初老というにはまだ若い
ーお茶、いかがですか?
軽めのノックが二度聞こえて、藤野丞は淡く光るパソコンの画面からパッと目を離した。
「おとうさん。一緒にお茶飲みませんかー?」
丞がそろりとドアを開けると、声の主ー藤野さとみがにこにこと笑って言った。
「すみません、お仕事中でした?」
「いやいや、ちょうど休憩しようと思ってたところなんだよ」
軽く伸びをしながら、丞が応える。
「よかったー。もう、勇斗ったらおじいちゃんとおやつ食べたいってきかなくて」
困ったように口許に手をやり笑うさとみに、丞もつられて笑い出す。
「ハッハッハ。それじゃあ急がないと。ここを少し片付けてからすぐに行くよ」
そう告げて、丞は仕事場のドアを閉めると、放り出されたパソコンの画面ー白紙の原稿を眺め、ため息をついた。
「…………」
「やあ。お待たせお待たせ」
「じーじ!遅いよ」
「ごめんごめん」
リビングに来た丞を賑やかに迎えたのは5歳の男の子ー丞の孫、勇斗である。
「今ね、ママがお菓子出してくれるよ!」
「おや。そりゃあ楽しみだ」
「はーい。お待たせしましたー」
ちょうどキッチンから出てきたさとみが言う。
茶菓子と人数分の湯呑みが乗った盆を持っている。
「お隣の田村さんのおばあちゃんから頂いたんですよ。大黒屋の羊羮」
「へえ。そりゃまたいいものを頂いたねえ」
「僕ケーキのほうがよかったー」
「勇斗ったらもー」
テーブルに用意をしながらさとみが軽く嗜める。
「せっかく田村のおばあちゃんがくれたのに。文句言ったらダメよ」
「ハッハッハ。そうだなあ。ケーキは今度じいじが買ってこようか」
「えー!やったあ!」
「まあ!すみませんおとうさん」
「いやいや。そうだな、勇斗くらいの子には羊羮はそんなにうまいものじゃないよな」
ケーキ楽しみ!と言いながら置かれた羊羮のひときれを頬張る勇斗に、あんまりワガママ言わないの、と諌めるさとみ。
「…………」
ー勇斗が5歳ということは、息子夫婦と一緒に暮らし初めて5年経つということか。
丞が思いを巡らす。
配偶者の親との同居なんて、今日日嫌がる人間のほうが多いだろうに。
なんやかやと仕事の忙しい息子が家に居ないときにも、こうしてお茶を用意して団欒のひとときを味わわせてくれる。そんな、明るいお嫁さんが居るというのは、この時代喜徳なことだと丞は知っている。
「あ、おとうさん。お茶おかわり淹れましょうか」
「ああ、すまないね。ありがとうさとみさん」
柔和な笑みを浮かべて、丞は応えた。