伊良部島まで歩く
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下地島は伊良部島と呼ばれる有人島と寄り添うように繋がっている無人島。過去には人が居た記録もあるが、飛行場やダイバースポットが島の要素のほぼすべてを構成している。
俺とイーグルはまず特殊飛行班の寮に向かうべく、歩いて伊良部島に渡り、寮の建物へと歩いていく。
ただただ暑い道の中、イーグルは空を見上げて麦わら帽子を振り投げた。
「あっつい!」
「そう言うなよ、言ってると余計暑くなる」
足を進めながらもぶん投げられた麦わら帽子を拾った瞬間、手がアスファルトにつきジュッと焼けるような感覚になり、おもわず麦わら帽子を手から離してしまう。
上に飛んでいく帽子を目で追いかけていると、イーグルがそっちの方向に向かって駆け出しておりジャンプして帽子を掴んだ。その様子はフリスビーを投げられた犬がジャンプしながら口に咥えるような勢いで、鮮やかだった。50㎝近くジャンプしたイーグルが綺麗に着地するとスニーカーのクッションが潰れ、熱に押し当てられる。彼女は足の裏を時々気にしながらも、足を止めていた俺の方向を見て首を傾げ、向かってくる。
「どうしたんですか?」
「何にもない」と、手を横に振って伝えるだけ伝えると地面に着いていた膝を持ち上げ、そこに腕を押し当て。額の汗を手で拭いながらも、橋の方向へ向かって足を少しでも動かそうと歩き出す。
「いやー車、ありませんでしたねー」ぼやくイーグル。
下地島空港に到着してから、荷物を一通り第一格納庫に仮設されたテントの中に置いてから車を借りて伊良部島にある寮を見に行く予定だったが、なんと空港の車は駆り出されて一台もなく、なんと伊良部島まで歩いていくことになった。
「イーグル、お茶くれー」
トランクケースを引っ張りながら、情けない声を上げるとイーグルは振り返って背負っているリュックサックからお茶のペットボトルを取り出し、手渡してきた。
「はいどうぞー」
「ありがとう」
礼を言いながらキャップを捻ると顎を上にあげて嚥下する。暑さでやられて喉をお茶が通らない。水分すらも喉が拒否する。でも飲まないと熱中症不可避どころか、熱中症まっしぐらAB全開だ。無理やりにでも喉に通す。
「あともう少しで橋ですよー越えたら涼しい涼しいタクシーですから」
「まだ、橋にすらたどり着いていないんだよな」
そこまで自覚したところで無駄に虚しくなって、大きく息を吐く。
自衛隊は貧乏とよく言うが、こんなところで貧乏性を発揮する必要はないんだよ。そう思いながらも、やっぱり虚しさが上がってきて、言っても無駄だと意識を戻される。
隊長は橋を越えた先では伊良部島のタクシーを呼んでもいいが橋までは頑張れとポケットマネーを渡してくれた、その心持ちにありがたいと思ったのも一瞬、橋の上の方が地獄であることに気が付くと、既に意識が薄くなっていた。橋の上は海というガラスに空というレンズ、そこに差し込むサンサンの太陽の光という地獄。アスファルトの上は熱々で、溶けるどころか火が付きそうだと想像は難くない。
周りが木々に囲まれているから、まだ暑い程度で済んでいるが、真面目に日向に行こうと思えば、流石にアラビアやアフリカのように全身を覆わなければ肌が翌日酷いことになりそうだ。
「アテネさーん?」
「なに?」
下を向きながら歩を進めていると前を歩いているイーグルが呑気に話しかけてきた。
もう強い言葉も出せないぐらい消耗した俺は声を間延びさせながら、言葉を返す。
「お昼なに食べましょーか?」
「ざる蕎麦。絶対ざる蕎麦、それかソーメン!」
のど越しのいいものじゃないと全く飲み込む自信が浮かばない。伊良部島について、寮で車を調達して、それから帰るまでは自由行動。お昼ご飯は俺の自腹だ。下地島空港で作業中の隊長や三尉には申し訳ないがおいしいものを食べさせてもらおう。歩いて長い行軍をさせたのだから、自由に昼飯食うぐらいは許されるらしい。けれど飛行場に残って飯を我慢するか、この暑い中を橋まで歩くか選ばさせてもらえるなら次回の機会があれば、是非とも飛行場居残りにしてほしかった。
「いいですねーお蕎麦。まだまだ食べたことのないものが多いので私、楽しみです!」
「ソーメンもいいぞー。熱出た時とかこれ以外口にしたくないぐらいだ」
「それだと元気にならないんじゃないんですか?」
「そうなんだけどなーこう暑い日はそれで済ませたくなるという欲が出てなー」
「それ、夏バテの原因ですよね」
「ざっくり言うなぁ」
遠慮というのものがない。彼女と俺の関係性で遠慮されるというのも俺的には困るが、彼女は本当に遠慮がない。時々、こいつの無神経さは俺を見習っているんじゃないかと疑ってしまう。
そこまで雑談したところでようやく橋に着いた。一時間近くは歩かされてきたような気分だ。疲労感は気持ち二倍。
橋を越えると、電話をかけてタクシーを呼ぶが、それでも暑さの中に居ると熱中症になりそうだったので屋根の下にある日陰に隠れた。
タクシーがやってくるとイーグルが元気よく腕を振り上げ、呼び寄せた。ようやく入った車の中で冷房が効くのを感じた瞬間、現金にも元気が蘇ってくる。
車の中では俺は完全に蕩けて冷房の風が出てくるところに顔ごと近づけているようなレベルであった。
「お客さん、今日一番暑い日なんですよ。よく歩いてきましたね」
「いや、もうホントに二度目はやりたくない」
助手席に顔を出したイーグルが寮の住所を書いたメモを手渡すと運転手は料金を弄って、横目で見る。
「んで、この住所に行けばいいんですか?」
「そうです、分かります?」
「分かるも何も、ご近所さんなもので。まぁー伊良部島で近所なんて全部みたいなものですけど」
伊良部島からは更に宮古島に橋が延びている。よって大きな宮古島に寮を設けるという案も出たが、徒歩でも行ける距離という最低限の条件に流石に入らず、省かれたのだ。
寮は、いわゆる間借りというシステムで、民家の家を丸々一軒借りた形だ。お隣の家に住む家主さんが朝昼晩三食を用意してくれることになっており、古き良き沖縄民家に特殊飛行班は住むことになっている。整備士は飛行させるときに宮古島空港から呼び出すシステムになっており、緊急時に飛び出すことは出来るが、運用飛行をしようとなると、宮古島の寮を借りている整備士たちを電話で呼び寄せなければならなかった。
車が島の外周から中の道に入っていくと、段々と異世界情緒染みた沖縄の島々の光景が出てくる。木々に囲まれ、コンクリートブロックが積み上げられた街角は本州育ちの俺にとっては異世界の光景のようなもの、そして沖縄建築の家々は那覇ではもうあまり見られない光景だった。
借家の目の前に着くと、寮母である里さんが迎えに出てくる。
「間借りすることになっている航空自衛隊の風見です」
車から降りて頭を下げ、手土産を渡し、隣でボケーと家の方を見ているイーグルの腰を突く、
「あっ、い、イーグルです!」
「ようこそ。お待ちしていました、蕎麦を用意してありますので是非食べてください」
「お世話になります」
「別嬪なお嬢さんですなぁ」
「そそそうですかぁ?恥ずかしいなぁ」
里さんに褒められるとイーグルがデレデレしながら俺をどつく。
照れ隠しに俺をどつくんじゃないよ。その意味を含めた髪の毛わしゃわしゃを食らわすと、恥ずかしそうに頭を下に下げて照れ続けている。照れ隠しに叩かれる俺の腹の痛みは増すばかりだ。




