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イグ恋!-愛機のF-15が美人になっていてー  作者: 室内あるみ
第三話「テイクオフ」
34/50

馬鹿は馬鹿なりに.

 イーグルが手を伸ばしてホースを掴むと、体の左側にある給油口に差し込んだ。

 ホースが空中を揺れるが、それでもイーグルは振り回されることなく、給油を続けている。無線に声を入れると隊長が返答した。

「空中給油は時間かかりますね」

「そうだな戦闘のために毎回給油するのは面倒だな」

 イーグルの空中給油にかかったタイムは1回につき5分。200キロ飛ぶごとに給油が必要だから、そうざっと計算すると大戦時のBf109戦闘機の三分の一ほどしか飛べない。これを普通の戦闘のために何度も繰り返すのは面倒だ。やはり俺の提案した通り、空中から展開した局地運用がよいのではないだろうか。そう自分の考えを確かめ、伝えると隊長も同調する。

「ホエールよりイーグル1、もう間もなく下地島です。先に着陸してください」

「イーグル1、ラジャー」

 モニターのスイッチを切り替えてマップモードの表示距離を小さくして旋回すると、機首の下に下地島空港のランウェイ35が目の前に広がっていた。夜間誘導の要領で、滑走路の誘導灯を目に入れると距離、高さをそれぞれ鑑みながら着陸アプローチに入る。

 スティックを引いて減速機首上げに入ると、ゆっくり誘導灯の距離が短くなり吸い込まれるようにTA-50の胴体は滑走路に近づく。タイヤのスリップする音で一気にスロットルを引き、エアブレーキをオンにすると滑走路を半分も使わずにブレーキが効き、止まった。体が前に押し出される力が効き、ハーネスが肩に食い込んでいたいがすぐに前の誘導路に外れて、イーグルの着陸を待つ。

「ホエールよりイーグル2、クリアトゥランド」

「着陸します」

 既に待っていた整備士たちがパドルを持ってTA-50を誘導して、そこに到着するとエンジンを止めた。バイザーを上げ、キャノピーのロックを外しヒンジを跳ね上げると耳にF100エンジンの制動音が聞こえてきた。

 F15はアプローチするときノズルを一気に細くする制動を行うがその音が独特で、滑走路にいればいつイーグルが降りてきたかすぐに分かる。

 イーグルが着陸すると、今度はC2が着陸し、一通りの飛行を終えた3機がすべて整備に入った。薄い寝袋シュラフが配布されて、そこで寝る。対Gスーツの重みが抜けると疲労感が襲ってきてぐっすり眠ってしまう。イーグルも服を着替えてシュラフに潜り込むなりすぐに眠ってしまった。

 目が覚めると、そこは格納庫の中だった。手を伸ばすと冷たい空気がつかめるように漂っている。

 涼しかった。昼間や夜中までのねっとりとした熱風が吹かず、涼しい海の風が吹いてくる。シュラフから体を、カニの腕の身を出すように割って飛び出ると、フライトスーツの間から風が入り込んできて気持ちが良い。

 枕元に置いておいた腕時計を取り出してみると、まだ朝の4時半だった。

 太陽も顔を出していない薄暗い時間。昨日帰ってきたのが日付の変わったあたり、3時間少ししか寝ていない。でももう少し寝ていようとは思わなかった。立ち上がり、体を伸ばすと骨が軋む音がする。悲鳴を上げるようにポキポキと鳴る関節を回してなだめながらも人の屍じみたシュラフまみれの格納庫を飛び出し、滑走路の方に向かって歩き出す。

 誘導路のライトが地面にぼこぼこと生えていてこけそうになるが、周りが明るいおかげでなんとか引っかからずに海まで出ると、海面からの吹きあがりが気持ちよく、海は凪いでいた。

「はー疲れた」

 誰に向かってというわけでもなく喋った。

 それは自分の中での気持ちを整理するための時間。

 まぁ整理するといっても大したことではないが、自分にとってはかなり大きいことでもある。

 それは昨日、いや今日か。着陸した後に隊長に掛けられた言葉、「F-15にも乗れる、だけど、イーグルドライバーでは居られない」。その言葉だった。改めて突きつけられる事実、イーグルが生まれた以上誰かがならなければならない親代わり。それを命令されたのだと気づくまでには、大した時間を有さなかった。

 拾った小石を海に向かってぶん投げる。もちろん海面には届かない。近くの石にぶつかり小石は砕けた。

 俺がイーグルドライバーでいられない。それは分かる。F-15を損失したのはその時アサインされていた俺だしイーグルに愛機として他のパイロットよりも近く認識されている。その責任を被るということに不満はない。だけれども、子供のような我儘は当然俺にだってある。俺はイーグルドライバーを目指して生きてきた。その夢がいきなり途切れることは、やはり吃驚したというか想定外だったというか。とりあえず意識外だったのだ。

 そのギャップを埋めることに俺は四苦八苦している。

 イーグルドライバーを辞めることと、パイロットを辞めることが、これまではイコールで繋げられていたものが繋げられなくなった。

 イーグルの面倒も見なければいけなくなった。

 これだけで単純明快お馬鹿野郎の俺に取っちゃオーバーフローしてしまうギャップだ。

 そのオーバーフローで俺は眠れなくなり早く目が覚めてしまった。こうして凪いだ海を眺めているとそんな俺の悩みは小さいものだと思わされる。そんな小さな悩みでうじうじしている俺自身が情けないとも。けれど、海から吹きあがってくる涼しい風を感じても。俺の悩みは消え去ることもなく、そして解決することもなく。

「おはようございます」

 後ろから声を掛けられると思考が止まった。いや正確には止めさせられた。それほどまでに冷ややかな声だ。振り返らなくても分かる、一ノ瀬三尉だった。俺のことに気が付いていない?確かに暗くてその距離であれば誰が誰だかはよく分からない。でも声を上げる気にはならなかった。

「両手を上げて、跪いてください」

 戦闘服に身を包んだ一ノ瀬三尉が腿のホルスターから9㎜拳銃を取り出し、構える。

「あの、一ノ瀬三尉?」

 暗がりに向かって声を上げても、拳銃を向けられる殺気は変わらない。足に向かって銃口が構えられ、振り返ろうと動いた瞬間貫かれそうだった。

「ハンズアップ!」

 今度は近づきながら英語でフリーズを取ってくる。

「一ノ瀬三尉!俺だよ、アテネ!風見陸!三等空尉!」

「知っていますよ?」

 じゃあ拳銃を降ろせ、という言葉は次に感じた衝撃ですぐに消えた。

 背中にコツンと当たる固い感触、これは、缶コーヒー?

「拳銃だと誤解しましたか?ねーねー騙された?」

 憎たらしい声と声質で揶揄ってくる。

 いや誰だって腰のホルスターから手を引き抜いた音がすれば、怖いだろうに。おまけに殺気だって向けてきた。

「こんな暗がりだったので本気で怪しみました。咄嗟に缶コーヒーを持って殺気を向けたのは戦闘職種の性、次にフリーズを取るまで近づいた時には流石に気が付きました」

 やっぱり揶揄ってた。

「こんな時間に何をしてるんですか、風見三尉」

「いや、ちょっと目が覚めちゃって」

 海に向かって座っていた俺の肩越しに缶コーヒーがするすると降りてきた。

「大方、また面倒なパイロットの悩みですかね」

「なんで分かるんだ?」

 隣に立って2本の缶コーヒーの片方を差し出してきた三尉に感謝の声を上げた後、彼女はそのまま座り込んできた。少し腰を動かして空間を作る。

「貴方が特に物事を考えない猪突猛進であることは知っています。なのに寝付けなくて苦しむほどの悩みなんて絞りが効いてくるでしょう」

 厭味ったらしくネチネチと種明かしをしていく三尉を睨むように見るが、彼女は全く怯えることなくこちらを向いてきた。

 少々のガンを飛ばしただけでは全くひるみもしない。

「物事を考えない猪突猛進って」

「言葉通りですよ。イーグルさんを傷つけたじゃないですか」

 つい2日前の事だ。今でもすぐに振り返られる。

 肩を竦めた。確かにその通りだ。俺の大して考えもしていない発言でイーグルを傷つけたのだった。

「ごめん何も言い返せなかった」

「情けないですね」

 全く持ってその通りだ。悩んで、物事を考えずに口を出して。馬鹿の一つ覚えが暴走したみたいに迷惑を掛け続けている。

「まぁその馬鹿さ加減が貴方の良い点ですが」

「ちょっと待って、馬鹿さが良い点ってバカにしてるよな!」

 立ち上がり、右に座っていた三尉の方に振り返ると。彼女は首をちょこんと振り向けてこちらを見て笑った。

「まぁ、褒めてはいませんが」

「嘲笑ってるだろ!」

「そうとも言います」

 あっけからんと言って見せた三尉に拍子抜けした。何か言おうとしたけれど、何を言っても無駄だと思って座り込む。

「そうやって何かを言っている間の貴方の姿の方がいい」

「変にごちゃごちゃ悩むなって?」

「そう言うことです」

 缶コーヒーのプルタブを引くと、開けた。

 缶の開く小気味の良い音が鳴り、中身を一気に飲み干すと苦い喉触りが喉を通って胃袋へと落ちる。

「無理!」

 そして苦い苦いブラックコーヒーを一気飲みした俺は海に向かって大きく叫んだ。

「無理って何ですか無理って」

 あきれ返るように隣で手を挙げお手上げの仕草を見せる三尉にこう言う。

「面倒な悩みなのも、これでうじうじしてるのが情けないのも分かっているけれど、これを悩むなってのが無理なんだよ」

 俺だって生半可な気持ちと努力でイーグルドライバーになったわけではないのだ。必死に勉強して、体力をつけて。それだけ努力したうえでなった職を手放すのは嫌な事だった。それで悩んでいるのも馬鹿らしいけれど、これは俺が悩まなくちゃいけない事なんだって思う。

「パイロットって面倒くさいんですね」

「単純明快馬鹿の俺には似合わないだろ?」

「むしろお似合いですね。その悩みを抱えて自爆するまではワンセット」

 そこまで言われたらもう笑うしかない。不自然に大爆笑した俺を見て三尉は引く。

「分かった!もう悩まない!」

 馬鹿は馬鹿らしく。いいや、馬鹿なりに。単純明快に行くのが俺らしい姿なんだから、下手に悩むよりも、迷ってでも歩いたほうがいい。下手に考え込んで止まるよりも、考え続けながら走った方が俺らしいんだ。そしてそれは間違いじゃない。

 そこまで語ったところで三尉が笑っているのが見えた。

「元気、出ました?」

「あぁ、出た」

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