車に乗ろう
警備部に連絡をすると車とドライバー、護衛の女性自衛官を一人派遣すると返ってきた。
やはり俺が面倒を見ろというのはそういうことだったらしい。更には護衛付きときたが、それは当然だろう彼女は099号機の本体そのものと言って構わなくて、誘拐でもされたら、国民の血税が吹っ飛ぶのだ。そんなことやれるわけないし、そもそも彼女は無戸籍だ。警察の管轄下に入れられたとき情報がどこで漏れるかわからない現代、非人道的だとかなんとか騒がれてしまってはどうしようもない。
「アテネさん」
「何だ?」
裾を掴むように後ろから歩いてきた099号機の方を振り返りながら聞き返す。
やはり基地の中でしか過ごしていなかったイーグルという戦闘機だった機械のハズの099号機にとって外の風景とは目新しいものなのだろう。こちら側の常識を学習しているなんて言ったって、限度がある。
確かペットとかになる生き物も新しい環境ではストレスがかかって時には死んでしまうなんて聞いたことがあるな。彼女は猫か何かか?変なことを考えてしまった・・・
顔を俯かした彼女の姿を見ると失礼なことを考えてしまったと思い返し、小さく謝る。
「すまん」
ほんの少しの小声だったようだが、彼女の耳にはしっかり届いていたようだった。顔を持ち上げ振り返る彼女の後ろには尻尾がぐるぐると振り回される様子を幻視した、してしまった。
彼女は猫というより犬だ。素直に迎えを待つ姿はさながら忠犬ハチ公、布団を構えて待つ姿はクッションを咥える犬だ。そう考えると、もうそういう風にしか見えなくなり、アテネの心の中ではそういう意識が完全に固められてしまった。
「何がです?」
「いや、急に詰め込み過ぎて、な。服とかも、そういう概念なかっただろ?」
「確かに着るものと言ったら工場から出た時のカバーぐらいなものです」
そういう彼女は芋ジャージの袖をまくり、えらく綺麗で嫋やかな腕を晒し、右手を持ち上げ那覇の風を掴んだ。
「工場のカバーってあれか?粉塵が入ってこないようにっていう」
というか戦闘機にかけるカバーと言えばそう言った、破れる前提のものしか思いつかない。人間に例えるなら全身タイツ生地といったところか。
「そうです」
何か聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がしてバツが悪くなり、あごひげを確かめながら、迎えのパジェロを待つ。
「アテネさん、今日はどこに買い物に行くんですか?」
「リゾートウォークでいいだろ?」
基地のすぐそばにある、モール施設の名前を諳んじた俺は時計を見ながら右手に立つ099号機を見る。
「基地のすぐそこの、デパートですね」
「そ、あそこなら家族連れも多いし目立たないし、何より沢山買ってもなんとも思われないだろ?」
荷物持ちの問題は俺と護衛の女性自衛官が居れば十分だし服のセンスもその自衛官に任せてしまえばいいのだ。黒髪の綺麗なポニーテールで猫顔でスマートな彼女にはどんな服だって似合いそうだが、服を選ぶのに大事なのは好みかどうかだ、俺は姉でそうやって学んでる。
「そうですね、やっぱり芋ジャージで服沢山買うのは変ですよね」
「まぁ普通に考えたらな」
普通に考えて服を買いに行くような人間はオシャレに気を使っているような人間で、少なくとも芋ジャージが飯を買いに行くならともかく、それなりの量の夏服を買いに出かけるなんてそうそうない。周りは不審な目で見るだろう。
遠くから車のエンジン音が聞こえてくる。そちらの方向を見れば基地のパジェロではなく民間仕様のカラーリングの警護用のパジェロが走ってきていた。
「お待たせしました、風見三尉、099号機さん。買い物に連れていきます」
後部座席を開いてから乗り込むと手を差し伸ばして099号機を引っ張り上げる。自動車に乗ったこともないので不器用に乗り込む。一応、アラートハンガーで車に乗り降りするのを見ているはずなんだが、流石にリアルに体を持つと感覚と意識は違うのだろう。
足を軽く引っ掛けこけそうになるのを腕で引き上げる。
「ほら、乗れ」
「あ、ありがとうございます」
礼を言う姿は、それなりに様になっており、人としての行動には特に問題はない。だから上も外出を許可したのだろうが。
「リゾートウォークまで頼む」
「了解です。護衛を担当する一ノ瀬三等空尉です、今後も基本的に外出にお付き合いすることになります。よろしくお願いします」
「あぁ、頼んだ。改めて、風見陸。同じ三等空尉」
「イーグルの099号機です」
「099号機という名前は目立ちますね。咄嗟に呼ぶための名前が欲しいところです」
一ノ瀬三尉がそう呟くが確かに、そうだ。咄嗟に呼ぶとき099号機なんていったって痛い人たちや不審者にしか見えない。ならばどうやって読んだ方がいいだろう?
「099号機さん、今日の買い物の間だけは私の名前をお貸しします。玲子、そう名乗ってください」
「れいこ・・・はい!私の名前は買い物の間は風見玲子と名乗ります!」
隣に座った099号機の腰にシートベルトを止めさせながら、大きく頷く彼女の方に振り返った。
「ちょっと待ってくれ、なんで苗字が俺の名前なんだ?!」
「問題はありません、もう出しますよ?」
「そうですよ、兄妹って言えば通ると思います!」
「あぁ、もう分かったよ」
もう諦めた。諦観してそれを受け入れた。それ以外の方法があったわけじゃないし、思いつくわけでもなかったからな。
それに特に断る理由もなかった。
車が出されて、基地のゲートを抜けていく。