風邪
“何やってんのよ、もう!”
クロの怒りはもっともで、僕は苦笑で応える。
“ごめんねぇ、クロ”
“ごめん、じゃないわよ!”
クロの威嚇を見るのは、久しぶりだ。
そんなことを考えていると知られたら、また怒られるんだろうけど。
“何考えてるの!?この雨の中、狩りを続けるなんて!”
橋の外側では、弱々しい雨が降っている。
この降り方は長引きそうだな、と分かっていたのに、今日の分の食料が捕れるまで粘ってしまったのだ。
僕は何日も食べないことに慣れているけれど、まだ野良になりたてのクロは空腹に慣れていない。
クロの悲しそうな顔が頭に浮かんだら、引き返すなんて選択肢は消えてしまった。
クロのために、なんて答えたら、怒られるどころか悲しませてしまうかもしれない。
だから、それを悟られないように、目を逸らしながら答える。
“…何か食べ物を、と思って”
“それで風邪ひいてどうするの!”
“いやぁ、全くその通り”
“笑ってるんじゃないわよ!”
クロは怒ることに疲れたのか、威嚇を止めた。
“…もういい。シロは安静に寝てて。明日から食べ物を捕るのは私がやるから”
“うん…。ごめんね。でも、本当に大丈夫?僕もついていこうか?”
“だから、安静に寝てろって言ってんでしょうが!シロに狩りの仕方はもう習ったんだから、私だって出来るわよ!”
勢いに押されつつ、僕は小さく注意する。
“狩るのは虫とかだけで良いからね。鳥は口ばしが鋭くて危ないから近づかないで。あと、人間にも十分気を付けて…”
“過保護すぎよ!シロは私のお母さんか何かなの!?”
でも、心配なんだよ。
口にしていないのに伝わったのか、クロはギロッと僕を睨んだ。
誤魔化すように目を逸らしていると、不意に体の右側が温かくなった。
“クロ…?”
寄り添うように隣に座ったクロに、僕は困惑する。
“クロ、そんなに近くに居たら風邪が感染っちゃうよ”
“うるさいわね。私の勝手でしょ”
“えぇ…?”
でも、その温もりを手放すのは惜しかった。
“…うん、ありがとう”
僕が言うと、クロは目を閉じて呟いた。
“…早く治りなさいよ、バカ”
“迷惑かけてごめんね”
次の日の夜、狩りを終えたクロに謝った。
クロは珍しく怒らずに苦笑する。
“何度目よ。シロのごめんはもう聞き飽きたわ”
“あ、ごめん…”
“ほら、また”
クロは僕に寄り添ったまま、夜空を見上げた。
“気にしないで。多分、私が野良で生きてこられたのはシロのおかげだから”
“えっ…”
僕は驚いて咳き込んだ。
“シロ!?大丈夫!?”
“クロに…感謝された…!”
“驚きすぎでしょ!まるで、私が全くそんな素振り見せなかった、みたいな言い方ね”
感謝していたとしても、クロがそれを素直に言葉にするとは思わなかった。
“クロ、今日は素直だね”
“…風邪を引いてるから優しくしてみただけ。特に意味はないわよ”
おやすみもなく、クロは目を閉じた。
僕も目を閉じる。
明日の光を見るために。