どこか遠くへ
“…ねぇ、シロ”
“何!?”
何でも言って、何でもするから。
きっと、僕が風邪を感染してしまったんだ。
僕が、隣に寄り添うことを許したから。
僕が、隣に居てほしいと願ったから。
きっと、そのせいだ。
子猫の風邪は、治りにくい。
ちゃんとした病院に連れて行かないと。
そう思うのに、クロはそれを許してくれない。
荒い息のクロは、小さなお腹を激しく上下させながら言う。
“あの花の花言葉は…いつまでも一緒に、なんでしょ…?”
“そう、そうだよ…だから病院に…”
“シロ。…分かってる、でしょう…?”
……そうだ。分かっている。本当は、知っている。
病院で治してもらうのは、無理だ。
猫は、人間がいないと、動物病院には入れない。
お金を払う人間がいないと、僕らは生きることさえ許されない。
“ねぇ、シロ”
クロは、訴えかけるように、縋るように、僕を見つめる。
“わたしを…独りにしないで…”
いつまでも、一緒、なんでしょ?
それが、クロの最期の言葉だった。
―――――あっ…という間だった。
幾千もの宝石が散りばめられたような夜空。
クロが、旅立った。
僕は、息をしていないクロを咥えて、走った。
何処へ行くか。
そんなこと、決まってない。
ただ、何処かへ。
僕らを、傷つけない場所へ。
僕らを、捨てない場所へ。
どこか…遠くへ。
僕は、走った。