ゾッとする
「むッ、別の何かって言い草は酷いですね」
服の裾をつまみながらジト目で睨まれた。
「すまん」
思わず、また傷つけたかと不安になったが、イーグルは口を真一文字に結んでジッと白幕に映し出された宇宙ゴミを見ていた。
「イーグルちゃんの存在と、この宇宙ゴミ。もしかしたら何処か繋がりがあるのかもしれない」
隊長は再び、俺たちが撮影した宇宙ゴミの写真に切り替え、指差す。
「でも、もうその宇宙ゴミは宮古空港で事故を起こさせてます。イーグルとは別物じゃないんですか」
「そう、そこなんだ。この宇宙ゴミが宮古の事故を引き起こしたとすれば、れっきとした犯罪だ」
イーグルと今回の宇宙ゴミは関節的にとは言え敵対していることになる。同じ宇宙ゴミという共通点があるにも関わらず。
イーグルは俺たち航空自衛隊に協力している。そんな彼女と、俺の乗るゴールデンイーグルにも音響兵器らしきものを照射した宇宙ゴミは敵でしかない。
「災害として、俺たちが排除できないんですか?」
かつても人の制御下から外れた人工物の排除には、自衛隊が使われたことがある。自衛権なんかを行使しなくても、超法規的措置で事態の収束を計ることは出来た。しかし、隊長は大きく息をついて、肩を落とす。
「イーグルちゃんが人になってからいろいろ無茶な要求したからな、今回の件に関してはこれ以上つっこむなって言われちまった」
「そんな!人の命が関わってるんじゃないんですか。今回の事故でも墜落して死傷者が出なかったのが奇跡なんですよ!」
「だが・・・俺たちは上の命令を受けるまで出撃できない。そうだろ?」
「こんな緊急事態でそんなこと言ってられますか!」
「俺たちは完全に解決できるわけではない。ただイーグルちゃんだけがあの歌に対抗できるという事実を得ただけだ」
聞かん子を言い聞かせるように諭してきた隊長の肩は僅かに震えていた。俺たちが介入すれば解決できるという自信があるだけに、命令を待てと言われたことに不満しか持っていない様子だった。
「イーグルだけでも前に飛ばせないんですか!俺たちが飛べなくても、あいつにミサイルを全部撃たせれば、あのサイズの宇宙ゴミは破壊可能です!」
机を叩くと目の前に座っていたイーグルが思わず肩を震わし驚いた。だが俺は興奮したまま言葉を繋げる。
「俺たちは後方から見ているだけでいい!イーグルの出撃許可さえ出してくれれば、歌の被害を受ける可能性も減ります!」
もし発光する部分を破壊したりすれば歌が止まるのであれば、最も最初に攻撃するのはイーグルが最適だ。
「無茶言うな。イーグルちゃんの飛行距離じゃ単独では撃墜できたとしてもその後の帰還が出来ない」
あきれ返ったようにお茶を飲む隊長はソファに背を預けた。
「だからって、今後被害が増えそうなのをみすみす見過ごせますか!」
防衛省から随時送られてくる対応の情報には、第9航空団が捜索後撃墜するという指令が出ている。けれどそれは歌を一切考慮していない情報だった。もしこのままコブラや小牧三佐達309の面々や、第9航空団の他の飛行隊のメンバー達まで歌で気絶してしまえば被害はとんでもないことになる。それだけは看過できなかった。
「でも、イーグルちゃんはあくまで受け身では耐えられるだけで、結局全体的な解決にならないだろ?イーグルちゃんが一人で撃墜できるのならともかく」
「うぐっ」
何も言い返せなかった。イーグルはあくまで歌に襲われないだけで、結局歌をキャンセリングしたり、その効果を打ち消したりは出来ない。要するに一人だけでしか対応できないのだ。いや、空自の他の機体と協力すればあの歌を消す方法を見つけることもできるかもしれないが、それは机上の空論でしかなかった。
それでも俺は駄々っ子のように唸っていた。自分の意見が組み入れられないのが当然なのに、それを飲み込めなかった。不満を抱き、ただ不平な様子を見せた俺の様子を見て、隊長は大きく息を吐きながら、画面を切り替える。
「第一次捜索隊があと20分で空域に到着する。その後の偵察には出れる。待とうぜ」
隊長が落ち着かせるように言っても、俺はイマイチ納得が行かず、情けない顔をしていた。
「アテネさん、大丈夫ですよ。第9航空団の皆さんは凄腕です。もし危険になったら離脱しますって」
「そう・・・だよな・・・わかりました。ちょっと外で落ち着いてきます」
ソファから立ち上がり、自分のデスクからボディシートを取り出してプレハブ小屋から出てくる。
夕日が水平線の遠くへと落ち始め、海から吹く風で汗が冷えて気持ちが悪い。
格納庫から出て、滑走路端の隙間から海が望める場所に座り込んで、フライトスーツを脱ぎ上半身を裸にした。
体中から遅れるように汗が浮かびだし、不快な気持ちごと、ボディシートで拭いとる。メンソールのスーッとするような感触と吹き付ける風で体が冷えるが、同時に頭も冷えるように感じて、上っていた血が収まる。
海を眺めながらフライトスーツを着なおすと、後ろからガタゴトと音が鳴った。。
「あっ、えぇと・・・のぞき見するつもりはなかったんです!」
イーグルが両手を前に出しあたふたとしながらも謝ってくる。
「いいよ、こっちに来いよ」
全然気にしていなかった俺はアスファルトの空間を開け、隣に座り込めるスペースを作った。
「じゃあ、失礼します」
そう言って恐る恐る近づいてきたイーグルは、隣に座り込み、対面を向いてきた。
俺が向きを変え座りなおすと、イーグルはそこに対面になるように座り返した。
腰を上げもう一度方向を変える。
「ちょ・・・なんで対面に座ってくれないんですか!」
2度目の座り直しで文句があるのか両手を握りしめたイーグルは立ちふさがり、声を上げた。
服装はダイバースーツの上に上着を着たままで、肌色は見えないが全体的に薄着で、風が吹くと寒そうだ。彼女も飛行の用意はしたまま待機をさせられている。隊長は第9航空団の作戦後の哨戒にイーグルも飛ばすつもりだ。
「いや、これ対面に座る場所じゃないだろ」
蝉が煩く鳴く中、3回座ってようやく隣に座ってきたイーグルにため息をついて、夕日の方向を見た。
イーグルは隣で俺に右手を握ると、閉じたり開いたりしながら擦っている。何をしているのかと思ったが、彼女は緊張した時に手元にある何かを弄る癖があった。今も緊張しているのだろう。俺のように。
俺も今、第9航空団の元同僚たちがよく分かっていない敵と相対するということで不安に苛まれていた。そこまで仲が良くなかった人が多数とは言え、同じ職場の人間だ。ベイルアウトするとか、墜落するとか、そういうことを考えるとゾッと寒気を覚える。
右手が震えた瞬間、イーグルの細い両手に握りしめられた。
「アテネさん、不安なんですよね」
「イーグルこそ」
俺は強がった、つもりだった。
「私は、不安ですよ。だって同じ基地に居たF15達も撃墜されるかもしれないし、コブラさんたちが死ぬかもしれない。そう思ったら不安になります」
イーグルは自らの弱さを吐露する。そこに強がりや強情といった様子はない。それが俺にとっては眩しくて。思わず視線を逸らしてしまいそうになる。何より現状、最も歯がゆい思いをしているのは、自らの誕生の秘密が近づき、唯一対抗できる手段である、イーグル自身であるというのに。それが俺の弱さを水面の奥底に隠して反射しているようで、心臓が引き締まり、不安感が更に成長させられた。
「アテネ、イーグルちゃん!もうすぐ捜索隊が、さっきの空域に着くぞ!」
「ら、ラジャー!」
「了解」
アスファルトから立ち上がり、ぶるっと肩を震わしながらも、虚勢を張る。




