私に名前をください
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防衛部長による査問が一通り終わると、俺は警備部の人間に護衛されながら独身幹部寮に送られた。
そしてクッタクッタの体で扉を開けた俺を待ち受けていたのは、自称099号機の女性だ。
「なんで?」
もう突っ込む余裕もほとんどなくて、着ていたフライトスーツをハンガーに緩めながら、敷布団を抱えてベッドで正座していた女性に対面した。椅子に座ったまま、肩を叩きつつゼリードリンクを飲み干す。くしゃりと潰した音でぴくっと099号機は震えた、ような気がした。
「ごめん、俺も疲れてるんだ。君もやったろ?査問」
「はい、色々聞かれたけどあんまり答えられませんでした」
首をすくめながら話す彼女が抱きしめる布団が潰れる。よっぽど気に入らないらしい。
「てか、本当になんでここに来たんだ。女性官舎じゃダメだったのか?」
ため息をつきながら、そう言い放つと099号機は意を決したように言葉を繋ぎ始めた。そこには沢山の感情が込められていて、自称戦闘機とは思えなかった。見た目相応に何年も生きている少女にしか見えないのだ。そんな女性を仮にも男で狼である俺の元に布団とジャージ一枚でよこすなんて正気の沙汰ではないだろう。まだ夜というのには僅かに早い時間帯ではあるけれど俺が性欲の赴くままに彼女を襲っていたら一体どうなっていたことやら。そこらへん、上層部は考えているのか、と思ったけれど。
防衛部長の言ってた責任を取って面倒を見ろというのは、おそらく生活面と他ほぼすべてなんだろう。
「私がアテネさんと会いたいから、多分こうなったて話したら、布団渡されてここに案内されて」
「取り合えず、服、買いに行くか」
「服?」
とぼける099号機に呆れたようにため息を深く深くつくと、彼女ははっと思い起こしたように手を叩く。
「お前、変なダイバースーツみたいなのしか持ってないだろ」
「お洋服ですね!でも、今私、他の隊員さんの芋ジャージを借りている状況で・・・」
「とりあえず買いに行くだけなら芋だろうがジャージだろうが問題ないだろ」
再び俺、嘆息。
「あ、じゃあ・・・行きましょう!アテネさん!」
「なぁ、自称099号機」
099号機とは呼ぶもののもちろん仮名である。彼女が存在を確立している以上、彼女の個体名を呼ぶための名前が必要になる。
だが彼女はそれを嫌味だと受け取ったようで口を膨らませながらブーブーと文句を垂れ始めた。
「なんですかその言い方!ちゃんと名前で呼んでくださいよ!」
「お前・・・名前あるのか」
俺がそう答えると、彼女は口を大きく広げ目を見開いた。まったく予想していなかったらしい。実体を持ち、体を得てから起きた物事はただのジェット戦闘機だった彼女にとって新鮮どころか驚きでしかないことばかりで目を覚ましてからもただの一度も落ち着けていないのだろう。
そんな彼女の様子が若干、若干心配になった俺は仕事用の時計である頑丈なものを外し、スマホと同期させる運動用の簡易デジタル時計を取り出して巻くと、フライトスーツを脱ぎ捨て、シャツとズボンを履いていく。もちろん、カーテンで間仕切りをして。考え事にふける彼女の邪魔をしないように静かに着替える。
「アテネさん、私に名前をください」