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トラの昔話

もう、何年も昔の話だ。

俺には、好きなメス猫がいた。

そいつも捨て猫でよ、何度教えても狩りが出来やしねぇ。

あんまりに出来ねぇもんだから、生きる気がねぇのかって怒鳴ったほどだ。

でもな、あいつにはあいつなりに狩りが出来ねぇ理由があった。

“可哀想”、って、あいつ、言ったんだ。

俺らは食わなきゃ生きていけねぇし、人間なんて食いもしねぇ動物を大量に殺してんだぜ?

なのにあいつ、“それなら私は死んでもいい”なんて…ただの馬鹿だよな。

“おかあさんのご飯は美味しいんだよ”って、“だから、鳥さん食べないであげて”って。

可笑しいだろ。

お前の言う“おかあさん”ってのは、お前を捨てた奴だろうがってな。

…本当、馬鹿な奴だった。


あの頃は、まだ若かったからなぁ。

こいつを絶対ぇ守ってやるって、自分の力を信じて疑いもしなかった。


でも、ある日、そいつが人間に捕まっちまってな。

五、六人の人間がよ、寄ってたかってそいつを蹴ってんだよ。

ふざけんなって思った。

もちろん、助けに行ったさ。

そして、片目は潰されちまった。

その代わり、人間はその場から追い払うことは出来たんだけどな。

そいつは、傷が深すぎた。

“ごめん…”って、あいつ、謝ったんだ。

そいつは、何にも悪いことしてねぇのに。

捕まったそいつを助けてやることも出来なかった能無しの俺に、あいつぁ謝ったんだよ。

最期、何て言いやがったと思う?


“ありがとう”っつったんだよ。


何が“ありがとう”だよ。

俺は助けてやることも出来なかったのに。

可笑しな奴だよなぁ。

本っ当可笑しくて…可笑しいくらい、優しい、奴だったんだ。

ずっと、自分を捨てたような人間が、“おかあさん”が迎えに来んの、待ってた。

“迎えに来てくれたら、君も一緒に連れて帰ってもらえるようにお願いしてみるね”ってな、ずっと、言ってた。


人間が、何を知ってんだろうな。

全知全能みてぇな面して堂々と道の真ん中歩いてるけどよ。

あいつの優しさすら知らねぇ人間って、一体、何をどう知った気でいるんだろうな。

…でもな、目ぇ付けられたら俺らは終わりさ。

人間には俺らの命を摘むのなんて、枝を折るより簡単なことだろうよ。


刃物で潰された俺の左目は、戒めだ。

好きなメス猫一匹守れなかった、情けねぇ猫の証だよ。







“つまらねぇ話に付き合わせたな”


トラは僕に目を戻した。

僕は、首を横に振る。


“僕も…クロを守れなかった”


“この世界は、どうも生きにくいよなぁ”


トラは笑った。


“捨てられたら、俺らはもう、死ぬしかねぇんだよ。いちいち悲しんでたらキリがねぇ”


“…そう、だね”


“でも、あいつなら、”


クロの上に被せた葉を少し退けると、トラはクロの毛繕いをした。


“あいつは、きっと、泣くんだろうな。あいつなら涙を流せると、俺は思う”


トラは、また空を見上げた。僕もつられて空を見上げる。

そこには、あの日と同じ星空が広がっていた。


“…そういえばさ、トラは、どうして僕に親切にしてくれるの?”


“それは、お前を気に入ってるからだよ”


“気に入るも何も、初めて会った時から世話を焼いてくれたじゃないか”


トラが僕を振り返ったような気配がした。

でも、僕は空を見上げたままだ。


“…なぁに、単純なことだ”


トラは、また空を見上げた。


“あいつも…俺の惚れた猫も、お前ぇと同じ、白猫だったんだよ”


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