歌には歌を
敵を見つけた。
唾を飲み込む。
雲海に浮かぶ小さな宇宙ゴミ。キラキラと海岸に落ちた硝子みたいに輝くその表面は綺麗に見えた。
「イーグル、まずは様子見だ」
「了解!」
ゴールデンイーグルがABを点火し前に飛び出した。マッハ1.5まで一気に加速した機体を追いかけるように私も出力を上げ、緩やかに進む。
エアブレーキを展開して旋回し、ゴールデンイーグルが発砲。
キラキラ光る表面から何かが漏れ出すように光る。
あっと声を上げ、アテネさんに叫ぶ。
映像では宇宙ゴミが光った後、歌が流れていたそうだ。そして、私にあの歌は聞こえない。つまり、もしかしたら今流れているのかもしれない。さっきは私が呼びかければ、意識をぎりぎり保っていた2人は、フラフラしながらも目を覚ました。今も、気を失いかけているのかもしれない。そう思って必死に呼びかけた。
一度目の攻撃を行ったまま、下に膨らんで降下した私たちは、高度4500から水平になり上昇に転じる。
「アテネさん!」
「大丈夫だ、ギリギリ耐えてる」
弱弱しい声が響く。交差する瞬間まで何ともなかったのに、アテネさんは攻撃を行った後、パンチを喰らったボクサーのように唸っていた。
それが歌のせいであることは間違いない。
右足を蹴りだしてに差し出すと、尾翼が操作されて上昇に変わる。空気を切り裂きながら尾翼が動く。
「2度目の攻撃だ!サイドワインダーを撃った後、イーグルは突っ込め。俺は離脱してガンを使うタイミングを狙う」
「ラジャー!」
応答するように叫ぶと、空中を蹴るように旋回する。
エアブレーキを展開し、頂点で曲がった。
機械の主翼がたわみ、張力でビンと伸びる。オーバーGのかかった状態で上に上昇して縦ターン。
踊るように腰を曲げ、捻り、宇宙ゴミに正対する。
先行して旋回したゴールデンイーグルが主翼下のサイドワインダーを2発発射した。
月明かりに照らされ伸びる燃焼煙。
サイドワインダーという名の機械の弓矢は正確に大きく光る敵を貫く。そう思った瞬間、宇宙ゴミが眩しいぐらいに光り、私にも聞こえるぐらいの小さな音が耳に届いた。
「な、なにっ?」
問いかけるように叫ぶ。
アテネさんたちは離脱しようとしていたが、ゴールデンイーグルは左右に振れた。
「うっ・・・ぐっ」
「アテネさん!ギブリさん!」
小さな音、間違いない、歌だった。正確には空域を振動させるぐらいの大きな音だ。
私が聞いたのは歌ではなく、空気の震える音。そしてサイドワインダーは、放たれた振動波でシーカーの中の信管が作動し、爆発してしまった。
ただでさえ、少しでも歌を聞いただけで意識が遠くなるというのにそれを膨大な音量にした宇宙ゴミは、更に光る。
2度目の振動。
表面がピリピリする。
アテネさんが苦しみながらも離脱した。追いかけるように上昇すると、キャノピーの中で彼は項垂れている。2度に亘った音響攻撃で、彼の意識はもう風前の灯となっていた。
「イーグル、やばい・・・」
彼の声は震えている。怯えたような声でどもると、空域から離脱するように機首を振った。
「アテネさん、ギブリさんは?」
ゴールデンイーグルに寄り添うように飛び、先ほどから無線に声が上がらない隊長さんの安否を確認すると、キャノピー後部から、手が振られるのが見えた。
「だい、じょうぶだ・・・まだ頭がガンガンするけどいくらかマシになった」
未だ空域は震えるような音が鳴り響いているようで、離脱した空域にも振動が響く。
「イーグル、声かけてくれ・・・マジで何かで打ち消さないと神経からやられる」
余りにもつらそうな声を聞いて、心が痛む。今すぐ飛行場に帰りたい。こんな大変なことをアテネさんも隊長さんにも味わって欲しくなかった。少しでも、私の声で打ち消すことができるなら、いくらだって、喉が枯れても声を上げよう。
「私の声でよければ」
雲の切れ間で旋回して、敵を囲うように飛行する。
「次は・・・イーグル、単独で突入してくれ」
「了解、行きます!」
叫び、エアブレーキを展開。空気に押し込まれるように跳ねた。
エルロンロール、空気が振動する空域に向かって突撃する。
敵が中心に浮かび、振動させる様子はまるでスピーカーで大音量を流した時の内側だ。エルロンロールの途中で腰を曲げ、降下のタイミングを図った。敵の真上まで接近したところで刈り取るように降下する。
揺れる空気を破るように下に落ちる中、射線にふっと光るその姿が浮いた。
モーッ!
モーター音が鳴り、機械の右側にあるガトリング銃から弾が撃ちだされた。回転しながら連続で発砲される20㎜バルカン砲をダウンサイズしたような7.62㎜ミニガンから徹甲弾と曳光弾が次々と発射され、月明かりの中にレーザービームのように命中する。
頭を持ち上げるように引っ張り、エアブレーキで減速。振り返って敵を確認すると、硝子片が舞い落ちるように、雲海へと落ちていく。
「ちっとも喰らってないっ?」
そう、何ともないのだ。ミニガンが確かに表面を削ったが、宇宙ゴミは何ともないように大音量を垂れ流し続けているようだ。無線の先のアテネさんが悪態をつく。
「イーグルちゃん、一応効いてる!でも、ホントに少しだけ表面を削っただけみたいだ」
隊長さんが冷静に指摘する。
だが、もう手が出せない。残弾は、ゴールデンイーグルの翼端パイロンにぶら下がっているサイドワインダーと、機械のパイロンに繋がれているサイドワインダーだけ。合計しても4発しかない。もう無駄撃ちは出来なかった。
何か有効な策を見出さなければ、これ以上の接近は危険を増やすだけ。そんな認識が3人の間に残っていた。
「俺に一つ考えがある」
アテネさんが諦めきれない様子で呟いた。
「もうそれをやるしかないでしょう!」
「苦労すんのはイーグルなんだがな、聞くか?」
「やります」
脊髄反射的に答えていた。これ以上長引けば、アテネさんが危ない。私は彼が墜落したり苦しむことを望んでいなかった。それが例え、私自身を滅ぼすことになっても、私は躊躇なくできる自信がある。
「こっちも、歌うんだ」
「えーっ!」
だが、そんなの聞いてない。予想してない。盲点すぎる。
相手が歌を歌っているなら、こちらも歌えばいい。そんな単純すぎる理論だった。当然ともいうべきか、証拠は何一つない。ただ、思いついただけに過ぎない。だけど、極度に追い詰められた私たちにはそれが途轍もなく良い発想に思えた。
「そんな単純に行けるかね」
意外にも反論したのは隊長さんだった。3人の中で1番柔軟な発想ができるのは、間違いなく彼だったが、こんな突飛すぎる案は受け入れられないようだ。
「やるだけ、試してみないか、イーグル?」
「やってやりましょう!」
私たちがそう決めると、隊長さんもため息をついて「他の方法もないしな」と了承した。
私が前進して、ゴールデンイーグルが左後ろについてくる。
敵が光る。振動が強くなった。
近づく。
息を整え、頭をゆっくりと前に持ち上げる。
アテネさん達が聞いたように、旋律を作るように。
「lalala、laー、lalala」
口ずさみ、空気の振動を打ち消し。
無限に広がるような空に、宇宙のように広がる遠い遠い成層圏に向かって。
歌う。
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