なんで
何日が、経っただろう。
たくさんの、人間に遭った。
いくつ、石を投げられただろう。
何度、追いかけられただろう。
それでも、クロを咥えたまま、僕は走った。
“…そうか”
僕を見た瞬間、トラは全てを悟ったように呟いた。
“どこか、埋めてやる場所は決まってんのか?”
首を横に振る。
埋めないよ。
ずっと、こうして生きていくんだ。
僕は、クロと一緒に。
いつまでも、一緒に。
だって、約束、したから。
トラは全てを見透かしているように、ケッと唾を吐いた。
“馬鹿か、お前ぇは”
トラは何かを思い出すように、空を見上げた。
“腐っちまうぞ、そいつ”
…知ってる。
“あの生意気なチビが、それを望んでると思うか?”
…そんなの、何度も考えた。
でも、僕は、クロを…。
返事をしない僕に、トラは溜め息を吐いた。
“手伝ってやる。今から…埋めに行くぞ”
“……”
“そいつの死を…悼んでやれ、シロ”
僕は、クロを地面に横たえた。
小さな体は、もう、動かない。
―――――何言ってるの?
―――――なんで来ないって言い切れるのよ!
―――――アンタのご主人がそうだったとしても、わたしのご主人はそうじゃない!
初めて逢った時、気の強い子だな、と思ったんだ。
―――――どう!?満足!?自分の言った通りになって、ざまぁみろって思ってるんでしょ!
―――――じゃあ…じゃあどうすればいいのよ!どうすれば辛くなくなるのよ!教えてよ!
―――――どうして…
―――――どうしてわたしたちがこんな目に遭わなきゃいけないの!
あぁ、今、本当にそう思うよ。
目の前に横たわる君を見て、本当に、どうしてだろうって。
―――――シロ。
―――――シロでどうよ、あなたの名前。
君は、名前をくれたのに。
―――――ごめん…。
―――――でも、偉い奴なんでしょ。…シロまで睨まれちゃったらどうするの。
君は、心配してくれたのに。
―――――だから、安静に寝てろって言ってんでしょうが!シロに狩りの仕方はもう習ったんだから、私だって出来るわよ!
君は、看病をしてくれたのに。
―――――うるさいわね。私の勝手でしょ。
―――――…早く治りなさいよ、バカ。
君は、寄り添ってくれたのに。
―――――…わぁ…。
―――――花言葉って何だったの?
君は、好奇心に瞳を揺らしてくれたのに。
―――――…そうね。私たちに、ぴったりね。
君は、笑って、くれたのに。
なんで…何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で!
「にっ…にゃああああああああああっ!」
何で、君は今、僕の前で息をしてないんだ!
涙は流れない。
泣くことすら、僕らには出来ない。
その分、大きく鳴いた。
クロの死んでしまった現実を跳ね除けるように。
命の価値を勝手に決めつける人間どもを蔑むように。
「にゃああああああああああああああっ!にゃああああああああああああああああああああっ!」
トラは、黙って僕を見ていた。
神聖な儀式を見守るように、片目で、じっと。
「にゃああああああああああああああああっ!ああっ…にゃ、…ああ…!」
声が出なくなり、僕は優しくクロを咥える。
“治まったか?”
小さく頷く。
“じゃ、行くぞ。お前が全力で叫んだおかげで、そろそろ人間が殺しにくるだろうからよ”
そうだった。そうだったね。
この世界は、やっぱり生きにくい。
僕らは、その場から走って逃げた。
着いたのは、あの日の花畑だった。
シザンサスの花畑の片隅に、トラと穴を掘る。
そこにクロを横たえると、周りから集めてきた葉を、そっと被せた。
“ほらな、言っただろ”
トラの言葉に、僕は返事をしなかった。
僕の頑なな態度に、トラは長い溜息をつく。
“…まぁ、威勢のいいチビだったからな。…少し、残念だ”
“え…トラはクロのことが嫌いだったんじゃないの?”
振り返ると、トラはクロを見ていた。
“生意気な奴は嫌いじゃねぇよ。俺が、そうだったからな”
そして、僕に目を向ける。
“少し、昔話に付き合ってくれや”
そう言って、トラは暗くなった空を見上げた。