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イグ恋!-愛機のF-15が美人になっていてー  作者: 室内あるみ
第三話「テイクオフ」
33/50

アンロード加速

 息を抜き、体に、そして筋肉に力を込めて視界が暗くなるのに耐える。

 操縦桿を右に倒して旋回しながら、視界のブラックアウトが俺を襲うが、それでも意識を失うことなく保つ。そうしているとイーグルから照射されるFCSによって警告音が鳴った。

「アテネ、どう、ふり、きるっ!」

 隊長が途切れ途切れに呼吸をしながら質問してくる。少し黙っておいてほしいのだが、そうも言ってられない。予想以上にイーグルの旋回半径は短く、こちらのターンを追尾してくる。F404エンジンの加速の良さを活かし、加速の鈍いF100エンジンのイーグルを突き放すが、それでも旋回の最後には短いターンで回ってきたイーグルの方が早い。

「次の旋回で!かけます!」

「おう!」

 でも、だからこそできる戦術というのもあるのだ。イーグルは飛ぶのに慣れていても戦闘すること自体には大して慣れていない。そこを突くしか今の俺たちには勝つ方法がなかった。

 コクピットの中でマスクからコンプレッサーにつなぐホースが踊る。こんなに激しい機動を取るならベルト式でもいいから押さえるタイプの対Gスーツを借りればよかった。本来ならばそういうタイプの新しい形の対Gスーツを装着したうえで操縦するのだろうが、あいにく俺はイーグルドライバー、持っているものは旧式のタイプしかない。

 左のスティック、スロットルを前に押し出し加速する。ミラーを振り返りイーグルの姿をとらえると旋回に誘う。

 右のスティック、操縦桿を少し引いて緩やかに左旋回。イーグルは素直に後ろについてきて旋回戦に入ってきた。

 レーダー警告音が鳴り響く。コクピットに耳障りに響くアラート音。ロックされるまであと3秒、旋回のバンク角を上げてほぼ水平に機首を上げて旋回している。

「これで、終わりって、なぁーっ!」

 無線にイーグルの情けない叫び声が轟く。

 ロックされる瞬間俺は操縦桿から力を抜いて、コントロールを放棄した。TA50のシステムにかかっていたロックを外して、旋回中に0Gにすることを可能にして行ったこの裏技は見事にイーグルの裏をかくことに成功した。

 空気を割る音がコクピットに響く中、下げたスロットルを一気に前に押し出して、操縦桿を握ってコントロールを奪い返して操縦する。

 一気に燃焼したアフターバーナーの加速で4秒で元の速度を取り戻したTA50はレーダーをサーチさせ、イーグルのスケールをHUDヘッドアップディスプレイに捉えた。

 アンロード加速、それまで旋回していた機体からコントロールを離すことで機体にかかるGが0になり、一気に機体の重みで下に落下し、再び加速することでそれまで旋回を続けていた相手の後ろを取る技。本来ならフライバイワイヤのあるF15やF2では不可能なことではあるが、TA50は訓練機ということもあり、その操縦を可能にしていた。

 本来ならばF4ファントムなどの重量級ハイパワー機体しかできないことだが、今回はイーグルとTA50の決定的な重量差を活かし疑似的なアンロード加速を実行させて見せた。

「消えた?!」

「後ろだよ、FOX3!」

 ロックオンする時間も惜しいため、機首に設けられた機関砲にマスターアームを指示して発砲、警告音がイーグルのインカムに突き刺さると、後ろを振り返ったイーグルが「あーっ」と声を上げる。

「イーグル2、撃墜スプラッシュ。ACM終了、空中集合ジョインナップ

「ラジャー」

 満足気に管制に応答した隊長は、機内無線で褒めの言葉を出した。

「アンロード加速もどきとはよく考えたなぁアテネ!」

「うす」

 嬉しそうに自分のメインモニターをバシバシと叩きつつ、興奮した様子で褒めてくる隊長に対して横を飛ぶイーグルの顔が優れないように見える。

「おー、イーグルちゃんも頑張ったぞ!」

 隊長も気づいたのかフォローするが、イーグルは顔を俯かせたまま、飛行して返答してこない。

「イーグル?」

 問いかけるように無線のスイッチを入れると、イーグルのソプラノの声が耳に響いてきた。何か念じているというか、呟いている。その調子はおどろおどろしい。昼間までご機嫌に歌っていたイーグルと同一人物とは思えないほどだ。

「負けたーっ、勝てると思ってたのに負ーけーたーあー」

 イーグルは負けたことを悔しがっているようだった。というか勝てると思ってたのか、舐めすぎだよ。一体こっちがどれだけ先に飛んでいると思っているんだ。だがこう、ずっとナイーブで居られるのも、少々ずるのような技を使った俺からすれば、罪悪感を抉られるような気持になる。

「イーグル、強かったよ」

「アテネさん、嫌味ですか?」

 素直に感想を伝えると、うーっと唸ったイーグルがそう無線に呟く。

 嫌味、その言葉に否定するように声を上げた。

「嫌味なんかじゃない。イーグルは初めてその体で飛んだのに綺麗に扱ってるし」

「き、綺麗に」

 誰だって感覚が変わったら操縦は下手になるものなのに、一度は操縦したことのある経験を持った人間と、自身の体だったとは言え新しい感覚に初乗りでのACM。それでここまで追い込まれたのは俺と隊長からすればとてつもなくプライドを削ってくる、そんな出来事だった。人型になれば、旋回半径は縮まるという理論は分かるが、それだけの機動を取ればそれなりに辛いのも当たり前。対Gスーツも、対Gの呼吸もしていないイーグルに勝ち目はなかったはずなのに、彼女は勝つ自信があったと言って見せた。確かに負けそうにもなったが、その自信は日々訓練している俺たちにとって嫌味でしかない。

 つまり何が言いたいかというと、イーグルのような存在は十分恐ろしいのである。今回勝ったのはまぐれでしかなく、相手の弱点を突いたいやらしい勝ち方だったこと。それをイーグルには分かってほしかった。自信を失うことなく、けれど機会があればもっと技量を上げて欲しいから。

「俺たちの旋回に頑張って食いついてきた」

「が、頑張ったんですか」

 自信無さげに聞いてくるイーグルを調子づけるように言葉を付け足していく。事実、初めてなのにイーグルは頑張っていたのだ。それを褒めてあげることが悪いことだろうか、絶対に違う。頑張ったことは素直に褒めるべきだ。彼女の今後のためにも自信をつけるために褒めることは悪いことではない。むしろ正しいことなんだ。

「おう、自信持てよ。あと少しで負けそうだった」

「そうだ、イーグルちゃんの短い旋回半径を維持するためには相当な努力が必要だ、なのに経験もなく頑張ったイーグルちゃんはすごいんだよ」

「そ、そうですかぁ...えへへ、なんだか恥ずかしいなぁ」

 ほめ殺しにあったイーグルは飛行するラインを崩してクネクネ動きながらも、正面を向いている。さっきみたいに自信を折られたってわけではなさそうだ。これだけ元気が出れば十分だろう。

「よし、早くホエールの所に行くぞ」

「え、待ってもっと褒めて!」

「いいから、行くぞ!」

 そこまで言ったところで俺は無線のスイッチを切った。

 C2はデータを取りながら、ダンパー26に向かう高高度を飛んでいる。

「イーグルちゃん、燃料大丈夫か?」

「あ、大丈夫です。下地島までは一回給油すれば」

「OK、ホエール給油ホースを降ろしてくれ。イーグル2が給油する」

「ホエール、了解」

 隊長が無線を繋ぐと管制からはイーグルを誘導するガイドビーコンを出すという指示が出た。

 イーグルが後部ランプに近づいていくとスルスルと給油ホースが伸びて出てくる。

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