか。あの、先生。小説が書けないようであれば、エッセイなどいかがですか?
あまりにも筆の進まない丞に、編集の高野は電話口でそう切り出した。
「は?エッセイ?」
「そうです。藤野先生のことを書くんですよ」
「私のこととは……」
「先生の好きな食べ物とか、趣味のこととか」
「…………」
丞は絶句した。
藤野丞の作品といえばエログロてんこ盛りの猟奇ホラー。
子供に読ませたくない本、として名前が挙がることも多々あった。
「いや、なにも面白いことなんてないですよ私の生活に」
「だからいいんですよ~」
「人を拷問したり殺して食べたりなんてしませんし」
「あまり前じゃないですか。そういうことじゃなくてですね~」
高野は力説する。
「あの藤野丞が書いたエッセイ!ほのぼのとしたひとりごと!あの藤野丞がですよ!」
「……はあ」
「そのギャップが良いじゃないですか」
「…………」
ーまあ、考えておきます。
そう、丞は適当に濁して電話を切った。
……エッセイねえ。
突然言われても、畑違いのジャンル過ぎてなにを書けばいいのかさっぱり見当がつかない。趣味のことでも書けばいいのだろうか。
「しかし、趣味と言ってもなあ……」
若い頃から物書きを目指し、空いている時間は全て構想に費やしてきた。
寝て、起きて、書いて。その繰り返しの日々だった。
人間関係すらおざなりにしてきた人間に、自分のことを書けと言われてもさっぱりである。
とりあえず、思い立った丞は上着を羽織ると外へ出た。