意識が飛ぶ
ジェットの轟音の間に、次第に大きくなっていく声が聞こえる。
これは何だ?
何かを手繰り寄せるような声、それはまるで。
「歌?」
俺は呟くように言った。操縦桿に手を当て機体を水平にしながら、光る物体に近づく。
「歌・・・だな」
隊長も答えるように呟いた。
歌は次第に大きくなるように聞こえ始める。それはまるで中世の船乗りを二度と帰ってこられない何処かへと連れ去る、人魚の歌。
回るタービンの音が旋律のように歌を補助して、耳に聞こえる。おかしい。俺は今900キロで空を飛んでいる。音が過ぎ去るのが当然で、一カ所に留まったまま動いている俺に聞こえるなんて、俺が音源に近づいているしかあり得ない。まさか、あの発光体が歌を流している?
音楽を伴わない、口ずさむような歌が空に響いた。
歌だと気づいた時には、既に視界が大きく震える。気絶しそうになった瞬間、操縦桿を引いて咄嗟に離脱した。
「なん・・・だ!意識が持っていかれる!」
まるでオーバーGに陥ったかのように視界が真っ暗になり、文字通り意識が持っていかれそうになる。操縦桿を咄嗟に引かなけらば、いや気づいたとしてもゴールデンイーグルのようなサイドスティックでなけらば間に合わなかった。体中が重くなるように感じ、時間がゆっくりと動くように、世界はゆっくりと進んだように、頭は認識した。けれど、実際は発光体に近づくにつれ意識だけが持っていかれ、時間はこれっぽちとも遅くならなかった。
スロットルを押し出し加速するゴールデンイーグルの機内には、未だ遠くはなったけれど僅かに歌声が響いている。
「音響兵器?!」
それしか考えられない。ミラーを見て振り返ると、発光体は雲の中に隠れるように飛び去った。
追いかけようなんて、とてもじゃないが言えない。行ってしまったら戻ってこれなくなりそうで、あの歌を追いかけたらもう一度意識が根元から奪われそうで。
「隊長?!」
後ろに座っていて最も反応しそうな人が何も言わないことにようやく気付く。声を掛けると、うめく声だけが返ってくる。
「・・・大丈夫だ、起きてる」
何度も声を掛けると、気づいたのか呻いた後、無線に声が響く。
機体は既に宮古島上空まで戻ってきており、さっきの発光体の居た雲は風に流れ、逆方向に飛び去った。
「・・・追いかけますか?」
「いや、戻ろう」
「了解」
何時の間にか、歌は聞こえなくなった。
けれど脳裏には、その口ずさむような歌声が残り、頭がガンガンと痛む。それは、二度とあの物体に近づくなと、あの物体自身に忠告されているようだった。とても不気味で、喉元を過ぎ去らないその感触は気持ち悪い。
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