第9航空団、苦戦
プロジェクターに映し出されるのはMJ型のF15のデータリンク映像。逐一更新されるごとに複数タブで開かれているレーダーの表示が移り変わる。レーダーに表示されている表示は8機、4編隊。宮古空港をたった今横断し、最後に見失った空域にマッハで向かう。
今のところ、宮古島から見える水平線の圏内には雲一つなく、快晴の空だった。
「レーダーコンタクト!」
緊張が走る。
CCPから飛行しているF15に指令が行く。
命令は、「スパローミサイルで直ちに撃墜」だ。命令に従い、各機がレーダーをハイパワーモードにして中距離AAM、AIM7スパローをロックする。データリンクでもそのけたたましいロック音が鳴り響き、イーグルが背をびくりと跳ねた。
「ガメラ1、FOX1!」
ミサイル発射の号令に従い、各機がミサイルを一斉発射すると映像の中にミサイルの燃料が燃焼する煙が伸びていく。32本、覆うように打ち出されたミサイルは宇宙ゴミのサイズ的にオーバーキルと言っても問題ないくらいだった。
目を瞑る。これで撃墜されてくれ。「歌」の範囲まで引き込まれるな、頼む。
両手を合わせて強く握りしめて祈る。これで破壊されていれば歌の範囲に入らず、あの歌で気絶することなく物事が終われば、あとでじっくりとイーグルの事も考えられる。今は、あの宇宙ゴミを破壊することが第一で、それ以外は考えらなかった。
だが目論見はことごとく外れた。
「エネミーロスト!ミサイルが外れた!」
ミサイルが命中する瞬間、レーダーから宇宙ゴミが消えた。続いて、襲う目標を失ったミサイルが迷走し自爆する。パイロットがコンプレッサーから送り出される空気を吸いながらも、極度に焦る様子が聞こえる。
「タリホー」
敵を見つけた。映像にも、小さくだが動く物体が表示された。先ほどと同様、発光して夕焼けの残る空に目立つ。
視認距離が近い。レーダーでロストしてから何分経っているか時計を見ると、秒針が一周していた。
「FOX2!」
短距離ミサイルが発射される。
宇宙ゴミにズームインしていくミサイルが、爆発する。そう思った瞬間、声があっと出た。
一旦下に回り、上昇を続けていた宇宙ゴミを追いかけると、「何か」に反応し、自爆したのだ。
「歌か!」
立ち上がってそう叫んだ俺は、続く映像に目もくれず、続けて「逃げろ!」と大声を上げてしまう。
映像に歌が流れ始める。視界が揺れるように襲われ、隊長がパソコンの電源を抜き、歌を切った。
映像はその瞬間で止まるが、パイロットは大きく動揺したようにスティックを引いたのか、気流で映像が乱れた所で止まっていた。
「離脱・・・できましたかね?」
隊長が首を横に振りながら、電源を繋ぎ再起動する。
画面が読み込む間にも、不穏な空気が流れていた。
イーグルは相変わらず何が起きたのか全く認識していなかったが、それでも映像の乱れに驚いたようで小さくなっている。
「ガメラよりCCP!おい、応答しろ!」
ガメラ1がCCPを呼び出すが、俺と隊長は直感する。CCPは音声で歌を聞き、気絶している真っ最中だと。
隊長は携帯を取り出し、どこかへと電話を掛ける。
そして、数度頷くと俺に向かってメモ用紙を見せてきた。メモには、「装備、給油・FLIR、ミサイル」と書かれている。内線を繋ぎ、整備士を呼び出す。
映像の方を見ると、CCPの要員が変わり、現状を聞き返している。ガメラ1からは、全機が歌を聞いて気を失う瞬間にブレイクしたという報告が続く。
俺と隊長がやったように歌の途中で離脱したことでカットしたのだ。CCPからは離脱の命令が下る。
「アテネ、イーグルちゃん。出るぞ。幕僚長から命令が出た」
「了解、装備搭載には5分」
「私はいつでも出れます!」
虚勢を張りながら、立ち上がって敬礼をした。イーグルも見様見真似で敬礼し、隊長は答礼した。
プレハブ小屋から出ると、整備士が駆け寄ってきてチェックリストを手渡す。
受け取りながら、視線を感じて振り返ると、その中の一人が手を挙げた。
「何が起きてるんですか?」
「よく分かってないけど、撃墜しなきゃいけないものが出てきた」
「給油ポッドってことはイーグルさんが出るんですか?」
「そうだ、もういいだろ。発進準備にとりかかってくれ。装備はバディ給油ポッドにFLIR、以上だ」
「了解、給油ポッドは右パイロンで、左は増槽でよかったですかね」
「おし頼んだ」
チェックリストにサインして、サイドワインダーが既に吊るされている翼端パイロンに近づいてピンを抜こうとした時、格納庫の外にいたイーグルに声を掛けられた。
「アテネさん!」
白い目で睨んだ後、大きくため息をついた。ゆっくりと足を踏み出し、格納庫から飛び出す。
「なんだ」
目を合わすと、口をキっと一文字に結んだイーグルが抱きしめてくる。
「大丈夫です、アテネさんは私が守ります」
思わずハッとした。虚勢を張ってるのがバレてる?
イーグルの小さな体の間に挟まれて、力を込めて抱きしめられる。
「なんだよ、守るって」
「どうすれば勝てるかなんて、私には分からないけど。アテネさんだけでも生きて返します。それは絶対」
抱きしめられた左腕を引き抜き、軽くデコピンする。
「あたっ」デコを抑えて、抱きしめる力がなくなって自由になった。そのまま左手でイーグルの頭を撫でる。
「誰が、死ぬんだよ。こちとら、イーグルに乗るっていう楽しみがあるんじゃ。そうそう簡単に死んでたまるか」
「で、ですよね!変なこと言ってごめんなさい。でも私は出来る限り、アテネさんを守ります」
顔を自分の両手で抑えるようにしたイーグルの顔色は暗くて見えない。
励ましてくれていたのだと遅れて気づいた俺は、イーグルの頭をなでる力に恥ずかしさを変換し、撫でる。
「あぁ、頼んだぜ。相棒」
そう噛みしめるように言った俺はヘルメットを持って、格納庫の中に戻った。




